2.闇深少女はご飯が食べたい

結論から言うと、俺は日本への渡航もといみっこうゲフンゲフンを行うことに成功した。

さしあたって衣服はこっそりと何処かの家から拝借して、後は俺の能力で影に潜り込んで、その中で飛行機に潜んだまま後は日本に着くのを待つだけの簡単なお仕事でした。

 どうやら俺の持つ能力って影に関することが多いみたいで、例えば今回みたいに影に潜り込んだり、また影から影へと瞬時に移動したり、影を動かして形を持たせ操作することも出来るようだ。しかも、影移動なんかは認識している範囲であれば別に影が繋がってなくても大丈夫だから、理論上では地球の裏側だろうが一瞬で行くことが出来る。とは言っても、流石にそんな距離の影を把握なんていくらなんでも不可能だから、あくまで理論上なんだけど。



そこから時間は飛び、日本にやってきて約1週間。住むところがない俺は適当に放浪しながら過ごしてきたが、現在、人生で最大の危機に陥っていた。



「お腹すいた……」



 すっかり忘れていたけど、俺には食料を買うための持ち合わせなんてものはない。その上で、稼ぐ手段だって持っていない。日本に戸籍は……多分死亡届が出てるだろうからもうないんだろうなぁ。あったとしても、よしんばこの見た目と年齢じゃまずバイトなんて出来ないし。

 そういえば、日本に来て初めて自分の姿を鏡で見たんだよね。なにせ、研究所には鏡なんて一切置いてなかったんだからな。

 自分の姿ご開帳の感想だけど、はっきり言って将来は間違いなくかなりの美人になっていただろうなと確信を持てるくらいには美少女だった。ストレスで髪の毛は黒から白くなってしまった上に精霊の影響か知らないけどなんか目も紅になってたし、整った顔立ちはしていても肉付きはガリガリで目も虚ろで、お世辞にもまともな健康状態には到底見えないけども。

 惜しいのは、あの研究所でまともな待遇を受けてなかったのと、食べ物もろくに与えられなかったせいで、年齢以上に身体の発育が宜しくない状態になっていることだろうか。

 先日、適当な店のカレンダーで日付を確認してみたんだけど、生まれ年は覚えていたから今の俺の年齢が15歳だっていうのが分かったんだ。つまり、誘拐されてもう10年も経っているということになる。

 しかし残念ながら、今の俺の姿は……正直、小学生くらいにしか見えないっていうのが俺の感想だ。下手したら、小学生の中学年くらいだと思われてもおかしくないくらい、今の俺は華奢で、小さかった。



 閑話休題。

 日本で食べ物を買えないというのは、実質上食べ物を得ることが出来ないということには等しい。自給自足をしている人も居ないことはないんだけど、そういう人は生活基盤を持っているからこそ成立しているわけだし、そもそもお金がないからそんなことをやっているわけでもない。

 おかげで、日本に来てからの1週間……俺は雑草と水とよく分からない花以外には何も食べていない。なんとか精霊のお陰でここまで延命出来たけど、正直もうかなり限界が近い。この点で言えば、研究所はしっかり食事はくれたので良かったな。毎日1食だけで、出てきたご飯も残飯とかだったけど。



「大丈夫?」



 いよいよコンビニとかスーパーやらで処分品を貰ってこようかなんて考えていた時、いつの間にこんなに近くまで寄られていたのか、すぐ隣から声を掛けられた。びっくりしてつい見上げる形で、声をかけてきた人……俺と同じくらいだと思われる年齢の女の子を見る。同時に、女の子の方も俺の顔を見て息を呑む。



「酷い……こんなに痩せて。ねえ君、大丈夫? お母さんとお父さんは、近くには居ないの?」

「……うん、居ないよ」



 近くに、じゃなくてずっとだけど。

 最初の方はかなり小さな声だったが、なんとか聞き取ることは出来た。てっきり、髪と目の色に好奇心を持って話しかけてきたのかと思ったが、普通に心配してくれているらしい。まあ、まともではないのは誰が見ても分かるか。それでも無視出来ずに声を掛けてくるってことは、この子は多分良い子ではあるんだろう。だからと言って、何が出来るってわけでもないけど。



「あ、そうだ……これ、あげるね」



 彼女は何かを思い出したかのような反応を浮かべると、肩にかけていた手提げ鞄から2つのおにぎりを出した。

 前言撤回、今一番欲しいものをくれるなんて、女神か?



「いいの?」

「全然いいよ! むしろここで食べてくれなかったら、私が気にしちゃうよ」



 そう言うなら、有難くいただくことにしよう。

 それにしても、お米なんていつぶりだろうか。記憶の上では、今世ではお米を食べた記憶が残ってないから、久しぶりなんてもんじゃない。

 恐る恐る、おにぎりを頭からかぶりつくと、口の中にほのかなお米の甘みを感じる。やっぱり、お米は美味いな……そう思いながら、ちびちびと齧っていくと、下に進むにつれ少し塩分が強くなってきた。変わった味の付け方だな、と思っていると、俺の頬に何かが触れた。少女が、ハンカチを当てているみたいだ。



「誰も取らないから、ゆっくり、食べていいからね」



 ああ、なるほど。俺は泣いていたのか。いや、確かに久しぶりの米に感動はしたけどね? 別に辛くてないたわけじゃ……ま、いいか。

 それに、彼女は俺を落ち着かせようとしているのか、努めて笑顔を見せようと見せてはいるけど、身体は震えてるし手は握り拳だし、何より悲痛そうな目をしている。きっと、俺の境遇を想像して心底哀しんでくれているのだろう。



 そんな姿を見て、俺は不謹慎にも興奮してしまった。赤の他人である俺に対して、こんなにも慈しんでくれる彼女の曇り顔に、つい快感で身体を震わせてしまった。っと、危ない。



「大丈夫!?」



 快感が振り切れすぎて立ちくらみを起こした俺に、彼女は顔を青くして俺を支えるように背中に手を当てる。

 今のは性癖が出てしまっただけだから勘違いさせてしまったことに若干の申し訳なさはあるけど、曇り顔が加速したから結果オーライである。



「もう大丈夫だよ、お姉ちゃん。ご飯美味しかった」

「そ、そう? 病院に行った方がいいんじゃない? 連れてってあげるよ?」



 たったのおにぎり2個だけど、今までの生活はこれよりももっと量が少なかったから、おかげでそれなりに腹を膨らますことは出来た。だからもう大丈夫だからと返事してみるけど、彼女の顔が晴れる様子はない。

 多分俺が病院の場所が分からないとか、お金がなさそうだからそう言ってくれたんだろう。事実なのがつらい。



「いいから」

「でも……」



 俺がどれだけ固辞しても、彼女は引き下がらない。この子と仲良くするのはやぶさかではないんだけど、病院とか、行政施設に連れて行かれるのは正直困る。今の俺の体がどうなってるのかも分からないし、国籍不明なのが知れたら、最悪密入国がバレるかもしれない。

 最悪逃げるしかないかな、と思っていた時。



『リツカ! あいつらの魔力がするの!』



 彼女の胸の辺りがいきなり光り出したかと思ったら、何か変な声が、頭の奥に直接響くような感じで聴こえてきた。

 ……いや、なんだこれ。



『ええ!? タイミング悪いよ! この子はどうしたら……!』

『待ってもらえばいいの! さっさとあいつらをとっ捕まえて戻って来ればいいの!』



 今度はまた別の声が……というか、この声って目の前の子ではないだろうか。彼女が反論すると、またさっきの声が同じように言い返す。

 にしても、彼女の口が動いてないのに声だけが聴こえてくるのってめちゃくちゃシュールに見える。俺には聴こえてないと思ってるんだろうけど、普通に聴こえてるんだよね。

 見た感じだとこの子、魔法少女関係者っぽいんだよなぁ。ということは、もうひとつの声は精霊なのかな?

 それにしても……。



「お姉ちゃん」

「え!? ど、どうしたの?」



 あんまり挙動不審すぎると、逆に怪しいぞ?

 いや、それよりももっと重要なことがある。



?」



 俺がそう言った、その瞬間。



『リツカ! 敵が……もうすぐ近くに居るの!!』

「っ!」



 彼女が精霊? の声を聞いて、反射的に後ろ跳びを行うと、先程まで居た場所に深々と鋭利な爪が突き刺さる。あのまま回避しなかったら、間違いなく彼女は死んでいた。

 だけど、これで確信した……彼女は、魔法少女だ。

 空から急襲してきた敵……全長が2メートルは余裕で超えているだろう頭が2つもある狼のような姿の獣が、ゆっくりと爪を地面から抜いて、彼女の方を見て唸り声を漏らす。



「魔獣と接敵! 火野六花……交戦します!」



 魔法少女と、狼のような獣が相対している中、俺は少し離れたところからじっと眺めていた。



「お姉ちゃん……魔法少女の力、見せてもらうね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る