第7話

「特にないわ……拓翔、私のことは気にしなくていいのよ」


彼の言葉の裏に対しての返答をすれば、拓翔は苦々しい表情を浮かべている。でも、それは言っておかねばならない言葉だから、そのまま続ける。


「ですが……」


「拓翔、私は……もういいの」


あの家で、愛されることなんてもう望んでいない。私があの家で幸せになれることなんて、ないことはもうわかっている。


「あ、文具店には一人で行くから、ついてこなくていいわ」


一人になってお店でも見たい、そう思って声をかけるけれど、表情が険しい。私が先日、家を抜け出した時のことを覚えているからだろう。


「雪お嬢様、お一人での行動は危険です」


「わかってるわよ……立場上、難しいことは」


自分の立場は、三藤家のお嬢様。身代金目的での誘拐だって小さい頃は未遂だったけれど多発した。そのこともあって、雪に専用のボディガードがつくようになったのだ。そうして雪は篠崎拓翔を選び、二人の関係が始まった。


「なら、なぜそうまでしてお一人に……」


「知られたくないことだって、あるの」


ごねにごねて、なんとか一人での文具店行きを勝ち取った私は、文具店で選ぶものを考える。なにせ、買うものは一つじゃない。ノートやペンもそうだけど、大事な日記というか、記憶にある出来事を書いておけるメモ帳がほしい。


「いってらっしゃいませ」


「ええ、ありがとう」


目立たない駐車場に車を入れてくれた彼の気遣いと見送りに対してのお礼を述べて、さっさと歩き出す。時間が惜しい、いつまでも帰らなかったらそれはそれで家がうるさいのだ。


(これと、これ……それから、これだ)


今までの雪が愛用していた、そろそろ補充が必要なものをカゴに入れ、そのあたりに置いてあっても目立たないような、そんな無難なメモ帳も選んだ。


今後、私が一人で生きていくようになれば、こんな買い物も自由にできる。いや、一人でせざるを得ない。拓翔とも、お別れが来る。


(やめよう、これ以上は)


一人になってしまった後のことを考えてしまって、突然、悲しくなる。愛を取り戻したくて頑張ったのに、頑張る方向性を間違えた雪。弟を憎いと思っても、危害を加えなかった彼女はすごい。私なら喧嘩に発展していただろう。


「拓翔」


「雪お嬢様、おかえりなさいませ。ご無事で何より」


「ふふ、ただの買い物よ? そんな誘拐事件がホイホイあっては困るわ」


心配性の拓翔の元へ、足早に帰れば、ぎゅっと抱きしめられる。車の外だし、ほかの人にも見られるからやめてほしいと思いつつも、心配をかけたことはわかっているので、何も言わない。


「さあ、帰りましょう? さすがにこれ以上は遅くなってしまう」


「かしこまりました」


エスコートを受けて車に乗り込み、シートに身体を預ける。自然と、ため息が出ていた。私が、いつかは一人になることを思うと、先が憂鬱である。


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