8.微風の魔法少女は昔の夢を見たい
ああ、やっぱり私の見間違いじゃなかったんだ、とお姉ちゃんの呟いた一言に納得がいった。
私の名前は柳沙奈。パパにママ、それに優しい二人の姉、楓お姉ちゃんと翡翠お姉ちゃんが居る普通の家庭……その、はずだった。でも、いつしかそんな普通は崩れ去る。
私がまだ4歳だった時のこと。翡翠お姉ちゃんが突然、行方不明になったからだ。
当時の私がママにそのことを聞かされた時、最初は何を言っているのか分からなかった。まだはっきり物心もついて間もない頃だったというのもあるけど、私自身が姉っ子、特に翡翠お姉ちゃんにべったりだったのが一番の理由だった。その頃から引っ込み思案で気弱な性格だった私を、何かと気を配ってくれたり一緒に遊んでくれた、そんな翡翠お姉ちゃんが大好きだった。今になって思えば、朧気な記憶にある翡翠お姉ちゃんは私よりひとつしか歳は変わらなかったのにやけに大人びていたように思う。
それでもいつまでも翡翠お姉ちゃんが帰ってこないことでようやく、私は翡翠お姉ちゃんが居なくなってしまったことを理解する。
それからは余計に暗く、内に篭ろうとするようになり、ほとんど人と関わろうともしなくなった。
そんな状況が変わったのは、私が魔法少女になった頃。とあることがきっかけで魔法少女への適性があることを知った私は、初めは魔法少女になんかなろうとは思わなかったんだ。でも、とある日に、パパとママが隠れて話していることを偶然にも盗み聞きする機会があった。
そこで私は知ってしまう。パパとママは、魔法少女に関係する職場で働いているんだと。
当時の翡翠お姉ちゃんは
一転して、私は魔法少女になることを決めた。私が、お姉ちゃんを探すため……魔獣を、この世界から全滅させるために。
信じられないとばかりに目を見開く楓お姉ちゃんの言葉に対して、翡翠お姉ちゃん……いや、スイさんはよく分からないとばかりに目を丸くする。
「翡翠? え、誰それ」
きょとんとして、つい素が出てしまったのか、私の知るスイさんとはまた違う話し方で呟く。けれど、どっちかと言えば私の知る翡翠お姉ちゃんはむしろ前に会った時の幼げな喋りよりもこっちの方が近い。以前に昔の記憶がないと言っていたのもあって、私の中でますます疑念が深まっていく。
「ヒュウァァァァ!!」
「「きゃあっ!?」」
「なっ!? くそっ!」
なんてやたらと時間を掛けていたのが悪かったのか、痺れを切らした亀の魔獣が咆哮をあげると、足を踏み鳴らしてまるで地震かと思うような揺れを引き起こした。魔法少女の中でも相当なベテランで上位の実力を持つ楓お姉ちゃんでさえ、スイさんの存在に気を取られすぎて、反応が遅れてしまっていた。
この攻撃は、かなり不味い。私たちにはそれほど脅威な攻撃ではないんだけど、ここは人の多く集まる街、秋葉原。つまり、そんな所でこんな揺れを起こされたら、一体どれだけの建物が崩れ落ちるのか、きっと私じゃ想像も出来ないくらい壊れるに違いない。
早く、この攻撃を止めないと! でも、私じゃこんな強力な魔獣の攻撃を止められるような魔法はまだ使えないし……。
「うるさいよ! 【
「ヒュウッ……!?」
そんな中、スイさんだけが冷静だった。まだ私じゃまともに使うことも出来ないような六字詠唱の魔法を唱えた直後、亀の魔獣の影がいきなり盛り上がったかと思うと、まるで形を持っているかのように細く伸び始め、そのまま亀の四本足と口をそのまま縛りあげた。
凄い、と動きを止めて魅入るのも束の間、動きを止めた魔獣に向かって飛び出す私のもう一人の姉、楓お姉ちゃんが、両手に2つの剣を構えたまま魔獣へ向かって飛び出したかと思うと、私では見えないくらいの速度で縛られて動けなくなっている魔獣の四肢をすれ違いざまに斬りつける。大きさが大きさだからそれほど深い傷は付けられなかったみたいだけど、それでも刃渡りの割には大きなダメージになったのか、魔獣は苦痛に悶えるように悲鳴をあげる。
その間に、特に何もなかったかのように私たちの隣に降り立つ楓お姉ちゃん。目にも見えないくらいの速さで縦横無尽に動き回り、魔獣を切り刻むさまから疾風(はやて)の魔法少女と呼ばれる楓お姉ちゃんは、実は魔力の量だけで見るなら私たち3人よりも少ない。しかも、そのせいで楓お姉ちゃんが使うことが出来る魔法はたったの3つしかない。けど、私たち3人が束になって襲いかかったとしても、一瞬にしてあしらわれるくらいには、楓お姉ちゃんは強い。
「【
「「「(うえ!?)は、はい(うん)!」」」
魔法をかけ直した楓お姉ちゃんに叱咤されて私たちは慌てて武器を構え直す……刹那、この場を飲み込んだかと錯覚するほどの魔力が膨れ上がる。
「この魔力……もしかして!?」
魔力の主は予想していた通り、スイさんだった。あまりの魔力量に、私たちどころか、楓おねえちゃんや魔獣までもが気圧されている。
「なんて、魔力……なの……!?」
「来てくれてありがとう。でも、もう大丈夫……一瞬で終わらせるから」
まるで山かと見紛う程の圧力を放ちながら屹立としているスイさんは、鎌を上段に大きく振りかぶり。
「【
三文字の詠唱文が
「ヒュッ……」
突如、魔獣の首元のすぐ上に真っ黒な刃のようなものが現れたかと思うと落下し、亀の首筋へと振り落とされた。反応すら出来なかった魔獣はそのまま黒い刃を受けたことであっけなく首を両断される。
僅か数秒のこと。たったそれだけの時間で、お姉ちゃんが致命傷を負わせることも難しい魔獣を、一瞬に倒してしまった。こんなことが出来る魔法少女なんて、私が知る限りはSランク……いや、序列持ちの魔法少女くらいだろう。
「翡翠……貴女……」
「私には、記憶がない」
絶句するも、なんとか声を絞り出した楓お姉ちゃんに向けられた最初の言葉によって、再び動きを止める。
そういえば、私はまだ楓お姉ちゃんにはスイさんのことを何も言っていなかった。だって、もしスイさんが翡翠お姉ちゃんじゃなかったらと、ぬか喜びさせたくなかったから。私が見間違いだったらと思うと、怖くて言えなかった。
その結果が今、楓お姉ちゃんを苦しめてしまった。
「私には、研究所より前の記憶がほとんどない。私の持つ思い出と言えば、ずっとモルモットでいたのと、真っ白で何もない部屋に閉じ込められたことくらい」
しかし、今度は私たち全員が言葉を失うしかなかった。確かに前に、ろくな目に合ってこなかったとは言っていた。でも、研究所? モルモット? 思い出がない? そんなのって……。
「酷い……」
「酷い、か。確かに私以外から見たらそうなのかもしれない。私としては、悪いことしかなかったわけじゃないから別にいいけど」
ほら、こんな怪我をしてても痛みを感じないし、とおかしそうに笑うスイさん。なんでもないかのように言うが、それは痛覚がないということじゃないのか。それのどこがいい所なのか、私には分からない。
「まあ、だから、その……ごめんね。私は、貴女のことを知らない。翡翠なんて名前も知らないし、私が知ってる人なんて誰一人として居ないんだ」
……分かってはいても、直接そう言われてしまうと、やっぱりショックが大きい。見れば、スイさんも少し悲しそうな表情を浮かべているような、そんな気がした。
「でも、もし本当に……本当に私と貴女たちに関係があるのなら私は、貴女たちに会わないようにするよ」
「なんで!?」
スイさんからの次の句に、今度は六花さんがたまらず困惑の声をあげる。
「私の記憶はもう、戻らない。それに、私にはもう時間がない。だったら、私はもうずっと赤の他人でいい」
スイさんは努めて笑顔を浮かべたまま、最後にそう言いきった。
でも、私には分かった。お姉ちゃんを失い、ずっと喪失感に苛まれていた、私には。
「違う」
「……沙奈ちゃん?」
無意識に、私の口から否定の声が漏れる。普段引っ込み思案なそのことに驚いたのか、私以外の全員が驚いたように私を見る。
「そんな訳がない! 私には、分かるから……スイさんは、本当は一人でなんていたくないはず。私も、そうだったから……」
最後はつい声が萎んでしまったから、聴こえていたかどうかは分からない。でも、ここは最後まで言い切らないとダメだ。
「だから、帰ってきてよ……お姉ちゃん……!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます