第8話 変化
その男達は突然、フラリとやってきた。
いつものように現場事務所での打ち合わせ中、いかにも、という格好の三人組の一人が大きな声を出した。
「所長さんは、いるかね・・・?」
ドスの利いた声に全員が緊張気味に見つめる中、安田は立ちあがって言った。
「私がそうですが・・・」
リーダー格らしい坊主頭の男が、背の高い安田を見上げるようにして言った。
「俺達、地元で情報紙を作ってんだけどよ。
何部か、とってくんねーかな・・・?」
そして県会議員の薄汚れた名刺を出すと、有無を言わせぬ気迫で睨みつけてくる。
安田は内心またかと、ウンザリしていた。
情報紙といっても、どうせ一枚きりの落書きに、法外な購読料を取る一種のカツ上げなのだ。
政治家の名前を出してはタカリに来るのであるが、気の弱い者には結構通用するのだ。
実際、他の現場の所長などは、幾らかの金を渡して帰ってもらったりしている。
しかし、我等が安田啓二はそんなヤワな男ではなかった。
「ウチは結構ですよ」
顔色も変えず、平然としている。
意外な返答に、顔を真っ赤にして坊主頭が怒鳴った。
「フザケンナ!
人が頭を下げて頼んでるんだぞ。
手ぶらで帰ると思ってんのか?」
そして、テーブルの上に置いてあったアルミ製の灰皿を床に叩きつけた。
事務所の中は一気に緊張感がみなぎり、全員が固唾を飲んで見守っている。
純も初めて目の当たりにする日本のヤクザに恐怖を覚えると同時に、対峙している安田を心配そうに見ている。
「ウチではとれません。
お引取り下さい・・・」
坊主頭のパフォーマンスにもビクともせず、鋭い眼光を飛ばして安田は言った。
男は何度か怒鳴ったり、テーブルを激しく叩きながらも内心焦っていた。
少しでも人に手を出したりすると、犯罪になってしまうのだ。
安田も警察の研修会で知っていた。
しかし、それでも並みの人間なら目の前で実際されてみると、ビビッテしまうものなのに、平然と睨みつけている。
安田の気迫に押されたのか、三人組は悪態をつきながら帰っていった。
ホッとした空気が事務所内に流れる。
「失礼しました・・・」
何事も無かったように席につく安田を、純はウットリと眺めていた。
(ス、スゴイ・・・。
僕だったら、何も言えなくなってしまうだろうな)
純の視線に気づいた安田は少し顔を赤らめたが、俯きもせずに見つめ返している。
この頃吹っ切れたというか、諦めたかのように、ぎこちなさが消えていた。
逆に安田の視線に純の方が顔を伏せてしまう。
(ヤ・・・ダ。僕・・・)
《ウ、ウグッ・・・》
※注:しつこいが、作者の心の声です)
純の耳が赤く染まる。
安田の胸にも締めつけられるような思いが、湧き上がってくる。
《クッ・・フー・・・》
※注:しつこい・・・)
そんな二人の反応に気付かないのか、設備業者が配管図を広げて説明を始めた。
二人の中で何かが始まろうとしていた。
工事が着工して、八ヶ月が経つ頃の事である。
《ハー・・・(笑)》
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