3.灯の魔法少女は少女を知りたい①

 私は今まで、普通に起きて、普通に学校に行って普通にご飯を食べて、普通に寝る。何処にでもある、普通な生活を過ごしてきた。それが不満だとは思わなかったし、むしろ幸せだと思ってたんだ。

 でも、ある時知ってしまった。普通の生活というものの下には、そんな普通な生活が送れない人も居るのだと。

 例え日本であっても、決して誰もが幸せな生活を送れているわけではないのだと──。



『リツカ! 』

「了解……【解放リリース】!」



 胸に手を当てると、魔法少女へと変身するための短詠唱を唱える。瞬間、学校の制服姿だったのが、赤色を素体に、オレンジ色のレースと胸元に赤い薔薇のような装飾のついたフレアドレス。加えて身丈以上の長さはある槍を持った、私の魔法少女としての姿へと変身した。



『狼の魔獣なの! 魔力の大きさから見て推定C3級だと思うの! 強敵なの!』

「C3級……!」



 C3級。今から戦うことになるこの魔獣の格を聞いて、つい身体が震えそうになる。格付けはEが最低クラスでSが一番上、アルファベットの後につく数字は3が1番低くて1が一番高いから、今の私がD1級の魔法少女なのを考えると、私よりもひとつは格が上の敵だってことになる。

たったひとつ、なんて思うかもしれないけど、ひとつ格が変わるだけで、魔法少女も魔獣も強さがかなり変わる。特に、アルファベットが一つ上に上がるだけで、段違いに強くなる。

 C3級の敵とは、以前にもたった一度だけ戦ったことがある。その時は倒すことは出来たものの、私だけじゃなくて他にも2人、合計3人の魔法少女がいてようやくといった感じの、割とギリギリな戦いだったのもよく覚えていた。



 私一人じゃ、勝てる気がしない。けど……。

 さっきまで話していた、白い髪と赤い目の小さな少女のことを思い浮かべる。

 話してみて思ったのが、なんとも掴みづらい子だなというのが感想だった。でも、多分悪い子ではない。

 ただひとつ、気になったのが、あの子におにぎりを渡した時、微かに触れた手がまるで氷のように冷たかったこと。

 真冬だったとしたらまだ分かる……それにしても異常な冷たさだったけど、そもそも今は真夏まっさかりの時期。

 気のせいだと思いたいし、あの子も特に体調におかしな様子はない。いや、さっきはなんかふらついたりもしてはいたっけ。

 もし本人に自覚症状がないとしたら、早いうちに病院に行った方が絶対に良いはず。着てる服が本当に現代人かと思うくらいボロボロだし、お金がないのは見て分かる通りだったから病院に連れて行こうとしたんだけどね……。



 格上相手に、しかも護らないといけない存在を庇いながらの戦闘。



「きついなぁ……」



 あまりにも無謀な戦い。でも、逃げることは出来ないし、そのつもりは全くなかった。



 私が魔法少女になったきっかけは、そんなに大層なものじゃない。私の通っていた中学校で1歳上の先輩が、ふとある日、偶然にも魔法少女をやっていることを知り、その際に一度近くで戦う姿を見る機会があって、人を護ろうと身体を張る先輩の姿に憧れを抱いたからという、俗な理由からだった。だけど、魔法少女っていうのはそう簡単になれる存在じゃない。



「それなり程度の理由じゃダメ。魔法少女になれるのは、相当な理由がある人だけ」


 

 先輩から、口を酸っぱくして何度も言われた言葉だった。今思えば、あの時に私が魔法少女に選ばれなかったのは、ただ漠然とした理由でしかなかったからだったんだと思う。

 結局、私が魔法少女になった……いや、なれてしまったのは、先輩が魔法少女だと知ってから大体半年が経った頃。

原因は、強い後悔だった。



 狼の魔獣は、声も漏らさずに幾度とコンクリートの地面を蹴り、獲物を翻弄すべく四方に存在する家屋の壁を蹴り、跳び回っては時折私の命を狩り取ろうと肉薄してくる。幸いにも、魔獣が私の前に現れた時点で精霊が空間を隔離する結界を張ってくれているため、建物が壊れても現実に影響は出ない。今私たちが居るここは、あくまで現実世界のように見えているだけの空間だからだ。

私の目では微かに残像が見えるくらいで、正直動きには全くついて行くことが出来ていない。だけど、私の得意な魔法のおかげで、何とか紙一重で重傷にならない程度には回避出来ていた。



 灯(ともしび)の魔法少女。魔法少女であれば誰でも持っている固有の二つ名であり、この名前こそが私の魔法少女としての二つ名。

 魔法少女には、それぞれに属性というものが存在し、それらは自然を元にした力を操る【元素】属性、自然には介在せず対象に直接影響を与える【現象】属性、そして、自然なものに関係せず、更に直接関与することの出来ないはずのものに干渉する【概念】属性の3つが存在する。

 私は簡単に言えば炎、つまり火を操作することに長けているから【元素】の魔法少女にあたる。魔法少女の割合も、聞いた話では【元素】が一番多いらしい。



 少し話が逸れたけど、炎を操るということは、何も攻撃にしか使えないわけではない。



「【集いし火源を示せヒートポイントサーチ】」



 詠唱を行うと、視認すら出来なくなっていた魔獣の姿を、目ではなく肌ではっきりと感じ取ることが出来るようになった。

 火の魔法少女たちの中でも、私は火を感知する能力が得意だ。そんな特技を利用して、相手を熱源として捉えることで居場所や動きを察知することの出来る魔法。これが、私の魔法なんだ。代わりに、攻撃的な魔法は苦手なんだけどね。

 これを使ってもなお完全に避け切ることは出来ないけど、それでも段々と動きに慣れてくる。何度も受けてみれば、この魔獣の攻撃は直線的なものが多いことに気付く。これなら、カウンターで合わせれば……!



「……捉えたよ! 」



 真正面から突っ込んできた魔獣による爪の振り下ろしを、あえて槍を手放すことで身軽にし、身体を捻ることで完全にかわしきる。避けられたことで、勢いを止められず頭上を過ぎようとする狼の魔獣。私の手元には、槍はない……けど、攻撃特化ではなくとも、私は魔法少女。

 武器がないのなら、魔法を使えばいいだけ……!



「【集う火焦炎に征くプロスピラー】」



 至近距離から、私が使える中で最も火力の高い魔法を放つ。魔法少女の魔法は全て1文字から10文字で構成されており、詠唱が代わりに、制御が難しくなる。

 何故なら文字数が多ければ多いほど、世界の制限? とかいうものの力が強くなって、その分つぎ込める魔力の量が少なくなるから、らしい。正直私も聞いていてよく分からなかったので、あくまで聞きかじった話だけど。

 実際、私が使える魔法はまだ8文字が限界で、しかもたった2つだけ。まあそもそも、1人が使える魔法の数もそんなにないらしいから、それだけでもかなり優秀だって言われたことはあった。先輩よりは少ないし、もっと強い魔法もいっぱい使ってたんだけどな……。



 私の魔法【集う火焦炎に征くプロスピラー】が、狼の魔獣に命中する。いくら格上でも、全力の魔力を込めた魔法を食らえばひとたまりもなかったようで、全身がひどく爛れて動くことも出来なくなっている魔獣の身体が、まるで空気中へと溶けていくかのように消えていく。

 私たちが散化現象と呼ぶそれは、確かに魔獣を倒すことが出来た証左だった。


 

「やった……やった! 私一人でも倒せ──」

「お姉ちゃん! !!!」



 しかし……現実というものはとんでもなく残酷なもので。

 あの子の声が聴こえたかと思うと、再び地面を揺らすような音が、辺りに響き渡る。しかも、今度はひとつだけじゃない。

 ふたつ、みっつ、よっつと何度も轟音を打ち鳴らし、全ての音が止まった時、私が見えたものは……ただの絶望としか言えない景色。



「嘘……まだ、5体も居るなんて」



 信じられないことに、さっきと同じ魔獣が、今度は5体も同時に現れた。



『まさか……群れの魔獣だなんて……本当に、最悪の状況なの』



 魔獣が群れることは、稀にではあるが存在する。と、話の中では聞いたことがあった。

 何故、さっきの魔獣を倒した時に私が単独で格上を倒せたのかに思い至るべきだった。なんで、群れてからこそのランクであると気が付かなかったんだろう。



「ごめ──」

「時間、かな」



 私が諦めの声を漏らしかけるのと同時。白い髪が、視界の端で揺れる。

 ──いつの間にか、狼の魔獣は全て、黒い何かによって縛られ、身動きが取れなくなっていた。



 白い髪のあの子は私の前に立つと、この状況でも表情を変えずに、ただ一言だけを呟く。



「【解放リリース】」



 短く呟かれた言葉と同時、彼女の服装が変化する。地面にギリギリつかない程度の身丈のフード付きの黒ローブに、同じく真っ黒の長靴。そして特徴的なのは、彼女の両手首と足首についた足枷のようなものと、専用武器なのだろう大鎌であった。

 その姿に、私はさながら死神を思い起こさせられた。



 少女は空に手を伸ばし……拳を握る。



「【眠れ】」



 たった1文字だけの、埒外の魔法。私も見た事がないくらいの規格外の魔法が発動すると同時に、敵を縛っていた黒い何かが弾け……一瞬にして、あの魔獣は消え去っていた。

 白い髪の少女は、ふうと小さく息を漏らすと、私の方を向く。



「大丈夫だった? 怪我は……」

「来ないで!」



 はっきりと心配だと不安そうに尋ねてくる少女。私は……つい、手を払ってしまった。

 そこで、我に返った。

 早く、謝らないと。きっと、取り返しのつかないことになる。



 そう思っていたんだ。もう、遅いことにも気付かずに。

 恐る恐る、覗き込んだ少女の目は……もう私を映していなかった。

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