第2話 なんの力もなかったから、力を手に入れる

目覚めた俺を待ち構えていたのは薄暗い洞窟だった。


ここが迷宮というやつなのだろう。


原作でも見覚えのないダンジョン。


ストーリー上行く必要のない迷宮は、やり込み要素として原作でも結構高めの難易度で設定されていたが。


当然序盤に来るべきダンジョンではない。

でも俺が今いる場所はそういう難易度の高いダンジョン、だと思う。


「生かして返す気は無い、というわけか」


女神……か。


邪神の類じゃないか、あれは。


そんなことを愚痴りながら俺は薄暗い洞窟をスマホのライトを頼りに歩くことにしたが。


「このライトもいつまで持つか、だよな」


歩いていると岩陰に人影が見えた気がした。


(勇者適正がないだけで俺はここに送られたんだったな。なら……他にも廃棄された奴がいるのかもしれない)


手を貸してもらおう。

俺たち無能でも固まって動けば多少はマシになるだろう。


そう思い岩陰まで駆け寄ることにした。


(結構な時間このダンジョンを生き抜いているのなら頼りになるかもしれない、人に出会えたことは不幸中の幸いか)


「すまない。少しいいか?」


声をかけながら肩に手を置いてみたが、

ガラガラガラ。


聞き慣れない音を出して崩れ落ちる人影。


「だ、大丈夫?」


ライトで照らしてみたら


「は、白骨化してるのか……」


初めて見る白骨化死体にそれ以上の言葉が出なかった。

いったい、どれだけの間ここにいたんだ?こいつは。


そう思いながら俺はその人物が持っていた装備をむしり取った。


こんなものでもないよりはマシだろう、と思ったからだ。


「悪いな。こっちもギリギリなんだ。貰っていく」


装備は一応拾えた。

とりあえず現状確認をしよう。


たしか、こうだった……よな?


「ステータス、オープン」




【千葉 優華】


 LV1


 HP:+3

 MP:+3

 攻撃:+3

 防御:+3


【適正:なし】

【称号:なし】




「ははっ……冗談きついな、ほんとに」


なんだこのステータスは。

原作主人公の開始時のステータスはレベル1でもこの10倍くらいあった記憶がある。


どうするんだよ、これ。


命かかってて笑い事じゃないのに、笑いしか出てこない。


「だから、廃棄ってわけか……」


そう呟きながらステータスを閉じたそのときだった。


「ブモォォォォォォォオォォォォ!!!!!!」


後ろから聞こえてくる巨大な咆哮。

闇の中に薄らと見えたのは


「ミノタウロス……」


まさか……思ってもいなかった。


こっちにきて初めて見るのがミノタウロスなんていうモンスターになるだなんて、ことは。


そいつがドタバタと足音を鳴らして猛進してくる。


足で地面を削り角を振り回して壁や天井を削りながらこちらにただ迫ってくる。


​ ───────ゾクッ。


背筋が凍る。


初めて向けられる明確な殺意に俺の足はなんとか動いた、といった感じだった。


なんとか横に体を動かしてミノタウロスをやり過ごした。


が、これだけじゃ、何もはじまらない。


反撃をしなければ。


とにかく、魔法だ。異世界に来たんだ。それくらい使えるだろ?


というより、使えないと困る。


「フリーズ」


シーン。


「サンダー」


シーン。


「ファイア」


シーン。


とにかく、使えそうな魔法を片っ端から唱えてみたがなにも起きない。


「くそ……どうすれば……いい。倒さないと、あの速度からは逃げられないし!」


通り過ぎたミノタウロスだったがこちらに向き直りバッファローみたいにまた突進してきた。

今度は避けられなかった。


「がっ……」


ミノタウロスの角に腹を抉られた。


「はっ……」


口から血を吐き出す。

しかしミノタウロスは攻撃の手を緩めない。


「がぁぁあぁぁぁぁあ!!!!!」


俺の足に噛み付いてくるミノタウロス。

大きく口を開けたミノタウロスは俺の右足を噛みちぎった。


だが、やられるだけではなかった。


「この!」


さっき拝借した剣でミノタウロスの顔を切りつける。


「ブモォォォォォォォオォォォォ!!!!!!」


効いているのかよろめいた。

その痛みからか掴んでいた俺の体を離す。


「よし……」


一応、体の自由は戻ってきたな。


一本しかない足でなんとか、這いずるようにして逃げた。


だが、このあとはどこに逃げたらいい?


そうして素早く見回すと


(横穴だ!)


そこを目指す。

しかし体勢を建て直したミノタウロスも俺を見ているだけじゃない。


俺を追ってくるミノタウロスだったが、俺が先に狭い横穴に入る方が早かった。


「ブモォォォォォォォオォォォォ!!!!」


ミノタウロスが手を横穴に入れようとしてくるが。

その手は俺のいる深さまで届かない。


横穴の入口が小さすぎて肩が引っかかっている。


「はぁ……」


ため息を吐いて考える。


召喚されていきなり死にそうだな……。


「ははっ……命がいくらあってもこのままじゃどうにもならんな。こんな状況で楽観的になんてなれない」


地球にいたころだってそうだし、世界が優しくないことなんて知っているつもりだ。


だが、ここから逆転する手がないわけではない。

一つだけ、方法があるが。


「失敗すれば死ぬだろうな」


壁に頭を預けて考える。

今も俺の噛みちぎられた足からは大量にドクドクと血が流れていた。


失った血液が多すぎるのか、既に意識が少し朦朧としてきていた。


「はぁ……考えるだけ無駄か。どのみち、俺このままじゃ死ぬんだからな」


何もせずに死ぬか、何かしてから死ぬのか。

それだけの違いだろう。


ならば何かしてから死ぬほうがまだマシだと思う。


この状態でも生きてればいいことある……なんてのはなしだ。


横にはミノタウロス。

そいつをなんとか躱したとしてもここはダンジョン。


ここを生き残ったところで二重にも三重にも絶望は迫ってくるのだ。


だと言うのに俺の口からは乾いた笑いが漏れる。


「ははは、はははは……。女神さんよ」


聞いてもいないだろう女神に語りかけるように言葉を吐いた。


「あんたはひとつミスを犯した。【廃棄】してくれたから俺は今ここにいるし選択肢を選べるんだ」


女神に殺されていれば……?俺は文字通り手も足も出せずに、チャンスすら掴めていなかった。


だが今の俺はまだ生きている。

俺は自分の意思でこれからの行動を選べる。


ミノタウロスの血が付着した剣を手にした。


「知ってるか?女神クオン。俺はあんたのことイカレ女神とか言ったけどさ」


鼻で笑う。

俺が言えたことじゃなかったから、だ。


「俺はあんた以上にイカレてるかもな。俺を【廃棄】程度で終わらせてくれたこと、実は感謝してるんだよ」


横に置いた剣を手に取りその刀身に付着したミノタウロスの血を指でツーっと拭き取る。

俺の指には少量のミノタウロスの血。


「これでいけるか?」


その指を俺は自分の口に入れて綺麗に舐めとっていく。


原作にはこういうものがある。


【魔族化】


人間はモンスターや魔族と呼ばれる存在の血を体内に入れることで魔族化することができるという設定だ。成功すれば莫大な力が手に入る。


だが、ほとんどは魔族化せずに高確率で死亡する。


生き残る確率は【1/100,000】と言われていた。


100,000発中99,999発がハズレのロシアンルーレット。

ほぼ死ぬことが確定しているのだ。


だから原作主人公はできるだけ血を体に入れないようにしていたが。


今の俺にはそんなもの関係ない。


だってどっちみち死ぬんだから俺は。


「ブモォォォォォォォオォォォォ!!!!!!!」


穴の中に手を入れようとしてくるミノタウロスの手が見える。

それを見ながらほくそ笑む。


「俺がお前を狩るか。お前が俺を狩るか……どっちだろうな?ミノタウロス」


右手で銃の形を作ってそれをこめかみに向ける。


「バーン」


そのとき、俺の体がモンスターの血に拒絶反応を示す。


「がはっ!!!」


前屈みになって地面に血を吐き出す。


頭がハンマーで殴られているように痛い。


呼吸も虫の息になる。


「……ひゅー……ひゅー……」


座っていられなくなってその場に寝転がった。


そして、


「ぶはっ!」


口から盛大に血を吐いて俺は……。


、生を終えた。

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