第7話 借金90,000,000ゴル

 マイルズの肩はマダムよりまし・・だったが、それでもやはりカチカチだった。商売人である彼がトレーニングしているわけもなく、細身で筋肉量も少ない感じだったのでまぁそうだろう。

 基本的には筋肉量が多い方が肩はこり難いとされていたはず。前世の世界で昔、欧米人に肩こりが無いと言われていた事もそのせいだろう。人によって筋肉のつきやすさは違う。

 マイルズの首や肩をザッと触ってみて肩から肩甲骨にかけて揉み始めた。

 

「痛くないですか?」

 

 いくら痩せ型と言っても男性だ。マダム・ベリンダとは感触が少し違う。グイッと押しながら反応を見る。

 

「あぁ、全然大丈夫だ」

 

 もう少し強目の方がいい感じだったので力を加減しつつ肩甲骨沿いに揉み解す。

 

「ほぉ……」

 

 しばらくするとマイルズの口からなんとも言えない声が漏れた。

 

「なんだか気持ちいいような痛いような……君は結構力が強いなぁ」

 

「いいえ、それほどでも。痛みを強く感じる部分はより凝っている場所なんですよ」

 

 硬く張りつめているところは少し力を弱目に調整し肩から上半身の半分辺りまできた。両方の腕も揉んだがここから下はこの態勢ではやり辛い。でもマイルズの腰は結構キテる。

 

「痛い!そこ痛いね」

 

「ですよね、腰もかなり負担が掛かってますね」

 

 脇腹の後ろを少し優しく押してみる。

 

「あぁ……二日前に買い付けで馬車にずっと座りっぱなしだった後から腰が痛くて」

 

 クッションがきかない揺れが激しい馬車に……それはお気の毒だ。やり辛いながらも少し腰を揉んだ後、首筋をあらかじめ用意しておいたオイルで滑らしながらグイグイ流すように解す。これは私が前世でお気に入りだった施術だ。これをすると首の痛みが楽になる。

 時計を見るとあと少し、私は両手の指を広げマイルズの頭を掴むとグリグリとヘッドマッサージをする。頭も硬いなぁ。

 

「はい、時間です。ありがとうございました」

 

 初めてのマッサージ、一時間コースを終了した。

 結構重労働だなぁ……

 私は自分の手を握ったり開いたりしながら感覚を確かめた。

 マイルズは少しぼうっとした顔をして私を見ている。

 

「ダルさを感じますか?」

 

 慌てて部屋に置いてあった水差しからグラスに水を注ぎ渡す。

 

「うん、ちょっと……でも、なんかいいね」

 

 マイルズはニヤリとするとグラスを空け脇に置いて立ち上がった。自分で肩を触ってみたり首をぐるりと回して見たりして確認しているようだ。

 

「マッサージは軽く運動をしたくらいの疲れが出ることがありますから今夜は十分水分を取ってゆっくりとお休みください」

 

 わかったというように頷くとマイルズは部屋を出るためにドアに手をかけた所でピタっと止まった。

 

「そういえばベッドが必要だとか言ってたね、それってどんなベッド?」

 

 マイルズの言葉にちょっと考えた。安易に教えてはいけないかも。

 

「それはマダムと話してから出ないと」

 

「では今すぐ行こう」

 

 何故かご機嫌な様子で私についてくるように促すとすぐ隣のマダムの部屋へ入って行った。

 部屋に入るなりマダムが顔をあげてニヤリとする。

 

「ご満足頂けたようね」

 

 マイルズの顔を見てマダムがそう言うと彼は私を前に押し出す。

 

「マダム・ベリンダ、この……名前は何でしたか?」

 

 うわっ、名乗るの忘れてた。

 

「アメリです、宜しくお願い致します」

 

「では改めて、アメリさんが欲しい道具があるそうですよ。恐らく既成の物ではない」

 

 マイルズの言葉にマダムは少し考えを巡らせたようだ。

 

「普通のベッドじゃあ駄目なのね」

 

 凄い、直ぐにわかるんだ。流石、あらゆるお客様を相手にこの娼館をここまでにした商売人だ。

 

「はい、そうなんです」

 

 私が頷くと今度はマイルズがグイッと前に出る。

 

「私に作らせてもらえませんか?」

 

 マイルズは宝飾品と魔術具の販売店だと思っていたけどそれだけではないらしい。宝飾品は採掘権を持つ領地から原石を直接仕入れ、デザイン、加工まで請け負っていて、全てを自社工房で行っている。

 魔術具に関しても同じで、制作、開発も手掛けているようだ。私も同じ街で商売をやっていたのに全くの畑違いで知らなかったが最近売上をグングン伸ばしているらしい。

 

「そうねぇ……でもただのベッドよ、魔術具じゃない」

 

「いいじゃないですか、魔術具の職人は器用ですから大丈夫ですよ。それよりどんなベッドがいいか教えてください」

 

 若干興奮気味のマイルズを面白そうに見つめるマダム。どうやらまた彼の好奇心が刺激されているらしい。

 

「でも下手にベッドを作っても高くつくし、それを使うのが貴方だけじゃあ勿体無いわ」

 

 マダムは意味深な視線をマイルズに向ける。

 

「いやいや、格安でお作りしますよ。それにお客も紹介します!アレはいいですね、なんかこう、ほこほことして緩む感じが……」

 

 張っていた肩が緩むことによって初めて自覚するコリ。ありますよね、もう固まりすぎて麻痺してる感じ。

 

「だけどアメリにはかなりの借金があるの。一回や二回の仕事の為にまた借金が増えるのは彼女の為にならないわ。今回、貴方がこの娘に稼ぎを与えたことによって返済が始まったの。つまり今日の時点から利子が発生する。順調に仕事が無ければいずれ破綻して下請けに流すしかないし」

 

「えぇ!?そこまで……いやでも、あの感じをまた味わって……わっ、わかりました。私がベッドを提供し、指名をします!一番客になりますし、もう一人連れて来てそいつが指名すればいいでしょう?ただし、マッサージだけしてもらう時はもう少し金額を下げて下さい。流石に一回一時間マッサージだけで七万はボリ過ぎです」

 

 はぁ!?七万!!私のマッサージが一時間七万て……マダムってエグいけど払ったマイルズさんて変人過ぎない?

 

「わかった、それでいいわ。アメリ、初めての一番客よ、欲しい道具を全部・・買ってもらいなさい」

 

 マダムの話にマイルズが一瞬しまったという顔をした。これってもしかして指名客におねだりタイムですかぁ?

 

「はい!わかりました!」

 

 私はマダムから紙をもらうと前世で通い詰めた店のマッサージ用の穴あきベッドを思い出しなんとか手描きの図面を起こした。前世でも工場でサンプル通りパーツを作れとか無茶ブリする得意先がいた事を思い出すねぇ。図面も無いのに作れだなんてどうなったって知らないよって気持ちだったけど頼む方は結構切実だな。

 

「この穴は何ですか?」

 

「ここに顔を入れて、この下に手を置く場所があるといいんです。ベッドの表面は少し綿を入れて痛くないようにして布を張って下さい」

 

 ベッドの注文を終えると他にも数種類のオイル、香料、タオル、クッション、それからマッサージしやすいようにパジャマのような着替えもおねだりした。

 全体的に一番高いのはベッドだった為マイルズはなんとか頷くとマダムが一度確認し、何か書き加えると早速取り掛かると言って帰っていった。

 

「やったわね、アメリ」

 

 マイルズが出ていったドアを見送り少し力が抜けたようになっていたがマダムの声でハッとする。

 

「やった、のですかね?」

 

「稼ぎ口ができたじゃない。しかも体を売らずに、クスッ」

 

 マダムが鮮やかな紅がのせられた美しい曲線を描くくちびるをすぼめて面白そうに笑った。

 そうだ、娼館に売られて来たのに娼婦にならずにマッサージ師になったかも。前世の記憶をたどりながらの覚束ない感じだが、少なくともマダムとマイルズは気に入ってくれたようだ。良し、これで借金返していく……返せるかな。九千万なんて大金。

 

「取り敢えず、ここから返済が始まるから詳細を説明しておくわ。利息は本当なら毎月一日に残金の三分さんぶずつ載せていくんだけど取り敢えず今はその説明は省くから元金の事だけ考えればいいわ」

 

「三分(3%)ですか!?」

 

 マダムは引き出しから書類を取り出すと返済計画を話してくれた。

 マッサージの客は一人単価一時間三万ゴル。前世の高級スパ並みの単価だが今世ではまだ知られていない未知の商売なので安売りはしないらしい。

 ちなみに体もついでに売れば普通の娼婦より稼げると言われたけどお断りさせて頂いた。お客様一人につき一万は斡旋代等で天引き、二万は返済に当ててくれるらしい。

 つまり娼館がスタンダード営業中の四時間で四人のお客が来て日に八万ずつ返済出来ればひと月で二百四十万返済出来て、一年で二千八百八十万の返済、上手く行けば三年ちょっとで九千万の借金返済が可能!!…………まぁ、そんなに上手く行かない事はわかってる。いずれ利息の事も話してくるだろうし、日に四人のお客どころか毎日お客がつくかどうかもわからないし、マイルズが飽きて来なくなるかもしれない。だけど、ちょっとだけ光が見えた気がした。

 

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