第2話

「それよりも、雪お嬢様。あなた様は、ご自身が熱を出して倒れた身であることをわかっていますか?」


「えっ、あ、ああ! そ、そう、それね! もうよくなったのよ!」


眼光が鋭くなった拓翔に、焦ってもう体調は悪くないとごまかし、丸め込む。まったく、油断も隙もないのだが。


「では、雪お嬢様。もう戻りましょう。旦那様や奥様が心配されますよ」


「……そうね」


小さな家出はすぐに幕を下ろした。私の夜に外出をするという勇気が、全部消え去ったのは言うまでもない。そもそも、この三藤雪は家族仲もあまりよろしくない。


なぜなら、三藤雪を目に入れても痛くないほどに溺愛していた両親に、待望の息子が生まれてから、雪は構われなくなってしまった。それが原因で、雪は余計に我儘を助長させてしまったのだけれど。残念ながら、雪の取った行動は悪手だった。


「雪お嬢様?」


「いいえ、なんでもないわ。拓翔」


雪が我儘をすればするほど、弟はそれを反面教師にしていい子になる。とっくに家族仲など冷え切っていた。心配する父親も母親も弟ほど、自分にはしないのをわかっている。


この記憶は、前世を思い出す前の私のものだけれど、前世を思い出した今なら言える。そんな両親に期待するだけ無駄だと。すでにいろいろな要因が重なり合った結果、手遅れなレベルで家族仲は終わってしまった。


期待するだけ無駄だし、貴重な時間を割く価値さえもない。


「雪、いい加減にしなさい。篠崎さんに迷惑をどれだけかければ気が済むの」


帰宅早々、私がいないことに気が付いたらしい母と父に怒られる。この場に弟がいないことだけが救いか。延々といかに弟が私と違っていい子で、優秀なのか、というのを比べられる内容を聞かされる。


「お前と違って、こんなにもあの子は優秀で……」


「申し訳ありませんでした」


心を無にして謝罪の言葉を述べ、拓翔を伴って部屋へ戻る。記憶の中では雪は拓翔に自分の両親と不仲であることを見せていなかった。


だからだろうか、後ろからものすごい不機嫌オーラを感じる。


「雪お嬢様」


「なに、拓翔」


「申し訳ございませんでした。俺はあなた様の下僕なのに、何もあなた様をわかっていなかった」


「別に、知らなくても問題ないでしょう」


謝罪の裏に説明しろ、という圧を感じるが、あえて突き放す言葉を口から紡ぎだす。この人をこれ以上私に、三藤雪に対して盲目にしてはいけない。いつかは私の側から離れていく人だから。


来年、高校に入学すれば拓翔は……ヒロインと恋に落ちる。そしてそれを嫌がった三藤雪はヒロインを虐めるけれど、私はそんなことはしない。むしろ悪役にならないように二人のことを祝福する立場なのだ。


追い縋ってしまいたくなるほどに、優しい彼を……側においてはいけない。


いつしか、この人も、私の側を離れていくのだから。


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