第5話
「あ、たく、と……」
「おはようございます、雪お嬢様。お加減はいかがですか?」
「だい、じょうぶ……だけど」
「それならよかった。雪お嬢様、お食事をしましょう」
朝から気だるさを感じつつ、そろそろ起きなければと着替え終わったところで拓翔がやってきた。いつもの通り、しっかりとスーツを着た彼は食事を持ってきていた。
「あ、ありがとう……」
あまりのタイミングの良さに、少し驚きつつもお礼を述べ、それを受け取る。残念ながら使用人さんたちと折り合いが悪い私は、朝食も用意してもらえない。
拓翔がいなければ、私は世話もしてもらえないのだ。そりゃ使用人さんたちに当たり散らすのもわかるような気がする。わかるけど、罵倒したりなどの行動をやめられなかった雪にも落ち度があるのも、また事実。
「雪お嬢様?」
「へ?」
「お食事、進んでいないようですが……」
「あ、ああ……いや、何でもない」
コトリ、と食器を置いたことによって側に控える拓翔が、心配そうにこちらを見てくる。ふと、考えたのは今日の身の振り方だった。
まもなく中等部を卒業、高等部への入学を控えている。態度を改めるのなら、早いほうが良いだろうけど、むしろ逆に、腫物扱いされている状況を維持したほうが良いような気もする。
そうすれば、関わってくる人間がいないままなので、何をしようと誰も干渉はしてこない。噂はされるだろうけど。
「雪お嬢様、俺では力になれませんか」
シュンとわかりやすく落ち込んだ彼に、咄嗟に首を振って否定する。そんなことはない、今でも十分力になってくれている。
「違うわ……少し、気分がよくないだけ」
「雪お嬢様、今日はお休みされますか?」
「ううん、そこまでじゃないから、大丈夫よ」
気分がよくない、と言った瞬間に心配を前面に出した拓翔は、私に休むのかどうか、いや、休もうと声をかけてきた。彼は本当に雪のことが好きなのだと分かる姿に、少し、胸の内が痛くなる。
彼の愛した雪は、前世を思い出したことによって少なからず、変わってしまった。私が、彼から本当の雪を奪ってしまったのだ。
「ごめんなさい、拓翔」
「お嬢様?」
「き、きのうっ……酷いことを言ってしまったから!」
心の中で言ったはずの言葉が口から出ていたらしく、今度は不思議そうな顔をする拓翔。それに対してツッコミを入れられないうちに昨日酷いことを言ってしまったから、と付け足して誤魔化した。
「ふふ、雪お嬢様は相変わらずお優しい。俺のような人間にそんな言葉を下さるなんて」
「別に、優しくなんて……私のこと、よく知ってるでしょ」
「俺にとっては、どこまでも優しいお嬢様です」
「そう……」
あなたの愛した雪は、いないのにね。私が奪ってしまった、今までの雪との記憶を。もうあなたの知っている雪はいない、私という前世の異物が入り込んでいるから。
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