第3話 借金90,000,000ゴル
「アメリです、宜しくお願いします」
再び自己紹介するとライラが早速私を奥へ連れて行きエプロンを与えナイフと山盛りのジャガイモが入ったカゴを押し付けた。
「さっさとむ剝いて」
厨房の隅へ行くよう促されそこで小さな椅子に腰掛けて床にカゴを置くと芋の皮を剥き始めた。
ライラもモニーも私を気にかける事なく作業を黙々とする。時々黒服の男がやって来て何か注文するとそれに合わせてライラが料理を仕上げていった。私が剥いていた芋はモニーがさっと確認してまとめて鍋にぶち込まれ茹で上げられていく。次は玉ねぎを剥かされ、スライス切りにするよう言われた。
よく研がれた包丁で手早く玉ねぎをスライスにしているとモリーが感心したように声をかけてくれた。
「手付きがいいわね、見た目と違ってそこらの女じゃないわね」
見た目はそうなんだ。まぁ、そうか。
「そうですか?ただ切ってるだけですけど」
「いや、この辺りの女に何人か来てもらったけど皆こんなに丁寧な仕事はしなかったよ」
私が切った玉ねぎを眺めてモニーが言った。どうやらこれまでここに来た女性達はジャガイモを剥いても芽を残したり玉ねぎを切らせても大きさの不揃いだったらしい。私の料理の腕は上手いかどうかはよくわからないが嫌いじゃないし、何よりどうせ食べるなら美味しいものが食べたいと思っている。美味しい物を食べることだけが楽しみだった生活が長かったせいもあり、割と食には気を使いたいタイプだ。
厨房ではここで働く全ての人達の賄いと、お客様に軽く食事やおつまみ等を提供している。基本的には決まったメニューをお出しする事がほとんどだが、時々お得意様がワガママを言って特別に何かをオーダーしてくることもあり、店が稼働している間は厨房もある程度忙しくしている。
ここの開店時間は夜の八時からで直後の二時間位は忙しいらしい。開店してしばらくすると少し厨房が落ち着いてきた。
「あぁ、お腹すいたぁ。ライラ、何か食べていい?」
モニーが置いてあった椅子にどっこらしょって感じで座ると水をゴクゴク飲んだ。私は下げられてきていた洗い物をしているとライラがささっと何か作りモニーが座っている側に置くと私を呼んだ。
「それはいいから、先に食べよう。また少ししたら忙しくなる」
そう言って三人でまかないを一緒に食べ始めた。チキンのハーブ焼きと豆のスープ、ポテトサラダは抜群に美味しい!簡単な物だけどライラがかなりの腕前だとわかる。
「あんた何歳?」
もりもり食べながらモニーが聞いてくる。
「二十歳です。お二人はここでどれくらい働いているんですか?」
ライラは黙々と食べているけどモニーは指折り数えながら考えている。
「私は五年目、ライラはもっとね、七年?八年?」
「九年、ここは他に比べたらだいぶマシだからね」
ライラは腕の良い料理人だが、女性の料理人はこの世界では個人の小さな店ならまだしも高級店ではなかなか雇ってもらえない。運良く雇われても雑用しか任せてもらえず腕を発揮する事は出来ないようだ。流れ流れてここにたどり着いたらしいが、詳しくは話してくれなかった。今日会ったばかりだから仕方ないよね。
「私はライラから誘われて来たの。あんたはどうやってここに?ここって簡単に人を雇うとこじゃないから、急に来たってことはツテか借金か」
ご明察!まぁ、当たり前か。
「借金です、父親に売られたようなもんです……はぁ……」
忙しく働いているときは忘れてたけど、急に思い出しちゃった。あのクソ親父!
「ここに来る娘の殆どはそんな感じだよ、一部を除いてね」
ライラが食べ終わって伸びをし、次に備えだしたように見える。後半戦があるらしい。やはり娼館で働く娘はだいたい借金らしいが……
「一部を除くってどういうことですか?」
「まぁ、人それぞれ、その内わかる」
そこで黒服が顔を出しオーダーが入るとライラはまた料理を始めた。
「お疲れさん」
深夜、ポンと肩を叩かれ仕事が終わったと知らされた。ライラとモニーはこれからは近所に二人で住んでる貸家に戻るらしい。そこではたと気づいた。私ってどこで眠ればいいの?
一人取り残され呆然としているとマダム・ベリンダの部屋で会った執事らしき男が来た。
「来い」
顎でぞんざいに呼ばれちょっとムカついたが黙ってついていった。廊下を進み二階へ上がるとマダム・ベリンダの執務室へ連れて行かれた。部屋へ入るとお疲れ気味のマダムが深夜にも関わらず机でまだ書き物をしていた。
「さっきの続きをして差し上げろ」
えぇ!?今から……ですよね、借金を抱えた身です。いくら厨房で働き疲れ切ってたって文句はありません。
顔が引きつってしまったかもしれないが何とか頷くとマダムの傍へ行った。
マダム・ベリンダは私を見て一瞬目を眇めたが仕事を続けている。
やはり頭痛がするんじゃないだろうか?これじゃまた眠れないんじゃないかな。
私は断りを入れるとまた厨房へ戻り湯を沸かして桶に入れるとタオルと一緒に部屋へ持っていった。何故かいちいち執事が睨んでくるが今は気にしない。お湯にタオルを浸し絞るとマダム・ベリンダの後ろにまわり露出している首から肩にホットタオルを当てる。
「あっ……はぁ〜」
マダム・ベリンダは色っぽく声を上げると大きく息を吐き出し、執事がちょっと顔を赤らめている。こいつもしかして……
私は後頭部の生え際を軽く揉みながらマダムの顔色を見る。
「そろそろお休みになった方がいいんじゃないですか?」
マダム・ベリンダはホットタオルにうっとりとしながらも肩をすくめる。
「そうはいかないわ。お客様がいらしている間は私も起きていなくてはいざというときに対応が遅れてしまう。そうなったら娘達に危害が及ぶかもしれないからね」
私にはまだ娼館というところはよくわからないが、いくら超・高級娼館でも品のいい客ばかりじゃないらしく油断出来ないようだ。
何度かタオルを絞りながら肩を温め、その後ゆっくりと揉みほぐしていく。耳の後ろからその下のピンと張った首筋、凝り固まった肩も撫でるように擦る。
「本当に気持ちいいわね。時々湯上がりにオイルを塗り込んでもらっている時も気持ちいいけどそれとはまた違うのね」
貴族や平民でもお金持ちが入浴後オイルマッサージを受けているって思ってたけど基本的にはオイルを塗り込んでいるということらしい。
「アレはお肌の為ですからね。先程も言いましたが横になれればもう少しいい感じに出来るんです、腰とかも」
今の状態ではコルセットが邪魔で触ることも出来ない。
腰ねぇ……っとマダム・ベリンダは気持ちよさそうに呟く。すると突然廊下をドタドタと走る音が響きいきなりドアがバタンと開かれた。
「マダム・ベリンダぁ、トマス様がぶったぁ!」
美しく波打つ長い金髪を振り乱し、薄いガウンを羽織っただけの透き通った肌を持つ小柄で可愛らしい少女が右頬に手を添え涙ながらに訴えてくる。急いで駆けてきたのか裸足でガウンの前を握りしめ涙ぐみながらふらりと執務机の前にある応接セットのソファに倒れ込んだ。
「フルール……またなの?」
マダム・ベリンダは小さく呟くと立ち上がる。私はそれを妨げないように素早く離れて脇へ退いた。
「ユリシーズ、ジョンソン子爵様をここへご案内して」
執事にそう命令したが、廊下から再び誰かが近づく足音がする。
「まもなくいらっしゃるかと」
ユリシーズはそう答えマダムの右斜め前に立つと目を細めドアの方を見た。
「フルール、駄目じゃないか。私のそばから離れては」
開けられていたドアから入ってきたのはこれまたガウンを羽織っただけの目つきの悪い若い男だった。
「トマス様は痛い事をなさるから嫌いですぅ」
フルールがまるで芝居がかった仕草でイヤイヤと首を横に振りながら涙ながらに男を見上げる。
「それはフルールが言う事を聞かないからだろう、さぁこっちへおいで。まだ朝までは時間がある」
男はどうやらトマス・ジョンソン子爵という方らしいが、あまり行儀のいい客ではないようだ。
「ジョンソン子爵閣下、うちの娘に手を上げるのはお控えくださいとお願いしたはずですが?」
マダム・ベリンダはフルールに近づこうとする子爵の前に立ちはだかるとキッパリとした態度で接する。平民であるマダムが爵位持ちの貴族に厳しい態度で立ち向かうのは商売の性質上必要な事であるがかなり強い気持ちがないと出来ないだろう。
マダム、頑張って!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます