第4話 借金90,000,000ゴル
心のなかでマダム・ベリンダを応援しながら事の成り行きがよく見える場所へ静かに移動する。さっきのとこからじゃマダムの後ろ姿しか見えないからね。
「これは私とフルールの問題だとマダム・ベリンダも承知しているだろう?」
余計な口を挟むなと言いたげなジョンソン子爵が一歩近づくと執事であるユリシーズが割って入った。マダムに背を向けて立ち子爵に無表情な顔を向けるユリシーズに、見られている当人は眉間にシワを寄せた。
「無礼な態度には我慢がならん、今すぐそこを退けばお前の首一つで赦してやる」
見下す態度でユリシーズを睨みつける子爵。貴族が死ねと言えば平民なら死んでもおかしくない。それでもユリシーズも一歩も引かず一触即発!っと、いうところでマダム・ベリンダがふっと小さく笑むとユリシーズの肩に手を置きそれを合図に彼はサッと引き下がった。
「閣下、下の者が失礼致しましたわ。どうも私を護ろうとする気持ちが先走ったようです」
「主を護ろうとするとは感心な態度だが相手が悪かったな」
「申し訳ございません、今回は閣下の寛大なお心でお赦し頂けないでしょうか?その代わりと言ってはなんですが、明朝はごゆるりと昼前まで延長してご滞在頂いて結構でございます」
「はっ、そんなケチくさい謝罪など私が受け取るわけはなかろう」
子爵はチラッとマダムの顔色を見ながら何やら合図を送っている。
「勿論、次回いらして頂いた時にはスイートの代金で開店時から翌朝まで……」
「延長……」
子爵がボソッっと意向を伝え……
「……お昼前まで延長して頂いて結構でございます」
それを汲んでマダムが次回の便宜をはかると約束すると満足そうに頷いた。
「マダムがそこまで言っているのなら無下にも出来ないな。仕方が無い、今夜はこの辺で赦してやろう」
「ありがとうございます。フルール、子爵様にお礼をおっしゃい。でなければもうお前を指名してくださらないわよ」
頬を押さえ涙を浮かべていたフルールがスッとソファから立ち上がると子爵の腕を取った。
「トマスさまぁ、申しわけありません。私を嫌いにならないでくださぁい」
あざとく小首を傾げ瞬きをして瞳を潤ませ体を押し付けながら甘ったるい声をだし子爵を見上げるフルール。
「仕方のないやつだ、今回だけだぞ」
「ありがとうございますぅ、トマスさま。早くお部屋に行きましょう。トマスさまが
「壊れたイヤリングなど捨てておけ、直ぐに新しいのを買ってやる。マダム!」
子爵が目配せをするとマダムがユリシーズに頷く。
「すぐお部屋へ『女神の微笑』の者を向かわせます」
そう言って素早く部屋を出て行った。子爵とフルールは仲良く腕を組みイチャコラしながら部屋へ戻って行ったようだ。はい、おしまい……
マダムは軽くため息をつくと静かに机に戻った。
「なんですかアレは!?」
なんだか安い小芝居を見させられたような気持ちがする。
「仕事よ」
私は再びマダム・ベリンダの後ろへ回るとそっと肩を押さえマッサージを始めた。
「ジョンソン子爵、とここでは呼んでいるけれど本当は子爵のご令息なの。長男だしお子様はお一人だから爵位はいずれ継げるだろうけど今はただの子供よ」
マダムは黒檀の机の引き出しから分厚い綴じた書類を取り出しパラパラ捲ると書き込み始めた。
こっそり肩越しに覗くと先程の詳細なやり取りを記録し、要項に約束した件を書き留めている。どうやらお得意様名簿のようで書面の上の方にはこれまでのやり取りも詳細に記録されていた。
初来店はいつで、誰を選び、お気に入り指定、時々浮気、またお気に入りに戻る、などなど、まさかの性癖まで載っていた。
『偉ぶって時に軽い暴力あり、涙をみせると満足し赦す。このタイミングでおねだりすればそこそこの宝飾品を買ってもらえる。その後ベッドで……』
うわぁ〜、気の毒なほど細い嗜好が……あらあらお坊っちゃまそんな癖が……情報は共有されているのねぇ。
私がうへぇって顔で盗み見ているのをマダムがチラリと見て、なんだか読み終わった事を確認した頃ゆっくりと綴じた書類を引き出しにしまった。
「ここは非日常の空間だから顧客の妄想に付き合って差し上げなくてはいけないのよ。ジョンソンご令息は厳しい父親と優秀な従兄妹に馬鹿にされて育った方だからあのように少し傲慢に振る舞いたい傾向があるけどそこまで強気になれない。まだお若いからあの程度の謝罪の言葉とちょっとした特別な待遇をみせれば収まる手頃なお客様なの」
「てことはアレは計算ずくのやり取りなんですか?」
そういえばさっきの書面でも同じ様な事が書いてあり今回で四回目だった。いい加減カモ扱いに気づかれそうなもんだが。
「見たいものだけを見て、信じたいことを信じる。彼にすればお遊びなんだから心も体も気持ち良くなればそれでいいのよ。もう少し値を張ってくれると更にいいけど、定期的に通ってくださるから良しとしないとね」
なんだかちょっと悲しい人の
しばらくマダムの肩をほぐしていると、ほんのり首筋が温まり肩も少し緩んだ感じがしてきた。
「今日はここまでにしましょうか」
私はマダムに声をかけ、机に置いてあった水差しからグラスに水を注ぐとどうぞと勧めた。
「マッサージしたあとは水分を十分取る必要があります」
マダムはそれを手に取りながら少し不満そうにくちびるを尖らせる。
あら、可愛いですね。年齢不詳な感じではあるがマダムって思ったよりお若いのかな?
「もっとして欲しいわ」
やだこんなお美しい方からおねだりとかキュンとする。だけどいつの間にか戻って来ていたユリシーズが射殺しそな勢いで私を見ていることに気がついてスンとなっちゃう。コイツ相当マダムに惚れてるな。
「首元のマッサージはあまり急激にすると気分が悪くなられる方もいますから徐々に解しましょう」
マダム・ベリンダの肩はカッチカチのコッチコチ、これを一気に解せば血流が良くなりすぎて明日の、いやもう今夜か、今夜の仕事に差し障るといけない。私もこり過ぎて解しすぎたときはクラクラして寝込んでいた。
マダム・ベリンダはふぅ〜んと言いながらグラスの水を飲み改めて私を見た。
「さっきから『マッサージ』って言ってるけどこの施術をそう呼ぶの?」
この世界に生まれ変わってから確かにマッサージという言葉は聞いたことがない。ちょっとマズッたかな。
「はい、そうです。あまり知られていませんが東の国から来た商人が言ってました」
とりあえずわたしは発信じゃありませんよって事を強調しておこう。
「肩の痛みを治せるの?」
「治すというより、緩和させるというほうが正しいかもしれませんね。私は医者ではありませんし」
前世でも肩こりが永遠に完治なんて聞いたことがない。運動などで予防や改善は出来るが姿勢が悪かったり仕事が原因だったら尚更逃れられない。
「それはずっとマッサージを受け続けなければいけないってこと?」
マダムがそう言うとユリシーズがギラッと睨んできた。
「ここに居座る為の嘘ではないだろうな?」
「違いますよ、勿論ここに置いて欲しいですけど、肩こりは日常の習慣や疲れが原因であることが多いですから運動すれば少しは改善してマッサージを受けなくても済むかもしれません。ですけど毎日かせめて三日に一度は運動をするとなると」
「時間がないわね、私には」
深夜に起きているだけでもかなりの負担なのに
「わかったわ、当分はここにいる許可を与える」
ッシャーー!下請け回避!!
「ありがとうございます!」
ペッコペコに頭を下げてお礼を言うとマダムは妖艶に微笑む。
「これからは毎朝六時に起きて館の掃除、厨房の手伝いに、私の呼び出しにいつでも応じる事」
「はい!畏まりました……うん?」
寝る時間はあるのかしら?今は深夜の二時だよ。
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