6.心念の魔法少女は昔を思い出す

「ここ最近は、頻繁に現れては何もせずに逃げていくそうです……心配は不要です。こちらで、保護しますので。では」



 電話を切り、ようやく一息つく。全く、私がまだ前線で戦っていた頃なら、何も考えずに魔獣と殴り合いをするだけで済んでいたのに。

 ……いや、むしろ、今の立場に居るからこそこうして魔法少女を上から護ることが出来ることが出来るようになった、か。



「だが……足りない。まだ、あの魔法少女を護ってやれていない」



 死神の魔法少女。ここ最近、色々な場所で目撃されている新しい魔法少女は、現在どこの支部及び隊にも所属しておらず、未だに保護されていない。

 ただ、分かっていることと言えば、彼女の見た目は魔法少女全体で見てもかなり幼いこと。白い髪で、赤い眼をしていること。主に関東圏を活動範囲としていること。そして……紛れもなく、彼女は戸籍を持っていない存在であること。



 1ヶ月ほど前、私が指揮を務めている隊の魔法少女は、件(くだん)の魔法少女に初めて遭遇した。その時に一度、【念話テレパシー】の魔法を、自身のことをスイと名乗った例の魔法少女に繋げようとしたが、残念ながら弾かれてしまった。

 私の魔法はただ遠方の相手と会話が出来るだけだと思われがちだが、実はそれ以外にも副次効果が存在する。それが、繋いだ相手の心の内にある感情を読むことが出来ることだ。

 と言っても、別に心を読むことが出来るわけではない。あくまで、喜び、不安、悲しみといった、大まかなものを読み取ることが出来るくらいでしかない。それでも、強力ではあるのだけれど。

 弾かれてしまったということは、相手の魔力が私よりも遥かに高いか、もしくはそれだけ精神が強く私の魔力を拒絶したということになる。

 でも、あの子の場合は……多分、両方だと思う。



 それに、あの子には私も個人的に気になっている理由があった。

 死神の魔法少女、スイに関する詳細なデータ。その中に混ざっている、いつの間に撮られたのかも分からない彼女の全身写真を覗く。



「……やっぱり、似ているな」



 歳の割にもか細い少女の写真を見て、私はより深く疑念を深める。スイと、私の知っているとある子が、あまりにも似すぎていることに。

 いや、よく見れば髪と目の色は違う。私の知る彼女は両方とも黒だし、スイは白髪に赤の眼だ。でも……あの時、スイは言っていた。昔は、髪も目も黒だった日本人なんだと──。



 私の知っている子であれば、スイの年齢は見た目よりもかなり上になってしまう。だから、見た目を考えると辻褄は合わないはず。

 だけど……やっぱり、可能性は捨て切ることは出来ない。



「くそっ。こんなこと、あの子や、両親に言えるか」



 あまりにも信じ難い現実に、つい誰に言うでもなく吐き捨てる。

 きっと、あの子や両親は魔獣に殺されたと本気で思っていることだろう。実際、私も今までそう思っていた。何故なら、なんの痕跡もなく、まるで消えたかのように人を殺してしまう存在なんて、魔獣くらいしか居ないからだ。

 でも、本当は死んでいなかったら? 生きていて、実は人に拐われていたのなら? あれだけ探して見つからなかった理由が、海外に居たからだったなら?



「それに、人と精霊の融合か」



 その話については、日本政府の内部でも一度、話に挙がったことがある。そもそもの話、人間に魔力は存在しても、魔力を操作する能力は存在しない。というよりも、昔はそういうことが出来る人間も居たそうだが、現在では魔力の存在が信じられなくなったせいで魔力を扱うことが数百年単位で無くなり、やがて魔力の操作が出来る存在も居なくなってしまったんだとか。

 魔法少女というのは、決して1人で魔法を使っているわけじゃない。契約を介して魔法少女の思考を読み取った精霊が魔法少女自身の魔力を消費して魔法を構築し、魔法少女が指向性をつけて放つ。それが、魔法少女の使う魔法の原理だ。



 じゃあ、精霊と人間が同一化出来るなら、最大限に魔法を使うことが出来るのでは? と考えるような輩が出てくるのは、想像に難くない。まあ、後々精霊からそんなことをやった後の末路を聞いて、即座に棄却されることになるんだが。

 精霊と人間の融合は禁忌中の禁忌であり、もしそんなことが行われれば、人間も精霊もろくなことにならないらしい。人はよくて即死。悪くとも廃人になったり人の形を保てずに死亡。

 そして最悪の場合というのが、万が一成功してしまった時だ。精霊と同一化してしまった人間は、常に地獄のような痛みや精霊の特性に応じた魔力が溢れ出し、その上で自分には魔力の汚染による苦しみを背負うことになり、更には身体が半分魔力のようなものになるため尋常ではない再生能力を手にしてしまうせいで自殺もままならなくなる。

 一度、過去に精霊との融合に成功してしまった人間が居るようで、その人間は死ぬまで生きていることそのものを悔いながら若くして苦しんだらしい。



 彼女、スイは、まさにそのような状態ではないのだろうか。



「……本当に、何とも胸糞悪い奴らが居るものだ」



 過去に戻ることは出来ない、というが、これほどまでに過去の自分を悔やむことはこれから先も一生ないだろう。

 精霊が言うには、精霊と同化した人間……半精霊と呼ぶべき存在がもう元に戻ることは何があっても不可能らしい。

 もしかしたら、彼女を救う方法は他にあるのかもしれない。だが、現状手立てと言えるものは何一つとしてなく、スイは今でも苦しみながら生き延びているのだろう。



「はぁ……」



 いずれにせよ、このことは私の心の内に秘めておくべきだと判断する。特に、魔法少女の子たちには。

 精霊融合については、彼女たちには話していない。どうせ過ぎた話であることだし、こんなことを知るべきではないと思ったから。正直、私の方も久しぶりに聴いたくらいである。

 兎に角、今は捜索して保護することが先決だろう。とはいえ、直接触れられない以上、どうすべきか──。



 その時、睨みつけていたモニターについているスピーカーから、けたたましくアラートが鳴り響く。

 急いで確認してみると、どうやら魔獣出現による魔力反応が確認されたらしい。強さは……。



「B3級!? 何故、このレベルの魔獣が!?」



 このレベルの魔獣となると、単体で都市を壊滅させられるレベルだ。しかも、このクラスに対抗できるランクの魔法少女は、この近くにはたったの2人しか居ない。それに、私にはもう全盛期の力がないため、このランクの魔獣は難しい。

 問題はそれだけじゃない。対抗出来る魔法少女のうち、一人は現在遠く離れている場所に要請されて出ており、もう一人は……。

 悩んでいると、ふと、モニターにもうひとつの魔力表示が現れた。この魔力は、ここ最近よく見る魔力、死神の魔法少女によるものだ。

 その魔力の測定値は未知数であり、全盛期の私よりも高いだろう。だけど……彼女は、恐らくまだ怪我を残している。それに、私にはスイが万全な戦いを出来るとは思えない。

 やはり、背に腹は変えられない。



かえで、 非常事態だ! 付近にB3級の魔獣……それと、例の魔法少女が現れたため、至急向かってくれ! それに、六花! 星華! 沙奈! 君たちもバックアップを頼む! 決して、前にだけは出るな!』



 4人へと【念話テレパシー】を送ると、改めて深く椅子に座り直した。

 スイは自分のことを魔法少女だと認めていないようだが、私から見ればやはり彼女は魔法少女だ。例え、誰でどんな存在であろうと、私たちが助けるべき魔法少女であることに変わりはないんだ。



「4人とも、無事に帰ってきてくれ……それに、。どうか、何も起きてくれるな」



 全員の無事を、祈るように私は両手を合わせた。

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