第4話 ため息

「ここの天井は2段にして、間接照明を入れて下さい」

設備業者が図面に丁寧に赤線を引いていくのを、安田は苦虫を噛み潰したような顔で見ている。


(又、あの顔だ・・・。

そんなにイヤかな?

僕と仕事するのが・・・)


黒崎純は所長の顔をメガネ越しにチラリと見ると、気づかれぬようにため息をついた。


自分としては、なるべく現場に迷惑を掛けぬようにデザインしているつもりである。

父である世界的に有名な建築家の黒崎豊が、ここの市長に依頼されて設計した文化ホールではあったが、設計期間が短くて十分な図面を書くことが出来なかった。


しかし、その分工事費も余裕を持って予算立てした筈である。

あんなに、いつも噛みついてくるのは個人的に自分の事が嫌いなのだとしか思えないのであった。


勿論、純は所長の隠された事情による悩み等知る由も無く、何とか打ち解けようと話し掛けたりするのだが、直ぐにソッポを向いたり逃げるようにして離れていくのであった。

そうかと思うと、指示した所は次に来た時にはキッチリと施工されていて、工事用の図面も細かく修正されているのだった。


市長から紹介された時、この建設会社で一番の有望株の所長だと言われたが、仕事の上では偽りは無いと納得するのだった。

しかし所長の安田の方は、もっと悲惨である。


政治家とつるむ業者は次から次へと現れ、現場の利益を吸い取って行く。

会社の方も見て見ぬ振りをしているくせに、利益を多くしろと勝手な事を言ってくる。


ストレスが溜まって爆発しそうなのに、独身の身体を慰めてくれる肝心なものが機能してくれない。

風俗やAVビデオではエレクトしないのだ。


そのくせ毎晩、純の夢をみる。

もう、気が狂いそうであった。


しかし夢の中で会う純は目の前の生意気な若造ではなくて、とびきり愛らしい美青年だ。


いけないと思いつつも夢の中では抵抗感を失い、禁断の快楽に身を沈めてしまうのであった。

この間、本屋の雑誌コーナーでBL(同性愛)の本を見つけて、立ち尽くしてしまった。


我に帰ると直ぐに店を飛び出したのだが、このままでは自分がどうなるか自信が持てないのであった。

もう今では、あのネオンの海に漂うニューハーフの「美女」の元へ掛けつけたくて身体が爆発しそうなのである。


「聞いているのですか、所長・・・?」

黒崎純の声で我に帰った安田は慌てて返事をした。


「ハ、ハイ・・。

何でしょうか、先生・・・?」


純は青白い頬を膨らませて言った。


「その先生と呼ぶのはやめて下さいと、

何度も言ったでしょう・・・?

日本の現場の悪い風習ですよ・・・。


それより、来週、パパ・・・

社長の黒崎とモリスが視察に来ますので、

宜しくお願いします」


「えっ、黒崎先生が・・・?」

安田は急に背筋をピンと正した。


「KアンドM」の両パートナーが揃って来日するとなると、自分の会社の社長も同席するに違いない。

安田は慌てて、部下達に来週までに現場内清掃の徹底や、職人達のチェックを指示した。


(やっぱりパパの名前を出すと違うなあ。

僕じゃあ・・ダメなのかな・・・?)


安田のうろたえ振りを眺めながら、純は又ため息をつくのだった。

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