7.闇深少女は人々を守る

「なんでこんなタイミングで来るんだろうねぇ……」



 いやはや、参ったと言うべきか。まさかこんなタイミングで、しかもこんな場所で魔獣が来るとはなぁ。



 現在、俺が今いるここ、秋葉原に、まさかと言うべきか、亀のような姿をした魔獣が現れた時は思わず見間違えたかと思ったくらいだ。しかも、非常に大きい。以前に見た狼のような奴らと比較しても数倍ほどはあるだろう。

 当たり前だけど、秋葉原は非常に人通りが多い。距離問わず遠方から来る人だって居るし、余程熱心な人になれば外国から来る場合だってある。俺も、前世で何度かお世話になったくらいだ。



「おい、なんだあれ……」

「な、なに? なんかの撮影……だよね?」



 それ以上に一番の問題は、魔獣や魔法少女の存在は一般的に公になっていないことだろう。もし魔獣の存在を知っている人であれば、間違いなく顔を真っ青にして逃げていたに違いない。

 だけど、今この魔獣を見ている人達は戸惑いこそすれど、逃げる様子を見せない。なんなら何かの催しか何かだと思っているのか、写真を撮ったりと危機感がない人ばかりだ。そもそもの話、この魔獣そのものを創作物としか思っていない節がある。



「ヒュー!」



 状況の不味さに歯噛みしていると、亀の魔獣が甲高い鳴き声のような音を鳴らしたかと思うと、いきなり口からまるで大砲かと思うような勢いで、直射状の水が放たれた。その攻撃は……野次馬と化していた、道路上の一般人へと向けられる。



「【闇よ 攻撃に 抗えダークシールド】」



 攻撃の初動に遅れて反応した俺は咄嗟に人々と魔獣の間に割り込むと集中させていた魔力を開放し、影を伸縮させて人々を覆うようにドーム状の盾を作り出すことで、水のブレスから護る。

 あまり魔力を込めることが出来なかったため、俺の作り出した魔法は水ブレスと少し拮抗した後、呆気なく破壊された……が、おかげでもう次の魔法を隙を作ることは出来た。



「【闇の消去ディスペラー】」



 俺の放った魔法は、一見するとただ真っ黒な玉のようなものが狙った方向に向けて飛ばされるだけに見える。が、その闇の玉が敵のブレスに当たった瞬間、一瞬にして直射状に向かってきていた水が全て消え去った。



「ヒューッ!?」



 魔獣も、まさか防がれるのではなく消されてしまったことに驚いたらしく、少し動揺するように鳴き声をあげる。

 俺が行使した魔法【闇の消去ディスペラー】は、俺が使える魔法の中でも最もに特化した魔法だ。効果を平たく言うのであれば、4文字以上の詠唱を持つ魔法であれば、どんな魔法であっても完全に消し去ることが出来るというもの。 

 この説明だけを聞けば誰しもがそんな反則魔法と思うかもしれないが、当然弱点はある。

 まず、さっきすぐに使うことが出来なかったように、魔力の溜めに時間がかかる。これに関しては、他の4文字魔法でも同じことが言えるから厳密にはこの魔法のデメリットという訳ではないのだが。

 2つ目は、多段的な魔法に対してはたった1発の攻撃しか防ぐことが出来ないということ。例えば、1回の魔法で5発分の攻撃が発生するものであれば、そのうち1つしか防ぐことが出来ない。

 そして最後に3つ目。この魔法で防ぐことが出来るのはあくまで魔法であって、元々存在するものを利用した物理的な攻撃には全く効果がない。極端な話、石を投げられてもこの魔法では防ぐことが出来ないのである。



 急に現れた俺に警戒する魔獣を見ながら、すぐ後ろで呆然として今のやり取りを眺めていた野次馬たちに声をかける。



「早く、ここから出来るだけ遠くまで離れて。こいつは偽物じゃないし、見せ物でもない。今の攻撃だって、当たったら皆死んでた」

「え? でも、じゃあこれは……というか、お、女の子?」



 どうやら、野次馬たちは理解が追いつかないらしい。急な非日常に巻き込まれて状況が分からないのも同意は出来るが、正直今の俺にはそんなに余裕はない。



「……き、君! 血が!」

「大丈夫。私の力ですぐ治るから」

「だ、だが!」

「良いから早く! じゃないと、私だけじゃ護りきれなくなるでしょ!」



 コスチュームの袖から血が滴ってきているのを見た野次馬の一人のおじさんが、顔を青くして指摘してくるが、俺はそれをなんとか理由をつけて押しとどめ、一括してやると、口々に震えた声で謝りながら、野次馬たちは散るように逃げていった。

 うん、今日もいい曇り顔だね……と言っても、割と本気でやばい状況ではあるんだけども。



 実際は俺の力で治るというのは嘘なのだが、どの道この人たちにそんなことが分かるわけもないので、申し訳ないが言い訳として使わせてもらった。

 この傷は1か月ほど前……六花たち魔法少女に出会った時に出来たもので、どうやら再生じゃ治すことが出来ないようだ。しかも傷自体も大きくて多いから、魔法の力がなければ貧弱極まりない俺の体では、病院にすら行けていない現状、治癒状況に関してあまり芳しくない。

 それだけじゃない。俺のこの傷は、元々魔力を無理に体内へと押し止めようとした結果だ。つまりは……



「本格的にやばいなこりゃ……血が止まらん」



 魔力でズタボロになったままの身体で強力な魔法を使えば、必然的に俺の体に魔力が巡ることになり、魔力によって出来た傷を拡げることになってしまう。

 つまり、今の俺では強力すぎる魔法を使うことが出来ず、仮に使ってしまえばどうなるかは分からない。最悪、死ぬ可能性だってあるだろう。



「ま、それはそれでいいか」



 どうせ一度死んだはずの命なんだ。死ぬのが怖くない、と言えば嘘にはなる。だけど、どうせなら今世は人のために使ってやろう、というのが、俺の本心だ。とはいえ、あくまで曇り顔を見るという、俺の人生目的であり生きる理由を満たすことを前提にではあるが。



「……よし、来いよ、どんがめ。俺が相手してやるからよ」



 今世になってから初めて使った男口調。やっぱり、前世が男だということもあってこっちの方が自然体というか、しっくりくるね。

 大鎌を一度回し逆手に持ち替えてから姿勢を低くして構えると、自分の小さな体を利用して一息に亀の魔獣の真下へと潜り込みつつ、亀の甲羅の下部から脚を狙うべく鎌を振り上げる。が、亀の魔獣はすんでのところで俺にも視認出来ないような速度で脚を引っ込めてしまい、鎌による一撃は空を斬った。

 


「やっぱり、そう簡単にはいかないか……おっと」



 舌打ちを漏らしていると、亀の甲羅がまるで薙ぐようにして回転したため、一度後ろに跳んで距離を取る。

 予想通りではあるものの、やはり手足狙いを直接は間に合わなさそうだ。となると魔法だけど、実の所、私の魔法は出から攻撃までの間隔が長い魔法が多く、あの魔獣に確実に通用するレベルの魔法となると、やはりかなり高位の魔法が必要になるだろう。

 その後、しばらく鎌や魔法を駆使して色々と攻撃を展開してみるが、やはりどれも避けられるか、あるいは甲羅に弾かれたりで、一向にダメージを与えることが出来ない。

 さて、どうするか……。



 なんて思案に暮れていると。



「【旋風よ 切り刻めエアロカッター】」



 空から、魔法による複数の見えない攻撃……いや、これは鎌鼬か? が飛んできたかと思うと、亀の魔獣へと襲いかかる。



「ヒュウゥゥ!?」



 しかも、そのいくつかが甲羅から出ている手足や頭に命中したようで、露出部に次々と傷を作り始める。亀の魔獣も不意打ちのような攻撃に対応出来なかったらしく、たまらず悲鳴のごとき鳴き声を轟かせた。



「まさか、こんな場所にこんな強力な魔獣が現れるなんてね……ねえ、貴女、大丈夫……そうじゃないわね」



 空を飛ぶかのようにゆっくりと降りてきた緑髪の女性──恐らく魔法少女なのだろう──は、嫌そうに溜め息を吐きながら呟くと、今度は一人で戦っていた上に一目で分かるくらいに血を流す俺へと心配そうに声を掛けてくる。



「ありがとう、お姉ちゃん。助かったよ。一人じゃちょっと、手こずっちゃって。怪我のことなら慣れてるから、大丈夫」

「大丈夫じゃないわよ。貴女、報告にあった死神の魔法少女よね? そんな怪我で戦わせるわけないじゃない。いいから、離れたところで見ていなさい」



 報告? というか、俺って死神の魔法少女って呼ばれてるのか……いや、確かにまんまではあるけどさ。安直だなぁ。

 それは置いとくとして、俺が下がるというのは流石に受け付けられない。なにせ、この魔獣は硬い割に意外と素早い。さっきの魔法を見るに俺よりは相性は良さそうだけど、魔力量は俺より遥かに低い。一人で勝てるとは到底思えない。


「いや、でも一人じゃ……」

「大丈夫! 私たちも居るよ!」



 無理だ、と言おうとしたところで、聞き覚えのある声が聞こえて来る。直後、緑髪の魔法少女の周りに、つい1か月ほど前に会ったあの魔法少女3人が降り立ってきた。



「大丈夫。これでも私たち、そこそこ実戦は積んでるのよ」



 ね? と緑髪の魔法少女が言うと、3人とも意気込むようにはいと首を振った。確かに、俺よりはあるだろうけど……。



「でも、私も戦った方がいいんじゃ……」



 そう思い、一歩踏み出したところで……足に力が入らず、つい、俺は転びそうになる。


 

「おっと、大丈夫……」



 転ぶ寸前のところで、緑髪の魔法少女が支えてくれたおかげで、転ぶことはなかった。しかし、何故か彼女は俺を見て目を見開いたまま固まってしまった。

 どうしたんだろう……そう思っていると、転んだ拍子か、俺のフードが取れていることに気がついた。



 そして彼女は、掠れるような、何かに縋るような声を、絞り出すように漏らした。



翡翠ひすい……? まさか、翡翠ひすい、なの?」



 その一言に、俺は動けなくなった。

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