10.研究員の思惑通り

「……ふふ、ふふふ」

「なに、藪から棒に。気色の悪い」



 ありとあらゆる機械だけが並ぶ無機質な部屋。その部屋を利用しているのは、たったの2人だけ。その片割れである白衣を身につけた長身の金髪女性が、不意に何がおかしいのか、笑みを漏らす。

 あまりに唐突な笑い声に、残る1人である大体高校生くらいと思しき黒髪の少女が、引いたように顔を顰める。



「あらやだ、失礼。まさか、ここまで上手くいくとは思わなかったものだから」

「それは……もしかして、あののこと?」



 少女がモニターを覗くと、そこには無表情であることと、年齢が離れていることを除けばな少女の写真が映っている。

 黒髪の少女は、写真に映る自らと全く似通った少女の姿を、なんとも言えない表情をじっと見つめる。



「あら、もしかして気にかけているのかしら? あなたは以前から彼女のことを気にかけていたものね」

自分と全く同じ姿の人間が居たら気になって当然だと思うけど?」



 黒髪の少女が言い捨てると、金髪女性は意に介すこともなく、恍惚の表情を浮かべながらモニターを眺めている。

 そんな様に少女は呆れながら溜め息をついた。 



「で、件の擬きの様子はどうだって?」

「どうやら、日本の魔法少女たちとしたみたいよ。しかも、魔獣を表沙汰にするおまけ付きでね」

「……そりゃまた、思い切ったな。めちゃくちゃ大事(おおごと)じゃないか」



 流石にそれには黒髪の少女でも少なからず驚いたようで、同時にで活動しているだろう件(くだん)の魔法少女に対して呆れを覚えていた。

 人類とは不倶戴天の敵でもある魔獣という存在は、基本的に世間一般には知られていない。これは日本だけではなく、世界全体で見ての話である。

 別段おかしいことではない。今まで空想のものだと思っていた現実になるばかりでなく、想像以上に身近な所で発生していたと分かれば、どんな騒ぎになるか、想像は難くない。ひとつ言えるのは、阿鼻叫喚だけじゃ済まないことだろう。

 実際、恐れていたことが起きてしまった日本では、とんてもない事態に陥ってしまっている。

 なにせ魔獣という潜在的な災害がすぐ近くで毎日のように生まれていただけでなく、その対抗手段がまだ青春真っ盛りの少女だというのだから、それはもう非難轟々であった。



「で、それを聞かされてあんたはどうするつもりなんだ?」

「別に……どうもしないわよ。あ、別に貴女に何かを強いるつもりはないのよ? むしろ、存分に暴れてもらった方があの子も成長するでしょうし有難いわね」

「……じゃあ、私は勝手にさせてもらうから。丁度、日本に置いてきてしまったものもあるし」



 一瞬迷う様子を見せるも、それだけ言うと金髪の女性に背を向けて部屋を後にした。



「全くあの子もボスが拾ってきたあの時から全然変わってないわね。あれで意外と人一倍気にしやすい性格だから、面白い子よね」



 それにしても、と金髪の女性は独りごちる。



「今のところは、ボスの想定していたとおりにすすんでいるわね。でも、やっぱりこのままだとのはまだ先になりそうね」



 少し機械をいじると、画面が切り替わって、つらつらと複雑な文章が流れるように並び出す。

 主題には、「成功例:被検体No.096の進捗及び経過報告書」とあった。



「精霊との同調率は25%……やっぱり、あの子に頼むのが一番かもね」



 なんだかんだ言って、あの子のことを妹のように気に入っているようだから、上手い具合に進めてくれることだろう、と邪推しながら、片手間で何処かしこからやってくるサイバー攻撃へのカウンターを行う。



「この拙いハッキングは日本かしら。大方、あの子が口を滑らせたんでしょうけど」



 しかし、あの子の口からこの研究室の存在がバレてしまうのはむしろ好都合であった。が日本の魔法少女たちとの間に介入しやすくなり、結果的にあの子の精霊化を促進させることが出来る。

 日本の魔法少女や、諸各国の魔法少女であったり魔法使いがわざわざ研究所まで出張ってくることはまずないだろう。、この研究所は紛争地域の緩衝地帯にあるため、頗る治安が悪い。いくら魔法少女とはいえ、常時集中して警戒することはまず不可能。ここの生まれた時から常に戦地にいるような人間とは違って、彼女らは元はと言えば戦いのたの字も知らなかったような普通の女の子なのだ。本人たちが希望しようが、お国柄がそれを許さないだろう。

 そもそも、魔法少女程度では研究所を抜けるとは思えないが……。



「いずれにせよ、ようやく事を進められそうね」



 この研究所における計画の中心には、全て被検体96番が中心となっている。

 研究所から逃げ出すことが出来たと、ようやく日本に帰ることが出来たと思い込んでいる、魔法少女擬きが。



「早く貴女が帰ってくるのを楽しみにしているわ。被検体96番。いや……」



 金髪の女性は、艶めかしげに微笑みを浮かべる。



「──くん」



 たった2人にのみ与えられた研究室が一角。彼女が呟いた言葉を聴いていた者は、誰一人として居なかった。

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