9.闇深少女は広めたい

 涙を浮かべ、悲痛に訴える沙奈ちゃんの姿に、姉である楓を含めた周囲全員の魔法少女達が息を飲んで様子を見守る。

 かくいう俺も、割と少なからず驚かされた。まあそりゃ、いきなり俺のことを姉だなんて呼ぶものだから仕方のないことだろう。それに、俺もその可能性はあるだろうなとはなんとなく理解はしている。



「……なんで私が姉だって思うの?」

「見間違えるわけがない! 見た目は……結構変わっちゃったけど、それでも分かるよ。それに……あの時、言ってくれた言葉……」

「言葉?」



 あの時、というのは初めて会った時以外のことだろうけど、俺、何か言ってたっけ?



「『頭、撫でてあげよっか』って言って、昔、よく泣いた時にお姉ちゃんに慰めてもらったんです……」



 声を震わせる沙奈ちゃんの姿に、俺は言葉が出なくなった。そう言われると、確かに同じ言動をした覚えはある。それに、沙奈ちゃんの言うこの言葉は俺にとってはでもあった。前世にも、沙奈ちゃんと同じくらいの泣き虫な妹が居たから、よくそうやってあやしていたのは今でもはっきり覚えている。



「……ねえ、翡翠。もし迷っているのだったら、一欠片であっても迷う気持ちがあるのなら、私たちの所に帰りましょう? お母さんもお父さんも、皆、翡翠のことを待っているのよ?」



 先程楓さんと呼ばれていた魔法少女が、見かねたのか優しい口調で諭しにくる。そういえば、沙奈ちゃんがお姉ちゃんって呼んでたのを考えると、もしそうだった場合は俺の姉にもなるのか。

 しかし、俺が黙ってたのは迷ってるとでも思っていたのだろうか。



「ごめんなさい、やっぱり、私は帰れないよ」

「なっ!?」

「な、なんで……?」



 断言するようにきっぱり断ってやると、楓さんは絶句し沙奈ちゃんは絶望の表情を浮かべる。



「だって、私は魔法少女じゃなければ、人ですらない。私は魔法少女の敵なんだから」



 そう言って俺は一度鎌を持ち上げて、石突を強く地面へと叩きつけた。すると、なんの予兆もなく魔法少女たちの影が盛り上がったかと思うと、俺以外の全員を縛り付けた。



「そんな!? 無詠唱魔法なんて……そんなの、聞いたことが……!!」

「翡翠お姉ちゃん!?」

「スイちゃん! どうして!?」

「どうして、だって? さっきも言ったでしょ……私は、魔法少女の、貴女たちの敵なんだよ」



 なんて言うものの、本音では敵対するつもりは全くないのだが。だけど、前いた研究所で盗み聞きした話では、俺は魔法少女に対抗するために造られたと言っていた。その話からして、あの研究所は魔法少女を目の敵にしている。もしくは魔法少女及び類するものと敵対していると考えても間違いではないだろう。だから、俺は本心を言っていなければ、嘘もついていない。



「それじゃ、説明になってないでしょ! 別に、敵になる必要なんてないじゃん!」

「そうだね。じゃあ、説明してあげるよ。魔法少女は凄いよね。人のために命を懸けてまで戦って、尊敬までされて……でも、それは全員じゃない。魔法少女のことを敬っている人も居れば、逆に恨んでいる人だって居るんだよ」



 例えばあの研究所みたいにね。



「それが、スイちゃん、なの?」

「違うよ。貴女たち、魔法少女を恨んでいるのは私の居たあの場所の人たち。つまり、私を造り出した人たち」

「も、もしかしてそれって……!」

「なんとなく、予想はもうついてるんじゃないかな? そう、私は魔法少女と戦わせるために改造、造られた存在なんだよ」



 そう言うと、一気に顔を真っ青にする魔法少女たち。まあ、まだ思春期真っ盛りな女の子がそんな非人道的な話を聞かされたら、そりゃそうなるか。俺だって同じ立場だったら卒倒するわ。



「そんなの、許されるわけがない……!」

「許されるだとか、そんなことを今更考えるような人たちじゃないからね」



 魔法少女として今まで戦ってきたって割には、どうにも思ったよりかは事情を知らされていないような節を感じる。いや、意図的に伏せられてるのかな?

 多分、この子たちを精神的に守るためなんだろう。魔法少女は人々の味方であり続けられるように。



「翡翠……もしかして、私たちと戦う気なの?」



 しかし、楓さんだけはやはり他の魔法少女たちとは経験値が違うのか、努めて冷静に言う。とはいえ、やっぱり血縁であるかもしれないという葛藤からか、表情からは苦悩が隠せてはいないが。



「んー……いや、今日はいいや。私も別に人殺しをしたい訳じゃないし。それに、用も済んだしね」

「用って……まさか!」



 楓さんはハッとしたように、周囲を見回した。どうやら、しっかり意図を理解してくれたようだ。



「私の狙いは2つ。あなたたち魔法少女に宣戦布告、というよりも私自身は仲間にならないと告げるため。そしてもう一つが……魔法少女に魔獣。これらの存在を、世間に知らせるためだよ」



 わざとらしくにこりと微笑んでやると、楓さんはおろか全員が信じられない目で俺を注視する。多分、さっきまでずっと無表情だった俺がいきなり笑顔を浮かべたからだろう。

 実際はこんなことになったのも魔法少女たちにあんなことを言ったのも、なんならここに居ることすら全部偶然なんだが、この際だから全部俺の今後のための演出ということにさせてもらおう。



「なっ……そんなことをしたらどうなるのか、分かってるの!?」

「分かってるよ。分かっててやってるんだよ」



 いつも通りの無表情へと戻すと、俺はわざとらしく吐き捨てるように呟く。



「ねえ、本当にあなた達はこの状況が正しいと言える? 人知れず魔法少女が魔獣を倒し続けるだけの、こんな世界が」

「だけど、だからといって一般人を巻き込む訳には……」

「なんでダメなの?」



 反論してきた六花ちゃんに、俺は言葉を挟み込む。



「一般人には戦う力がないから……」

「そこだよ、そこ。普通の人には戦う力はない。確かにそうだと思うよ。でも、だからと言って知らないままで良いっていうのはおかしいとは思わない? ねえ、



 俺が後ろで静観していた2人へと問いかけると、2人とも黙ったままで辛そうな表情を浮かべる。やっぱり2人とも、妹のことを今まで死んだと思っていたんじゃないかと、それかもしかしたら死んだと思っていた事の経緯をよく聞かされていなかったのではないだろうかと思っていたんだが、当たりのようだ。



「それにさ、まだあなたたちは世界の……魔獣の真実にすら気付いてすらいない」

「世界の……魔獣の真実、だって?」



 訝しむ魔法少女たち。まあ、こんなことを言ってみたりもしたがただのブラフなので、実は俺も全く知らん。ぶっちゃけ、言いたかっただけだし。



「スイちゃんは、それを知ってるって言うの?」

「さあね。そっちの判断に任せるよ」



 もちろん知らないのではぐらかす。



『死神の魔法少女……いえ、翡翠さん。貴女には聞かないといけないことが出来ました。すみませんが、貴女を連行させていただきたく──』

「貴女は、この前の人かな? 悪いけど、時間みたいだから……」



 どこからともなく声が聴こえてくるのと同時、魔獣の気配を感じとった俺は影に潜る。

 直後、いきなり黒い渦のようなものが現れたかと思うと、その中から一体のスライムのような魔獣が現れた。というか、気持ち悪いな……。



「もう、行かせてもらうよ」

『そんな……一日に、2度も同じ場所で魔獣が!?』

「──!!」



 頭の奥で悲鳴のような声が聴こえてきたような気がするが、それを遮るように魔獣が奇怪な甲高い鳴き声を上げる。

魔力量を見た感じではそんなに強い魔獣ではなさそうだし、こいつは任せてもいいだろう。



「待って!」

「待たないよ……ああ、そうだ。最後にひとつ置き土産。あんまり味方を信用しすぎないように、ね。以上!」



 それからすぐ、俺は再び魔法で塒にしている空き家へと移動する。一度、少しだけ寄り道をして電気屋のテレビを確認してみたけど、魔法少女関連の話題でもちきりだった。今までファンタジーだったはずの存在が急に現れたんだから、そりゃそうだ。



「これから、魔法少女たちはどうするんだろうなぁ」



 俺は彼女たちへの期待に心を弾ませながら、いつも通りのゴミ漁りをすべく外に駆り出した。

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