4.灯の魔法少女は少女を知りたい②
「ご、ごめ──」
「大丈夫」
白い髪の女の子はふわりと柔らかい微笑みを浮かべるものの、やっぱりその目は私のことを見ているようには見えない。というよりも、何かを
『リツカ……この子の魔力、おかしいの……凄く、変なの……』
「フェディ?」
私の中に居る精霊、炎の精霊のフェディが何かに怯えるように、声を震わせて気になることを言う。精霊は他人の魔力には敏感ではあるけど、フェディの様子がここまでおかしくなるのは見たことがない。
「お姉ちゃんは、精霊と仲良しなんだね」
と、まるで私たちの会話が聴こえているかのように、白い髪の女の子は呟いた。
それに今、この子は精霊の名前を言っていた。ということは、つまり……。
「やっぱり君は、魔法少女……」
「違うよ」
魔法少女なんじゃないか、そう思って言った言葉は、少し強い口調の少女によって、途中で遮られた。
「違う。私は魔法少女じゃない。魔法少女に、なれなかった」
念を押すように改めて少女は強く言うけど、やっぱり私にとっては魔法少女だとしか思えない。ただ、衣装があまりにも異様すぎることを除いては。
魔法少女の衣装というのは、自分で決められるわけではない。だけど、衣装には変身者の心の奥底にある心象風景が映し出されるんだと、フェディから聞いたことがある。
特に気になるのは、少女の両手首足首にある、足枷のような
最後に、首元に付いている一際大きな鉄の首輪。今まで見た魔法少女は、華やかで派手なものだったり、逆にカジュアルで落ち着いたりしたものばかりだったけど、どれも本人にぴったりで可愛らしいと思うものしかなかった。
この子は、逆だ。自虐をするかのように自分を何かに縛り付けている。まるで、自分は
「私は、魔法少女の出来損ない……いや、なり損ないと言った方が正しいかな。私は誰の期待にも答えられなかった。だから、棄てられた」
「す、捨てられた? それに、なりそこないって、どういうこと?」
聞き捨てならないことを聞いてしまった。だから、この子はさっきまであんなに飢えていたんだ。私がこの子を見つけた時には足元がおぼつかなくて、しかもこの世の終わりであるかのような目をしていた。
でも、魔法少女になり損なうってどういうことなんだろう? 魔法少女なのに変身出来ないっていうのも変だし、第一今この子はしっかり変身している。
『……この子から、精霊の力を感じるの。でも、フェディ達とは違うの。フェディはリツカの魔力を間借りしてそこに住む。リツカはフェディの力を借りて魔法少女に変身する。そういう契約なの。でも、この子は……この子自身から精霊の力を感じる。これじゃ、まるで……』
「私自身が精霊、かな? 精霊さん」
フェディが言うように、私達はそうやって契約することで、こうして魔法少女として活動出来ている。私だけじゃなくて、魔法少女はみんなそうだ。精霊だって、魔力の中でしか長くは生きられない存在だから、お互いに利害の一致した上で契約している。
というか、今──。
「フェディの声が聴こえていた?」
「そういうこと」
正直、耳を疑う話だ。だって、いくら魔法少女だと言っても、身体の中から出てきていない他の魔法少女の契約精霊と話すことなんて出来るもんじゃないし、聞いたこともない。
そんなことが出来る存在なんて、それこそ精霊くらいしか……。
『
「そんなことって、あるの?」
フェディは分かってるみたいだけど、正直なところ、私にはよく分からなかった。
一体、どういうことなのか……そう思っていると。
「りつうぅぅぅぅ!」
私とこの子の間に、水色の何かが声を上げながら割り込んでくる。というか、この声って……。
「大丈夫だった!? 怪我ない……っていっぱいあるぅ!? っていうか、さっき凄い魔力だったんだけど、何があったの!?」
出会い頭に私と顔を見合せてまくし立てるように肩を揺さぶってくる青い髪の女の子、戸塚星華(とづかせいか)ちゃん。私と同じくD1級の魔法少女であり、かけがえのない私の親友だ。そのすぐ隣に、緑色の髪と衣装の小柄な女の子が、息を切らせながら落ちてきた。
「ちょ、ちょっと星華さん!速いですよ!」
「あ、ごめんごめん沙奈ちゃん。いてもいられなくってさ」
もう、と怒りを表す柳沙奈(やなぎさな)ちゃんに星華ちゃんが笑いながら謝る。D1級の風の魔法少女である沙奈ちゃんは私の妹の友達で、歳はひとつ下。結構のんびりしている性格で穏やかな子ではあるんだけど、昔、身内が多分魔法少女関連と思われる理由で亡くしてしまったらしく、割と魔獣には容赦がない。
私と、星華ちゃんと、沙奈ちゃん。皆が【元素】の魔法少女で、魔獣と戦う時は、大体この3人で組むことが多い。それに、このタイミングで来たってことは……。
『六花、大丈夫でしたか?』
「あっ……水瀬(みなせ)さん。はい、怪我はしてますけど、大きくはないです」
『そう……それなら良かったです。ですが、魔獣はどうしたのですか?』
突然、脳の奥まで響くように、少し低めの凛々しい声が聴こえてくる。この声の主は水瀬涼音という名前で、なんとB2級の魔法少女として活躍していた人だ。能力は【現象】系で、【念話(テレパシー)】という非常に珍しい魔法を使うことが出来る。今、私が聴いているこの声も、その魔法によるものだったりする。
そして、今では私や星華ちゃん、沙奈ちゃんも所属している第56魔法少女分隊の指揮官として、後方から支援してくれる、とても凄い人なんだ。このタイミングで2人が助けに来てくれたのも、間違いなくこの人が救援申請を出したからだろう。
……年齢が年齢なので、もう魔法少女と言えるかは怪しいけど。
「えっとね……1体は私が倒したんだけどね。その後に同じ魔獣が5体現れたの。でも、この子が全部倒して助けてくれたんだ」
「お話、終わりました?」
私たちが呑気に会話している間も女の子は律儀に待ってくれていたらしく、いつの間にかローブについていたフードを脱いでいた。
「魔法少女か? その割には、物騒な格好じゃないか。それで、名前は?」
「名前?」
そういえば、まだ聞いてなかったっけ……。
「……知らない」
「は?」
「「え?」」
女の子は一瞬悩んだ素振りを見せるが、すぐに返事をする。だけど、その答えは私たちにとってはあまりにも予想外すぎるものだった。
「だって、覚えてないからね。私、つい最近まで海外に居て家族なんて居なかったし。色んなとこに
「お前……」
星華ちゃんは、憐れむような目で少女を見る。どことなく悲しげに見える表情を浮かべる少女の言葉は、私にとっては皮肉のように聞こえた。
「ああ、でも、覚えてることはあるよ。私が日本人であること。髪も目も、昔は黒だったこと……後、昔の呼び名がスイだったこと。だから、スイって呼んでくれると嬉しいな」
「え?」
女の子……スイちゃんがそう締めくくると、沙奈ちゃんが目を丸くするように驚く。
「スイね。了解……で、お前は魔法少女なのか? 何処所属だ?」
「あ、星華ちゃん。実は──」
『その子は魔法少女じゃないの。というよりも、厳密にはもう人間ですらないの』
私が説明しようとしたところで、フェディによって言葉を遮られる。というか、人間じゃないって、どういうこと?
「手厳しいね。否定はしないけど」
苦笑を浮かべるスイちゃんに、私は言葉を失う。でも、さっきは日本人だって……。
『人間と、精霊が混ざってるの。魔力で分かるの。だから、半分が精霊になってるの』
「そうなんだねぇ。でもまあ、私もそうらしいって聞かされただけだからよく分かってないんだけどね」
半分が精霊。それが意味することを、私は知らない。
けど、何となくわかる。
『でも、それはおかしいの。普通の人間なら、もう気が狂って死んでるか、精神なんて壊れて廃人になってるの。そうでなくても、常に全身に狂いそうになるくらいの痛みや倦怠感が出てるはずなの。だから、教えて欲しいの』
きっと、それはろくなことじゃないんだと。
──なんで、まだ心が人間でいられるの?
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