第6話 借金90,000,000ゴル

「お嬢さん、これからこちらでお仕事を?それならお客様からのプレゼントをご所望の折にはご贔屓にお願い致しますよ」

 

 マイルズがそう言って胸ポケットから取り出した小さいカードをくれた。カードの表には『女神の微笑み』裏には『宝飾品、魔術具のご用命はマイルズまで』と書いてある。この男は娼館の始まる頃からここに待機し、お客様がプレゼントを買ってやると口にすればすぐさま参上し、気が変わらないうちに買い付けてもらう。昨夜もフルールの部屋におねだりのプレゼントを選ばせようと駆けつけたらしい。口約束にさせない恐ろしいシステムだ、流石に抜け目ない。

 

「私は、まだ、その……わかりません」

 

 まだ明確でない自分の立場を考えると宜しくなんて言えない。すごすごとマダムの後ろに回るとまた首筋を優しく揉みだした。

 そんな私をマイルズが不思議そうに見ている。

 

「髪を結っているのでは無いようですね。一体何をしているのですか?」

 

 鞄にケースを全てしまい込みそれを手に提げるとこちらへ近付いて来た。マイルズが私の横まで来ようとするとすかさずユリシーズが止める。

 

「それ以上マダム・ベリンダに近寄るな」

 

 睨みつけるユリシーズをものともせずマイルズはまた張り付けたような営業スマイルを向ける。

 

「マダムのお傍へ行きたいわけではなく、このお嬢さんが行っていることに興味があるだけです」

 

 ユリシーズがなおも睨んでいるとマダムが大丈夫よと彼を抑えた。お許しがでた為マイルズが私の隣まで来る。

 

「首を擦っているのですか」

 

 私がゆっくり、じっくりと擦ったり揉んだりしているのをマイルズがじっと見ている。

 

「赤くなってきましたね、痛くないのですか?」

 

 顔を覗き込むようにしてマダムに問いかける。

 

「それが気持ちいいのよ。頭痛もやわらぐし首の痛みも楽になるの」

 

 マダムの答えにマイルズが不思議そうな顔をする。医者でもない私の行っている施術で痛みがやわらぐことが信じられないようだ。

 

「私もやってもらっていいですか?」

 

 興味が湧いたのかマイルズが営業スマイルを私に向ける。

 

「申し訳ありませんが今はマダムのお世話させて頂いているので」

 

 私も元商売人、営業スマイルでやんわりと断る。

 

「マダムが終わってからでもいいです。待っていますから」

 

 まさか断ると思わなかったのかマイルズがちょっと驚く。

 

「この後は厨房での仕事がありますから」

 

 娼婦達の夕食は軽い物だが営業時間が始まればお客様からのオーダーが入る。マイルズだって営業時間はわかっているし、始まれば待機しておかなくてはいけないだろう。私に余計な時間はない。

 

「この娘だってただ私の世話をしているわけじゃないのよ、事情があるからココにいるの。わかるでしょう?マイルズ」

 

 マダムはそこら辺の娼婦は太刀打ち出来ない嫣然とした微笑みを見せた。それを突きつけられた当人は時間が止まったのか微動だに出来なかったようだがひと呼吸おいて。

 

「スタンダード、ですよね。どう見てもまだ素人だ」

 

 ん?なんの話だ?

 

「まぁ、そうね。でも生娘なのよ、十九歳」

 

 生娘が関係あって、誤魔化した歳を言ってるのは何故?

 

「生娘……聞こえはいいですが、要するに仕込まなければいけないってことでしょう?私はそっちの趣味は無いのですが」

 

「だったら、他の方にお願いするから順番を待ってね」

 

 待って待って!これって私を売りに出す話なの!?コイツに抱かれちゃうの!?

 まさかの貞操の危機を目前に突きつけられ慄いてマイルズをガン見してしまう。顔は普通、別に嫌悪感は無いけどそんな……コイツに決まるの!?

 

「それっていつですか?今夜ですか?」

 

 ここここ今夜!?

 

「さぁ?お客様に聞いてみないと……貴方のように生娘は遠慮したいと仰る方はウチのお客様には結構いるから」

 

 マダムはコッテリと首を傾げた。マイルズは無表情ながら何か凄い勢いで計算しているような目で私を見ている。これは商売人が損得勘定をしている時のオーラだ。

 コイツ、私の価値を計算してるっ!!

 そして瞬時に弾き出したのかマイルズの目がカッと見開いた。

 

「では、一時間だけで、手は出しませんからスタンダードの料金でどうです?」

 

「いいわよ」

 

 オチたぁーー!!私の貞操ーーって、え?手は出さない?どゆこと?

 マイルズは満足気に頷くと鞄を手に失礼しますと部屋を出て行った。ちょっと時間が止まってしまった私が呆然としているとマダムが面白そうな顔で振り返る。

 

「マイルズはね、好奇心旺盛なの。興味を持ってしまうと確かめずにいられないからノッて来ると思ったわ。良かったわね、これでほんの少し借金が減るわよ」

 

 そゆこと?全部マダムの計算だったの?

 なんだかよくわからないが兎に角、私の貞操は守られ金が稼げそうだ。

 

「厨房とかで働いているのは……」

 

 念の為聞いてみた。

 

「馬鹿ね、ここにタダで居れるわけないでしょう。食費、部屋代で消えてるわよ。むしろ利息で借金が増える一方だったのを待ってあげてるのよ。稼ぐ目処がついたらそこから遠慮なくのせるから」

 

 ですよね。

 

「多大なるご配慮ありがとうございます」

 

 ぺっこり頭を下げたことは言うまでもなく。

 

 

 

 どうやら私はこの短期間でマダムに少しは気に入られたらしい。厨房で玉ねぎをみじん切りにしながら考えた。上手く行けば体を売らずに済むかもしれない。この世界ではマッサージはまだ普及していないようだから商売として成り立つ可能性が見えた気がした。

 

「時間だよ、客がついたんだろ行っといで」

 

 ライラが何度か時計を気にしながら鍋をかき混ぜていたが営業時間開始の五分前きっかりに声をかけてくれた。

 

「ありがとうございます。行ってきます!」

 

 私は慌てて手を洗うとその場を片付け厨房を出た。ライラとモニーには話を通してあり、マイルズのマッサージが終わったらまた戻ると伝えてある。

 マダムに指示されていた通り、自分の部屋(物置なんだけど)で与えられたシンプルなワンピースに着替え髪を後ろに束ねると身綺麗に整える。急いでマダムの部屋へ行くと既にマイルズが目を輝かせて待っていた。

 ちょっとコワイ。

 

「さぁ、部屋に行きましょう」

 

 私が部屋に入った瞬間にマイルズが立ち上がると直ぐに手を取り出ていこうとした。

 

「行くってどこですか?」

 

 てっきりこの部屋のソファなんかで施術すると思っていた私は驚いた。

 

「とりあえず隣に部屋を用意したからそこで」

 

 マダムは手を振り戸惑う私を追いやる。マイルズは勝手知ったる感じでさぁさぁと私を隣の部屋へ連れて行った。

 部屋に入ると前世で言うところの六畳位の部屋の真ん中にドンとベッドが置いてあった。しかも普通のベッド。

 

「ほらほら、早くしてください」

 

 マイルズは嬉しそうに上着を脱いでベッドに腰掛けた。私はといえば少々悩んでいた。この世界のベッドは前世のベッドより硬いとはいえマッサージを受けていたお店で使っていたベッドよりは体が沈む感じがする。ましてここは超・高級娼館だ、そこらの庶民のベッドより断然寝心地がよく柔らかい。試しに置いてあるベッドを押してみたがぎゅんと手が沈む。

 

「う〜ん、マイルズ様。座った体制での施術でいいですか?このベッドでは横になって頂いての施術は無理そうなので」

 

 私は正直にそう言いお伺いを立てた。

 

「そう、ですか。私はてっきり座ってするものだと思っていたのですが」

 

 マダムが座っているところで私の施術を見ていたのでそう思っていたらしい。だけどマダムには一度横になっていたほうが腰も揉めると言ったことがあった為ベッドを用意してくれていたのだろう。

 

「はい、本来は横になって頂くほうがいいのですがこのベッドでは体が沈むので上手くかないですね」

 

 もしかしたら断られるかも知れないがここは正直に話しておいたほうが良いだろう。商売は初めが肝心だ。信用を得なければ次は無い。

 

「まぁ、構わないよ。私は最初からそのつもりで来ているから」

 

 お優しい方で良かった。これでイチャモンつけるやつだっているからね。

 

「では始めさせて頂きます」

 

 ベッドに腰掛けたマイルズの後ろに回るとそっと肩に手を置いた。

 

 

 

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