第2話 借金???ゴル

 マダムが書類を眺めながらここがいいかしら?なんて私の行き先を決めかけている。早く、早く何か言わなきゃ!

 

「マダム、私は商売は下手かもしれませんが……あの、帳簿!帳簿がつけられます、計算も早いんです勿論口も堅いです」

 

 一瞬マダムの右眉がピクリと動いた。ここから一気に……

 

「あなた、自分の借金の額知ってる?」

 

「え?借金の額ですか……あの、ざっとしか聞かされていません。確か店を抵当に借りた額が……」

 

「八千万ゴル、そこからあなたの父親が細かく知り合いに借りてた五百万ゴルを返済して、高級食器を買い付けた店に一千万ゴル払ってる」

 

 い、一千万ゴル!?聞いてないよ!どんな高級食器だよ!?

 

「それから発注をかけてきていた貴族へ賠償金として二千万ゴル」

 

 なんだぁ?今世じゃ聞いたことも見たこともない金額だよ。前世ではちょっとあるけど。とにかくクラクラする金額だ。

 

「と、いうことは四千五百万ゴル残っているんですね?」

 

「いいえ、そこから内縁の妻がツケで買っていたアレコレに千五百万ゴル」

 

「ツケで千五百万ゴル!?あり得ない!どうしてそれを私が払わなきゃいけないの!?」

 

「あなたじゃなくて、あなたのお父さんが払ったのよ。とにかく、残りをお父さんが持って逃げたの」

 

 アイツ……金持って逃げたのか娘の私を置いて……クズ中のクズだな。

 

「そうですか……ですが店を抵当に入れてますからそれを売った残りが私の借金ってことですよね?」

 

 あそこは結構場所がいいから……

 

「それがね、もし金を期日通り返せない場合は店は無条件で金貸し屋にお詫びとして差し出すって条項にサインがしてあるの。だからそこから一ゴルも下がらないわ」

 

 私は顔を両手で覆うと膝から崩れ落ちた。

 オワタヨ……八千万……いくら体売ったって返せないよ……返せる気がしない。前世の借金だって私の他に兄妹がいたから何とか頑張って返したんだ。今世じゃ一人っ子の私には誰も助けてくれる人なんて居ない。

 

 項垂れる私を見てマダム・ベリンダは嘆息すると慣れた感じで書類を手に側まで来ると私に立つように促す。

 

「ほらほら、いつまでもそうしてたって借金が減るわけでも無いでしょう?とにかく、うちじゃ無理そうだから下請けへ……」

 

 安娼館!ダメ、絶対!

 あんなとこに放りこまれた日にはヤラれちゃうだけじゃなくて、殴る蹴るは当たり前、アレやコレや色々な変態行為が横行してるって聞く。

 ヤダヤダヤダヤダ!そんなとこなんて絶対に行きたくない!

 

「マダム!お願いです、なんでもします、ここに置いてください。掃除でも洗濯でも、し、娼婦でも!一生かかっても頑張って八千万ゴル返しますから!」

 

 この際贅沢言わない!

 

「あら、世間知らずねぇ。八千万ゴルの借金を同額で引き受けるわけないじゃない。私はその債権を九千万ゴルで手に入れたのよ」

 

 はぁ?逆に凄くない?私にそんな価値があるなんて。

 驚き過ぎて呆けているとマダムが私を見下ろし妖艶な笑みを浮かべる。

 

「世の中にはね、想像を絶する事に人間を利用しようとする輩がいるのよ。勿論世間には知られたくない使用目的の為にね。最悪はそこへあなたを売り飛ばせば何とか儲けがでるの」

 

 想像を……絶したくない!!

 

「マダム!お願いです、必ず一生懸命働きますから!」

 

 私は必死にマダムに縋りつき手を握りしめた。

 ん?冷たい。

 

「もうっ、いい加減に諦めなさい。そこまで酷い扱いはしないはずだから、ほら、離して、行くわよ」

 

 マダム・ベリンダが面倒くさそうに私が握った手を振り払おうとした。

 

「手足が冷えて寝付けないのではないですか?」

 

 私の言葉にマダムが戸惑った顔をした。

 

「だったらなによ」

 

 前世では冷たい手足はストレスや不規則な生活が原因で自律神経が乱れているからだと聞いた。私も借金返済のストレスでよくそうなっていた事を思い出す。

 

「毎日お忙しいんでしょうね」

 

 そう言うと立ち上がり顔色を確かめた。化粧で上手く隠してはいるが白粉の奥の肌は青白く血色が悪そうだ。指先も青白い。

 

「仕事終わりにゆっくりと湯に浸かってお休みになられていますか?」

 

「湯に浸かる暇なんてないわよ。私は忙しいの!」

 

 マダム・ベリンダが取り仕切る紫苑の館は平民でも裕福な者か、貴族が相手の商売だ。接客には神経もかなり使うだろう。

 それにその出で立ち。貴族に合わせて腰まで長く伸ばした髪を高く結い上げ綺羅びやかに飾りをつけていて首に負担が掛かってそう。ドレスは肩が冷えるオフショルダーで鎖骨がキレイに見える形。その上コルセットで腰をキツく締め上げ血行を悪くし、ふんわり広げられたスカートも含めると五キロは下らない代物を一日中身に付けているのだ。腰痛だってあるだろう。

 

「頭痛がするのではないですか?」

 

 そう言いながら握ったマダムの手を両手で揉みほぐしていく。勿論私は専門家ではないが前世では揉まれる方はかなり行き倒していた。言わばマッサージを受けるプロ!どこを揉まれると気持ちいいかは体に染み込んでいる。

 手のひらを揉みほぐしながらよく見ると肩も盛り上がっている。老廃物が溜まって盛り上がるとかいう都市伝説のような話も聞くが実際は血行が悪くて筋肉が収縮しているせいらしい。

 

「ちょ、ちょっと待って、あなた何を……あら、何だか気持ちいいわねぇ……」

 

 二人で向かい合いマダムの手を揉みほぐすとするりと背後へ回り込み肩に触れ、ピンと張りつめた首筋からもりもりに盛り上がった肩に触れ少し押えてみる。

 

「イタタッ、止めてよ」

 

「あぁ、すみません。やっぱりカッチカチですね、これはゆっくりと解さないとかなり痛いですよね」

 

 立ちながらマダムの張りつめた肩を先ずは擦るようにマッサージしていった。

 

「あのぅ、出来れば座って下さい。本当は横になって頂くほうがいいですけど」

 

 マダムは手を揉んだ事がよっぽど気持ち良かったのか黙って椅子に座ると私にされるがままになっていた。ドレスを着ている為、首と肩の露出している部分しか解せないがそれでも段々と血行が良くなりほんのり赤く温かくなってくる。

 少し解れたかなっと思っていると誰かがドアをノックした。

 

「……チッ、お入りなさい」

 

 マダム・ベリンダは気持ち良くなってきたところを邪魔されたと感じたのか不機嫌そうに舌打ちすると返事をすると、部屋の中に黒を基調としたシンプルな燕尾服を着た男が入って来てマダム・ベリンダに一礼し私を見て動きを止めた。 

 

「お時間です、マダム・ベリンダ」

 

「わかったわ」

 

 どうやら執事らしい三十代後半位の男がマダム・ベリンダと話しながらも私から目を離さない。

 

「その娘は昨日話していた件ですか?」

 

「えぇ、まぁそうね……今はもういいわ」

 

 マダムはそう言いながら私の手に触れポンポンと叩いた。

 今は?もしかして……

 

「マダム・ベリンダ、その娘はカーマイルへ連れて行きましょうか?」

 

 執事が私を見ながら不機嫌に眉を寄せた。

 なんだか嫌われた感じ?っていうか、カーマイルって何?どこ?何するとこ!?何だか怖い!!

 

「はぁ……いえ、もう少し様子を見るわ。あなた……」

 

「アメリです!」

 

 マダム・ベリンダは振り返るとチラッとこちらを見る。私はピシッと背筋を伸ばし両手を体の前で重ねると軽く頭を下げた。

 

「とにかく、先ずは厨房へ行って。人手が欲しいって言ってたから」

 

「畏まりました。失礼いたします」

 

 軽く膝を曲げて礼を取るとマダム・ベリンダの気が変わらないうちに素早く部屋から出た。

 

 ドアを静かに閉じると体から力が抜けた。

 上手くいった、のかな?

 信じられない気持ちで暫く立ち尽くしていたが、遠くから女性のキャッキャした声が聞こえ慌てて厨房へ向かった。どうやら始業時間が来たらしい。

 連れて来られた廊下を逆に進み、階下へ降りると厨房へ向かい中へ入ると大きい声で挨拶をした。

 

「今日からここで働くことになりました、アメリです。宜しくお願い致します!」

 

 ペコリと頭を下げて再び上げると一人のポッチャリとした中年の女性が不思議そうに私を見ていた。

 

「あんた誰?」

 

 話し方はぶっきら棒だが見た目は普通の中年女性だ。

 

「アメリと言います」

 

 確かにここへ来たときに見かけた女性だ。

 

「アメリ、お客さんは向こうで取るのよ」

 

「いいえ、私はお客は取らないんです。ここで手伝うようにって言われてきました」

 

 女性はさも驚いたように目を見開くと振り返って私からは見えない誰かに叫んだ。

 

「ライラ!マダム・ベリンダが人を寄越してくれたよ!」

 

 それに答えるように大声で誰かが叫ぶ。

 

「モニー!わかったから大声出すんじゃない。聞こえてるわよ」

 

 腰に下げたタオルで手を拭きつつもう一人の中年女性が現れた。

 

「私はライラ、こっちはモニー」

 

 ライラとモニーは見た感じとてもよく似たポッチャリ体型だがどうやらつぶらな瞳のライラが責任者で笑うと目が無くなりそうなモニーが部下のようだ。二人の間に敬称や敬語は使われていないから私もそこまで気を使わなくてもいい感じだ。

 

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