第8話
「遅いわね、雪」
「すみませんでした」
いいご身分ね、と嫌味を飛ばしてくる母親に、この場に拓翔がいなくてよかった、と心底思う。あの人、不穏なオーラを出すし、襲い掛かるんじゃないかってくらい不機嫌というか怒るから、怖い。
「もう、食事もないから」
「わかりました」
本日の夕食が抜かれることを知り、こんなことならどこかで食べてくればよかったと思う。お小遣いさえも、渡してもらえないため、雪は恥を忍んで拓翔に出し替えてもらい、彼がお金を払った分だけ、経費として三藤家から支払われるように仕向けた。
今日は、拓翔にもう来なくていい、と言っているので彼が私の部屋がある母屋に来ることはないけれど、少しだけ淋しく感じる。それが果たして、空腹からなのか、側に彼がいないからなのかはわからないけど。
「っはぁ……」
今まで止めていたかのような気分の呼吸、次第に荒くなっていくのを、どこか他人事のように見てしまう。どこまでも淋しい子、三藤雪。
前世を思い出したから、余計に悲しくなるのだ。彼女の置かれている環境が、悪いとすぐに理解できるから。特に、今まで愛してくれていたのに、突然その愛は弟にだけしか向けられないとなると、もっと、ね。
「仕方ないかな、自分でお金を稼ぐ術を見つけないと」
ぐう、と空腹を訴えるお腹を無視して、スマホで高校からでもできるアルバイトを探すも、挫折する。何せ、この三藤家はお金持ち。わざわざアルバイトをして自分のお小遣いを稼ぐということを、見栄っ張りの両親が許してくれるとは思えない。
例え、社会勉強として、と言っても、良いように稼いだお金を取られることもすぐに理解できる。結局、初めからこの案は詰んでいたのだ。
「あぁもう! どうすればいいって言うのよ! 学校を、変えるって言うのもありだけど……そうなると今と同等の箔が付く学校じゃなきゃ、許してもらえないだろうし……ん?」
ガシガシと乱暴に頭を掻きながら叫んで、自分が言った言葉にふと、思い付きが生まれる。
「学校を変える……奨学金を借りられれば、転校することはできる。それに私は弟が生まれてから社交界にも出ていないから、今更何個も噂をたてられたって問題なし……」
ただ、この計画に一つ、問題があるとすればそれは、私がやはり誰か大人の力を借りなければならないということだ。一番身近なのは拓翔になるけど、拓翔にそこまで押し付けるつもりはない。
「変えるタイミングとしては、高校直前の今か……大学入学しか……」
焦ってはいけない。そもそも私が高校へ行かなければヒロインにも会えないし、ヒロインと拓翔の恋を応援することもできなくなる。危ない、一番大事なことを忘れていた。
「やっぱり、大学のタイミングで家を出るのが一番良さそうね」
それが最も最適な時期だ。ヒロインの恋を応援できるし、拓翔も私の側から離れられる。一石二鳥どころか何羽でも鳥が捕まえられそうなレベルで、いい案だ。
「まずは、高校に入学したらヒロインの存在を確認する、それから……これ一番大事、わがままはもうしない」
気を引きたくて、私を見てほしくて、わざと我儘に振舞ったけれど、もうそれはやめる。その行動で、どれほど先の未来を変えられるかはわからなくても、やる価値がある。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます