こってますね、マッサージ致しましょうか?

蜜柑缶

第1話 借金スタート!

 前の人生は工場カーストの底辺町工場まちこうの娘として生きた。

 時代の波に押され良いときもあったようだが気がつけば不渡りや保証人などで借金にまみれた家業を引き継ぐ羽目になっていた。

 何の部品かもわからない物を薄利を得るために必死に作り夢も希望もなくただただ借金を返済する日々。

 何とか返済の目処がついた頃に残ったのは上を向くことも振り返る事も出来ないほどのガチガチに盛り上がった肩こりと毎朝起き上がるのもひと苦労する痛む腰だった。

 

 そんな記憶を抱えたまま私は転生してしまったらしい。

 まさかの異世界!まさかの剣と魔術の世界!まさかの……商売人の家……あれ?しかも魔力も無い。あれあれ?スキルとかチートとかは?異世界転生の醍醐味はどこ行った?大金持ちの貴族のお嬢様設定は?普通の商売人の家に生まれるなら異世界じゃなくていいじゃない!!なんなんコレ!?

 

 

 そして現世、幼い頃から店を手伝わされ気がつけば母親を病で失い騙され上手な飲んだくれの父親と営んでいた雑貨屋は既に傾いていた。店の場所だけは先代の祖父が苦労して手に入れた持ち家で今やそこは街中の一等地だ。

 

「父さん!どうして千ゴルで仕入れた物を千二ゴルで売るのよ!これじゃ赤字になるでしょ!」

 

 前世今世を通じて何度言ったかわからないセリフをまた叫んでしまった。父さんはムッとした顔を反らすといつもの言い訳を始めた。

 

「お得意さんに今回はそれしか出せないって言われたから仕方無いだろ。オレが買い付けてオレが運んだからそれくらいでも良いんだ!百個まとめて買ってくれたんだぞ、文句いうな!」

 

「買い付けるために借りた馬車代と馬のエサ代、一日かけて遠方の村まで行った父さんの食事代、酒代、一体いくらかかったと思ってるのよ!」

 

「あそこはいつも他の物も買ってくれるから良いんだよ!」

 

「他の物だって大して利益なんか出てないわよ!」

 

 またか、また借金返済コレか……いい加減親の借金返させる運命から逃れさせてよ。二ゴルポッチのマージンで百個売れたって利益は二百ゴル。前世でいうところの二百円だよ。父さんが留守の間に私が店番をして必死に稼いだってそっちに経費がもぎ取られるわよ!もうホントに最悪。

 

 こんなことの繰り返しの中、もっと最悪な事が起きた。

 

 ある日突然、見知らぬ母子がやって来て店で働かせて欲しいと言い出した。もちろん私は反対、今は人を雇う余裕は無い。だけどマズイことにその女性はそこそこ容姿が整っていてむっちりとした体つきで父さん好み。娘も十六歳の私より一つ下で母親譲りの美しさを持っていた。

 父が私の反対を押し切って無理矢理雇った母マーサが父とそういう仲になるのに時間はかからなかった。

 もしかして最初からソレ・・狙い?でもこんな借金まみれの商店主なんて自由になるお金なんて無いのに何が目的なんだろう。

 

 父さんがマーサと関係を持ったうえに店の二階に二人を住まわせた。二階は自宅でそんなに広くない。リビングの他は寝室が二つしかなく私と父さんのものだったがそこに母子が来れば当然部屋は足りない。

 

「お前は店の奥へ部屋を移れ、リリーは母親マーサの近くの方が安心だろう」

 

「はぁ!?店の奥って倉庫のこと?」

 

「片付ければお前のベッドくらい置けるだろ、どうせお前は一日中隣の事務所に入り浸ってるんだから」

 

 好きで一日中入り浸ってる訳ないでしょ!毎日早朝から店番して休憩もなく倉庫で在庫確認して夜に帳簿をつけてヤリクリしてるのよ!父さんが全然やってくれないから!!って叫んだけど無駄だった。

 既に私の僅かな荷物は一階に移され在庫の入った木箱の横にベッドが置かれてあった。

 こっから抵抗してまたベッドを二階へ運ぶなんて時間の無駄か……

 早々に諦めると眠くなる寸前まで帳簿をつけ在庫確認をした。眠くなって直ぐに横にベッドがあるって結構便利かも、なんて呑気なことを思っていた自分に飛び蹴りを食らわしてやれば良かったと思ったのは半年後のこと。

 

 

 ど……どうしてこんなことに!?

 

 見事にあのマーサにしてやられた。

 父はいい取引があると唆され、後払いで仕入れた高級食器を運搬中に事故にあい重症。食器は割れて使い物にならず、指定通りに納品出来なかった為に被害を被ったと言われ、賠償金まで請求されて混乱しているとマーサが知り合いの親切な金貸しを紹介してくれるというから店舗兼自宅を抵当にしてよく確認もせずサインした書類には恐ろしい利息がついておりあっという間に店を取られ、逃げた父に代わり残りの借金を何故か私が背負わされていた。

 

 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?泣いていいよね!!

 

 

 問答無用で乗せられた馬車に揺られ、目の前にはドンッと大きな邸宅。

 気品漂う建物は上位貴族の別邸という雰囲気だ。煌々と明かりが照らされ、貴族街ではあるが少し外れの静かな場所で近くには他の屋敷は見当たらない。

 そう、ここは『紫苑の館』と呼ばれる高級娼館で、私が乗った馬車は今その門をくぐった。

 屋敷の玄関につくかと思いきや横を通り過ぎると裏へまわる。裏って言ったって十分に品が良いドアがありそこへ馬車を停めると隣に座っていた目つきの悪い男が私の腕を掴み馬車から下ろした。

 乱暴に掴まれた腕が痛くて顔をしかめてしまったが口が裂けても痛いとは言わない。ただの意地だ、一円にもならない、いや、一ゴルにもならないつまらない意地だけどここで食いしばらなきゃ何かが崩れそう。とにかく何とかしなきゃと思うが考える余裕がない。

 

 ドアを開けると男は慣れた様子でどんどん屋敷の奥へ入って行く。入ってすぐは厨房で、中年の女性が二人でいそいそと料理をしていた。私達には目もくれず自分の仕事をこなしている。

 カッコいいなぁ〜懸命に働く大人。そんな大人な父親が私も欲しかったなぁ……

 なんてボンヤリ思いながら連れて行かれるままに廊下を進み狭い階段を上がって突き当りの部屋の前まで来た。

 男はそこで一旦足を止めるとノックをして返事を待った。

 

「お入りなさい」

 

 女性の声が聞こえドアを開けて中へ通される。

 

「マダム・ベリンダ、お願いします」

 

 そう言って私を前に押し出した。

 押し出された私は腕の痛さと慣れない雰囲気、これから自分の身に起こる最悪の事態を想像して恐怖心を堪える為に口を引き結び女をじっと見た。足が震えていたがそこは仕方が無いでしょ。

 

「はぁ……中途半端ねぇ。そこまで若くもないし、大人の色気もない。器量は、まぁ磨けばそこそこね」

 

 部屋の中は華やかなイメージの娼館とは思えないほど品のあるシンプルな調度品が揃えられ、正面には高級な黒檀の執務机がありその向こうで不満そうに眉間にしわを寄せた女が私を値踏みするように見ている。

 勿論この女性がここの主だろう。美しい容貌に白い肌の首筋、高級なドレスに身を包んでいるが目つきは鋭く油断ならない。

 

「何をおっしゃいますか、まだ生娘で年もちょうど売出し頃の十九才。お買い得ですよ」

 

「十九才で生娘はちょっととう・・が立ってるわよ、最近の流行りは十七才位まで。これなら未亡人の方が人気が出るわ」

 

 ムカムカする会話が飛び交っているけど問題はそこじゃない。それに私がとうが立ってるなんて事あり得ない。

 

「で?幾らなの?」

 

 男はパパっと指をいくつか立てるとニヤリと笑った。

 

「高過ぎる、これくらいで手を打ちなさい」

 

 女も幾つか指を立て何度かやり取りすると合意したのか、男が一枚の紙を懐から取り出しお互いにサインした。女は引き出しから重そうな小さな手提げ鞄を取り出し机の上にドンと載せる。受け取った男は私のことなど忘れたように一人で部屋を出て行った。

 

「名前は?」

 

 なんとなく男の後ろ姿を見送っていると女が問いかけてきた。

 

「アメリ、二十歳です」

 

 一歳だけサバをよまれる方が恥ずかしいっつーの。

 

「私はこの『紫苑の館』の主人ベリンダよ、これからは私の事をマダム・ベリンダと呼びなさい」

 

 マダム・ベリンダはそう言いながら私の側まで来ると上から下までじっくりと見た。

 

「ホントに生娘?」

 

 疑い深げに眉を寄せる。

 

「ちょっと痩せ過ぎね、手も荒れてるし髪もボサボサ、はぁ……失敗したかしら。もっと値切れば良かったわ」

 

 独り言のようにマダム・ベリンダは不満を漏らす。私は震える足を踏ん張り思い切って口を開く。

 

「お話を聞いて欲しいのですが宜しいでしょうか?」 

 

 両手を握りしめ出来るだけ落ち着いて見えるように微笑む。交渉するためには第一印象が大事でしょう?

 マダム・ベリンダはじっと私を見つめると黒檀の机を回り込み、ゆっくりと椅子に腰掛けると正面をむいた。

 

「それで、何のお話かしら?まさか自分は騙されてここへ連れて来られたから助けてくれってことじゃあないわよねぇ?」

 

 グハッ……図星だ!ヤバイって!

 

「ゴホンッ、失礼しました。マダム・ベリンダ、私は父と下町で雑貨屋を営んでおりました。諸事情あり、この度マダムの店にお世話になる事になりました。が、正直私にここでお客を取る仕事は向かないと思います。ですから、お客を取る以外の仕事を任せて頂けないでしょうか?」

 

 ここは超・高級娼館だ。ただ借金のかたで売られてくる女がおいそれと働ける場所ではないと聞く。目の前にいる年齢不詳なマダム・ベリンダも艷やかな金髪を美しく結い上げ、透けるように白い肌は柔らかそうでつい触れたくなるような色気を漂わせている。女主人ですらこれだ、きっと見たことはないここの娼婦おんな達はかなりの美しさを備えているだろう。

 

「ふ〜ん、自分の見てくれを自覚しているようねぇ。それで、貴方にどんな価値があるというのかしら?余程のモノでなければここから庶民向け娼館下請けに流すって手もあるのよ?」

 

 おおぅ……私の貞操、風前の灯。マズイマズイ何か考えろ〜!!

 

「わ、私は商店をほぼ一人で切り盛りしておりましたので商いについてはひと通り出来ます」

 

「でも結局ここにいるってことはヘタ打ってるってことよねぇ?」

 

「そ、それはそうですが、父が勝手に取ってきた仕事の赤字を補わなくてはいけなくて……」

 

部下・・をコントロール出来ない不出来な上司ってことよねぇ?」

 

 ホントに、二の句が継げないけどここで負けたら下請けに流される!!

 

「仕事上、お得意様の条件に見合う商品を探すことは得意でした」

 

「まぁ、それは下請け先で役立つ特技ねぇ」

 

 マダムはニッコリと微笑むと引き出しを開け書類を取り出し指差しながらどこがいいかしら?などと呟いている。

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!このままじゃまた売られちゃう!

 

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