闇深少女になったから曇らせたい

香月燈火

1.闇深少女は曇り顔が見たい

 人間、どんな清廉潔白であるような人であっても、これだけは絶対に人には言えない、って思うような性的嗜好をひとつは持っていると、常々思う。少なくとも、ただあからさまに真人間ぶっている人間ほど、俺は信用しない。

 かくいう俺も、では表面上真面目を取り繕っていたが、誰が聞いても間違いなくドン引きするような性癖を持っていた。なんなら、死ぬまでこの性的嗜好は家族にすら絶対にバレないように隠していたくらいだ。



 俺は、悲劇のヒロインが好きだった。オマケに付け加えて言うのであれば、人の不幸で純粋に悲しみを覚え、苦悩を浮かべて顔を歪める様を見るのが好きだ。我ながら、いい趣味をしていると思う。もちろん悪い意味で。

 そんな、あまりにも歪みすぎた願望が強すぎたのか、はたまた酔狂な神様が願いでも叶えてくれたのか、真面目の皮を被った俺は不慮の事故に巻き込まれて死に、そして転生した。しかも、今世では男だった前世と打って変わって、女になった。



 生まれ変わりはしたものの、別にファンタジーな異世界に転生したってわけでもなく、今世でも地球だった。なんなら、今世でも前世と同じく日本人だったし。

 尤も、前世と同じ地球なのか、はたまたパラレルワールド的な世界なのかは分からない。そもそも、調べようがない。

 小さかった頃の俺は、割と普通に幸せな生活を送れていた、と思う。というか、小さかった頃の記憶がないから正直な話分からないというのが本音だろうか。なにしろ、4、5歳くらいの時、誘拐にあった挙句、海外のマフィアに売り飛ばされてしまったんだからな。

 それからというもの、変な注射を打たれたり、身体をいじくられたりしながら、色んな所をたらい回しにされた。マフィアから始まっては奴隷のような扱いを受けたり、果てには違法としか思えない研究所のモルモットにもなった。黒かった髪の毛も、今や痛みとストレスで全身が真っ白になってしまっている。

 はっきりいって、地獄だった。俺だって、今までに何度死にたいと思ったことか。

 しかしそれ以上に、何処か満ち足りた気持ちがあったのも事実。だからこそ、こうやって今でも生き永らえることが出来ている。



 そんな地獄の日々を送っていたわけだが、ついに終わりを迎えることになる。



「ほら、気色の悪いガキ。今日からこのゴミ山がお前の家だぞ。ま、明日には野垂れ死にだろうがな!」

「う……」



 山のようなゴミの中に無造作に投げつけられた俺は、臭いと痛みでついか細い呻き声を漏らす。俺を投げた張本人から嘲笑が飛んでくるが、残念ながら俺はもう身体を動かす余裕すらない。まあ、そりゃそうか。もう身体が限界で、死にかけと判断されたからこそ、こうやって俺は棄てられたんだから。

 あばよ! と最後に唾を吐きかけた後、振り返りもせずに立ち去っていく不法投棄男、もとい多分あの研究所で警備員をやっていた男。

 誰も居なくなったゴミ山の中、もはやまともな部位がないくらいに全身に酷い損傷を負う女の子の姿を見れば、誰もが死んでいると思い込むだろう。



「よっと」



 男の姿が完全に見えなくなったのを確認した後、俺は何でもなかったかのように。同時に、俺は全身に力を込めて再生を促す……すると、数秒した頃には衣服はボロボロで全身血まみれではあるものの、身体には傷ひとつとしてない状態にまで戻っていた。



「ミッションコンプリート! いやぁ、やっと長かった研究所生活ともこれでおさらばだね」



 それにしても、もう俺って人間って言えないよなとつくづく思う。今の化け物じみた意味不明な再生能力……これは、あの研究所で色々と身体を弄られたせいだったりする。実は、これ以外にも色々と奇妙な力を使えたりするんだけど、あの研究所で実験の最中に盗み聞きした時の話によれば、俺の体に精霊? とやらと融合させているらしい。

 その話を聞いた時は、流石の俺も驚かされた。そりゃ、こんな現代で精霊なんてファンタジーな名前が出てきたら誰でもびっくりするよね。

 ただ、それでも精霊と一体化してるはずの俺がなんの力も発揮しないどころか、あらゆる手を尽くした挙句死にかけたもんだから、この実験は失敗したと判断したらしい。



 実態は、俺が意識して能力とやらを再生も含めて使わなかっただけなんだけどな。だって、早く研究所から出たかったし。使い物にならなくなった実験体は不要になった瞬間に外に捨てて放置することも能力のひとつでわかってたからね。

 もし俺の読みを間違えてその場で処分されるようなことになっていたらその時はその時。意地でも逃げて、それでも逃げられなかったらたということだろう。

 とにかく、今の俺は自由になったということには違いない。それに、。これからの行き先はとっくに決めていた。



「日本に行こう」



 これまた研究所で聞いた話だけど、なんと、日本には魔法少女なんていう存在が居るらしい。そこで、俺はピンと来た。

 魔法少女なら、素晴らしい曇り顔が見ることが出来るのではないだろうか。魔法少女だったら、俺の日常を満たしてくれるのではないか、と。

 それに……前世からの俺の故郷でもある。愛国心とは違うが、こんな俺でもホームシックはあるんだ。今世の家族は名前も顔も覚えてないけど。

 問題は、渡航費どころか日本円すらないわけだが……まあ、その辺りは行ってから考えよう。



「楽しみだな」



 そうと決まれば、今から出発しよう。そう思って見下ろして、俺は気が付いた。

 今の俺の姿が、全身血まみれになっていることに。



 ……服、どうしようかな。

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