第4話

「拓翔?」


テーブルにミルクティーを置いた彼が、音もなく近寄ってきた。ベッドに寝ころんだままだった私はそれに気づくのが遅くなってしまって。


「なにをして……」


「雪お嬢様は、酷いお人だ」


「……なんのことかしら」


ベッドのすぐそばで、私と視線を合わせるように片膝立ちになった彼の問いかけに、私は白を切ることしかできなかった。だって、彼の言いたいことに対して、応えることはできないから。


「雪お嬢様、どうして……どうして一人で抱え込もうとするのですか」


「あなたに、関係ある?」


「あります。俺はあなた様の犬です、あなた様の全てを守りたい」


一人で抱えるな、自分が側にいる、そう言いたいのはわかっているし、言外にも直接的にも言われてしまった。けれど、私にはそれを受け入れるつもりはない。


いつしか離れていくと分かっている人だ、甘えるわけにはいかないのだと、私はちゃんと理解している。たとえ、どれほど自分自身が味方である拓翔に、離れてほしくないと思っていても。


どうせ離れて行ってしまう、それは決められているのだ。


「守りたい? 笑わせるのも大概にして。犬だというなら、主人の領域を犯さないのも必要よ」


「ですがっ!」


「何度も言わせないで、拓翔」


少しイラついたように言えば、さすがに黙った。こうでもしないと突き放せない私も、私だけれどね。もっと、良いように言えただろうにとは思っても、口から出た言葉は取り消せない。


「いいえ、俺は弁えません。俺まで離れたら、あなたは一人になってしまう」


「…………そう」


もう何かを言うのはやめる。これ以上言ってしまえば、記憶に引きずられて保身に走る自分が見えていたから。


「あなたは、一人ではありません。たとえ、世界が敵に回ったとしても俺は、あなたの側を離れません。それだけは、覚えていてくださいね」


私がもう何も話さないと分かっていたのか、言いたいことを言って彼は部屋を出ていった。私は、前世を思い出してすぐの状態だけれど、この身体には過去にされた扱いが記憶されている。


それを私は思い出す際に追体験しているみたいなものだ。ゆえに、記憶に引きずられるという言い方をしたけれど、追体験したという見方をすれば、今の私にとっても心の支えは彼だけ。


「馬鹿ね……わたしって」


そんな彼を自ら遠ざけるだなんて、本当に馬鹿なことをしていると思う。何よりも支えだったのに、どうしてこんなことをしているのか。


わたしを見ない両親、自分たちのことは棚に上げて私の陰口を叩く使用人、弟は……よくわからないけど、私のことをよくは思っていない。


「明日、謝らなくちゃ……」


拓翔にさっきは酷いことを言ってしまった。最低なことをした自覚もある。気まずいけれど、明日は謝らなくてはいけない。


「もし、もしも……いや、やめよう。考えるだけ無駄だわ」


もしも家族仲も良好で、私自身も意地を張らなければ、なんて考えてしまうのは仕方がないだろう。そうすればきっと、こんなにも辛い記憶はなかったはずだもの。


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