第3話 美女と野獣
飲み干したビールのジョッキを、カウンターに叩きつけるように置いた。
急激に酔いが廻り、頭の中がグツグツと煮えたぎっている気がする。
(どうしちまったんだ、俺・・・?)
安田が虚ろな目付きでジョッキを差出すと、若い店員が威勢の良い声をあげて、冷えた御代わりをカウンターに置いた。
首筋まで真っ赤になりながら、直ぐに口をつける。
冷たい感触が喉を通り抜けていく。
無数の炭酸の刺激の中、女の声が駆け巡っている。
(お客さん・・・ごめん。
もう、疲れちゃった・・・)
男の股間から顔を上げた女が、済まなそうな表情で言った。
安田は呆然とした顔で、女を見つめ返している。
「そんな、情けない顔しないでよ・・・。
大丈夫・・・。
ちょっと疲れているのよ。
お客さん、前は凄かったもの・・・」
そう言うと、男の隣に座り直した女はタバコに火をつけると、大きく吸い込んだ。
「ふーっ。
ねぇ、それより飲みましょ・・・
触ってもいいのよ。
その内・・・なるかも?
ウフッ・・・」
そして空のグラスにビールを注ぐと、男の手を自分の上半身裸のバストに引き寄せた。
柔らかなバストの感触も今は何も感じなかった。
安田は同じ言葉を何度も心の中で繰り返している。
(ど、どうしちまったんだ・・・。
お、俺・・・勃たない・・・)
※※※※※※※※※※※※※※※
ビールの泡がジョッキの中で消えていく。
黄色い液体に、黒崎純の顔が浮かんでくる。
夢の中で見た、妖しく濡れた唇を差し出している。
その瞬間、男のものが反応した。
ズキンと血が脳天に駆け上ったかと思うと、ムクムクとズボンの中で窮屈そうに盛り上がってくる。
安田はジョッキを掴んだまま、ブルブルと肩を震わせていた。
堪らず立ち上がり精算すると店を飛出していった。
ネオンサインがちらついている。
まるで深海で泳ぐ魚のように、さ迷っていく。
男の目は虚ろになって焦点が合わず、足を引きずるようにして歩いていた。
「俺は・・俺はぁ・・・」
それでも男は、その言葉を口にしたくない。
言ったが最後、禁断の園に足を踏み入れてしまい、帰れなくなりそうだったからだ。
路地の暗闇から声がした。
近づいて目を凝らすと、女が立っていた。
イイ女だった。
背が高く、抜群のプロポーションで男を誘う。
男の股間はエレクトしたままだった。
思わずホッとしていると、女がにじり寄ってきて耳元に囁いた。
「ねぇ、どう・・・?
ショートで・・・。
二つで、いいわよ・・・」
彫りの深い、美しい顔で妖しく誘ってくる。
男は何でも良かった。
現在エレクトしている内に、兎に角「女」としたかったのだ。
男は無言で首を縦に動かすと、女は軽く口づけをしてきた。
香水の強い匂いがした。
そして男の手を、自分の下半身に這わせた。
マスカラで濃く縁取りされた、大きな瞳で見つめながら含むように笑うと、熱い息を男の耳に吹きかけて言った。
「たまには・・いいもの・・・よ」
安田は手に握らされた熱い塊に、目を見開いて「女」を見た。
ニューハーフの「美女」はからかうような視線を投げてくる。
安田は思わず「女」を突き飛ばした。
「ス、スマン・・・」
そして一目散に駆け出して行った。
置いてきぼりを食った「女」が悪態をつく言葉が遠ざかっていく。
安田は必死に走っていく。
心の中で叫んでいる。
(男しか・・男しか感じないのか・・・?
俺は・・お、俺はぁ・・・)
目に涙が滲んでくる。
認めたくなかった。
これもキット夢なんだと、自分に何度も言い聞かせながら安田は懸命に走っていった。
ネオンの海は、男の後方で変わらずに瞬いていた。
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