第9話

いい案を思いついてから、あっという間に月日は経ち、気が付けば高等部に入学して数か月は経っていた。我儘放題をしなくなっても、腫物扱いは変わらず、遠巻きにされている。


おそらく、急に心を入れ替えたのか、気味が悪いと思われているのだろう。あとは、単純に関わりたくないからか。どちらにしても、高等部に入学した後も、立派なボッチを極めていた。


ヒロインの存在も確認はできたが、未だに接触はできていない。なにせ、クラスが違うので関わりがないのだ。合同授業で一緒になったことはあるものの、残念ながら出席番号が遠すぎてお近づきになれない。


余談だけれど、ヒロインは友達に囲まれて、私のようにボッチではなかった。お金持ちだらけの学校に上手く溶け込んでいて、きっと雪が虐めなかったらこんな感じだったのかな、と思えるような姿だ。


ヒロインの名前は天崎(あまさき)みく。天崎不動産の末っ子で、上に二人の兄がいる、それがコミックでの設定。どうやら実際も設定と同じようで、二人の兄や父親に溺愛されているようだ。原作では、みくを虐めた雪は天崎不動産の三人からも報復を受けている。


要するに、敵に回しちゃいけない人たちだ。


「雪お嬢様」


「何、拓翔」


「あちらの女性が気になるのですか?」


「へっ? い、いやっ! ぜ、全然違うから!」


とんだ勘違いをされそうになって、慌てて全否定をするけれど、拓翔は生暖かい笑顔だ。これは色々な意味で余計なことを考えていそうだ。


「そ、それよりも! どうして今日はいつもの場所ではないの?」


「今日は別の方が停めていましたので」


「そ、そう……」


自分で話を無理やり方向転換させて、気づいた。そうだ、これだ、と。雪がみくをいじめるようになった理由、自分がいつも停めさせていた場所にみくの家の車が停まっていたから、というとても些細な理由だ。


(いや、心狭すぎるでしょ……そんな毎回、同じ場所に停められるわけないじゃん! むしろ多分、今まで拓翔が頑張ってたのかな?)


自分の思い通りにならないからと、コミックスではみくを虐めた。なんて幼稚な理由なんだか。けれど、この前世を思い出す前の雪のことを考えると、いじめは起こさなかっただろう。なぜなら、私も雪も、自分のことで手一杯だから。


「惨めなものね……」


「雪お嬢様?」


「なんでもないわ、早く行きましょう」


「かしこまりました」


車に乗り込むみくに視線を向けるのをやめ、真っ直ぐに案内する拓翔についていく。少し遠い場所へ、今回は停めたらしい。これは漫画の方の雪ならキレ散らかしてしまうのも無理はない。


「すみません、遠くて」


「これくらい、大したことはないわ」


申し訳なさそうに謝る拓翔には謝る必要はないと、言外に告げ、自分は少し考え事をする。入学して数ヶ月経ったのに、未だにヒロインのみくとは接点がない。これではみくと拓翔の恋愛を応援するどころでは無くなってしまう。


(自分を惨めだと思う前に、考えないと。思い出さないと、みくと拓翔が接点を作る場所を! なんでこんな肝心なところを思い出せないの……弟のことに関してもそうだし……)


思い出す前の雪の記憶を追体験した私だからなのか、もう前世の記憶があやふやになりかけている。もっと思い出さないといけないのに、抜け落ちたかのように、記憶がなくなっていく。


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