悪役になりたくないので、ヒロインの恋を応援します

高福あさひ

第1話

あ、転生した、と気づいたのは奇跡的にも、その物語が始まる一年前だった。ここは、とある人気コミックの世界で、そのコミックのタイトルはたしか【身分違いの恋をあなたと】のはず。内容は主人公の女の子と護衛による恋愛という、王道ストーリー。


「私……三藤雪(みふじせつ)じゃん……」


ヒロインである女の子が入学する学校は金持ちが集まる、私立雅学園中学高等学校。中・高一貫校のお嬢様とお坊ちゃまが通う学校。私はそこに中学から通う、わがままお嬢様。


だった、さっきまでは。


「いや、やばいよ……使用人さんたちイビりすぎ、てかなんで気づかないの、過去の私。こんなに嫌われてるんですけど?!」


さあーっと押し寄せてきた昨日までの記憶、恐ろしいほどにわがまま娘で使用人さんたちを困らせるわ、イビるわ、罵倒するわ、でお世辞にもいい子とも、容姿は良いのに可愛い子とも言えない。


「家出しよ」


とりあえず落ち着こう、と選んだ私の手段は家出。今の私には少しでも時間が必要だ、自分の頭の中を整理する時間と、今後のことを考える時間がね。


そっと部屋を抜け出し、夜も遅くなってきた時間にこっそりと大きなお屋敷から出る準備をする。さすがに警備会社の管理システムを置いてあるこの家だが、鍵を持っている家の人間には反応しない。


「よしっ、うまくいった!」


抜け出すことに成功した私は、無事に外へ出ることができた。うまくいきすぎているという、かすかな違和感にはフタをして。


すぐ近くに公園があることは以前の記憶からわかっていたので、そこへ移動しようとした時だった。


「雪お嬢様? こんな夜にどちらへ?」


「ひっ」


スッと後ろから手で口をふさがれて、危うく本当に大きな悲鳴が上がるところだったが、なんとか声の主を思い出して、思いとどまった。


私を後ろから抱き込んでいるのは、私の護衛である篠崎拓翔(しのざきたくと)。私より一回り年上の彼は、私の忠犬だと自ら公言するほどに、三藤雪を主人として認めていた。


「あ、えっと、ちょ、ちょっとそのあたりを散歩でもしようとおも、おもって……」


護衛を選ぶ年齢になった当時十歳の私が、彼がいいとおねだりした結果、彼は見事に忠犬となった。そのあたりの記憶がなぜかあやふやなので、イマイチ何があったかはわからない。


「雪お嬢様、外出されるのでしたら俺を呼んでください。俺は、あなた様の犬です。あなた様のお側においてください」


「で、でもね、篠崎さん」


「篠崎さん?」


「あっ、た、拓翔? あのね? 今日は一人で行きたい気分だったの」


オウム返しに名前の呼び方が気に食わないと、名前を言われて。咄嗟に彼のことを以前は拓翔と呼び捨てにしていたことを思い出した。


危なかった、彼は鋭い人だから、私が急に中身が前世の自分、いわば別人になったと気づかれてしまう。それほどまでに、彼は三藤雪のことをよく見ているから。


それにしても、彼は今まで居場所をくれただけのわがままお嬢様を、見限ることはなかったのだろうか。そのことが気になって仕方がない。


なにせ、この三藤雪、性悪女だ。自分の犬だと言う篠崎拓翔に対して、自分のことを本当に好きならほかの女と身体の関係を持って来いとか、パワハラセクハラ発言をし、実行させている。なかなかにというか、だいぶ頭がぶっ飛んだお嬢様なのだ。


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