ケース2 木こりは計算し始めた

 あるところに、木こりを生業としている青年がいました。

 青年の暮らしはとても裕福とは言えないもので、できる仕事が木こりしかなかったので、仕方なく貧しい暮らしを続けていました。


 そんな、いつも通り汗水垂らしながら仕事をしていた時のことです。

「ふっ―――!ふっ―――!―――っあぁ!!」

 青年は木に斧を入れているときに、手を滑らせてしまいました。

 拍子に手からすっぽ抜けた斧は、近くの泉にボチャン、と落ちてしまい、見る見るうちに沈んでしまいます。

「ああ、どうしよう…、斧がなければ仕事ができない……」

 青年にはもう一本斧を買う余裕などありません。その日を暮らしていくのが精一杯です。


 しばらく途方に暮れていると、泉の中から美しい女性が現れました。

「私は泉の女神です」

 女性は青年に話しかけました。

「あなたが落としたのは、この金の斧ですか?」

 泉の女神はきらきらと輝く金の斧を見せました。


「いいえ、違います」

 青年は正直に答えました。


「では、こちらの銀の斧ですか?」

 泉の女神はきらりと光る銀の斧を見せました。


「金でも銀でもありません。わたしが落としたのは鉄の斧です」

 青年は正直に答えました。


 すると、泉の女神はにこやかに笑い、

「あなたは正直者ですね。では、あなたが落とした鉄の斧と一緒に、この金の斧と銀の斧も差し上げましょう」


 青年は大いに喜びました。

「ありがとうございます。これで生活が一気に楽に―――」

 青年は喜びましたが、ふと、深く考え始めました。

「この斧は持ち手は木製で、斧頭部分が金でできている。金属部分の大きさはおよそ10センチ×20センチ、柄の方の厚みは6センチほど、刃に向かっては簡略化して三角形と見た場合、体積は600立方センチメートル。鉄ならば4.7キログラムだけど、金だと11.6キロキログラム、銀だと6.3キログラムになるか」


 青年は何やら計算を始めたようです。

「2022年の金の相場だとグラム当たり8500円くらいで銀だと108円くらいだったはずだから、金属の価格としては金の斧は9860万円、銀の斧は68万円か…」


 青年は更に考え続けます。

「俺が今24歳で、あと60年生きると仮定すると、年165万円か……。一生遊んで暮らせる、って感じじゃないし、しばらくは現物資産として持っておくべきか……」


 青年はポケットからスマートフォンを取り出しました。

「お、金ってまだ上がってるんだ…。ならこのまま…いや、半分くらい現金化して、それを証券口座に……。たしかNISAの制度変わったから、そっちも見てみるかな…」


 青年はもう目の前の女神を忘れ、夢中になってスマートフォンで情報を検索し続けます。


 そして一時間後―――


「とりあえず、この斧現金化してもらっていいですか?」

「調子に乗るな!」


 女神はプンプン怒りながら、金と銀の斧を投げつけました。

「あぶなっ」

「ちゃんと持って帰ってくださいね!全部合わせて30キロありますから!ちゃんとひーこらひーこら言いながら自分の家まで持って帰るんですよ!」

 何やらご機嫌を損ねてしまったようで、女神は口でプンプン言いながら泉の中に帰っていきました。


 その場にぽつんと立つ青年はきょとんとしながら立っていましたが、

「何怒ってるんだろ。ま、いいか。儲かった儲かった」

 嬉しい重みに頬を緩ませながら、100メートルほど先に停めたワンボックスカーまで歩き、運転して家路につきました。


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