第296話会話 夢日記の話

「また日記を書いているんですか。毎日毎日よくやりますねぇ」

「これはいつもの日記とは少し違いまして、夢日記というものなんです。夢で見たことや体験した出来事を記録するんですよ」

「夢の内容を書くんですか。不思議なことをするんですね」

「夢で見たあんな勇者さんやこんな勇者さんを書き残していつでも脳内再生できるようにしておこうと思うそうそうそです冗談ですマイケルですほんとごめんなさい」

「首に添えた剣も夢ってことで、はい、書いてください」

「てててててて手が震えて書けません」

「仕方のない手ですね。切り落としましょうか」

「ご冗談を……。あ、目がマジだ。本気ですねこれ。そ、そうだ勇者さん。夢日記は危険という噂があるのですが、ご存じですか?」

「実際に魔王さんは命の危機に瀕していますからね」

「そろそろ仕舞ってください……。ええと、夢日記をつけると、夢に出てきた架空の人物が現実に出てきてしまうとか、夢と現実の記憶が混ざり合って区別がつかなくなるとか」

「架空の人物って、私の存在は幻だと言いたいのですか。この剣も? ん?」

「勇者さんは現実です! け、剣も現実です……。痛いです先端当たってますぴぇぇ」

「夢と現実の区別がつかなくなる……ですか。強烈な睡魔に抗っている時や、目が覚めてすぐはそういう感覚になることはありますね」

「その感覚はわずかな時間のものですが、夢日記を書くことで残り続けてしまうかも? というわけです。夢だと思っていると現実でケガをすることにもなりかねません。しっかり区別することが大切ですね」

「夢日記を書いているひとがよく言う」

「ぼくは夢と現実を区別する方法を確立しているので平気なんです」

「へえ。なんですか?」

「こうするんです。勇者さんとハ――ぐぇぇ首がしまっちょっと待って首」

「なるほど。痛みや苦しみで現実を判断するのですね」

「違います。現実の勇者さんなら絶対にハグさせてくれないってことです」

「夢の中の私にはハグしても許されているんですか?」

「許されてないですよ?」

「区別ついてないじゃないですか」

「いえいえ、現実の勇者さんのあしらい方や絶妙な力加減、冷たい視線や虚無感は夢では再現できないものですから」

「褒められてんのかな、これ」

「そりゃあ、もう。ですので、いつか現実と同等の勇者さんを夢で見るのが夢です」

「ややこしいことを言わないでください。現実の私と同じ私を夢で見たら、それこそ区別がつかなくなりますよ。危険だと言ったのは魔王さんです」

「ハグの練習をしようかと思いまして」

「どんだけハグしたいんですか」

「ハグはしたいですが、そっちではなく。ハグをした時に殺られるので、それにうまく対応する練習です。勇者さんの練度も上がっていますからね。ぼくも練習しなくては」

「夢の中で回避の練習をしているんですか? 変なひと……」

「寝ても覚めても命の危険ですが、寝ても覚めても勇者さんに会えるのではっぴーです」

「頭がお花畑ですねぇ」

「ありとあらゆる勇者さんをコレクションするぼくにとっては夢の中も記録範囲ですからね。起きてすぐ夢日記を書かなくては貴重な勇者さんを忘れてしまいます」

「忘れてしまえ」

「そんなこと言わないでくださいよう。ほら、見てください。いつもの日記とは別に夢日記がありますね。二冊の中にはたーっくさんの勇者さんがえっへへへへへへ」

「今日の分の焚き火の薪がないですね」

「日記を見ながら言わないでください」

「だって魔王さんが気味悪いから」

「ドストレートに言われた。魔王、悲しい」

「こんなにそばにいるのにまだ私がほしいんですか」

「そうですが⁉」

「欲張りですね」

「魔王ですから~」

「…………」

「ぼくの夢日記を抱きしめてどうしました? 写真撮ってもいいですか?」

「今日の夢にこんにゃくが出てくる呪いをかけました」

「パシャ。……なんて?」

「こんにゃくに押しつぶされて世界の裏側まで埋もれる夢です」

「パシャパシャパシャパシャ。すみません、恐怖で手が震えてシャッターが止まらない」

「そして、おそろしさに慌てて飛び起きた魔王さんの隣には」

「パシャパシャパシャパシャ。隣には?」

「冷蔵庫から出したばかりの冷えたこんにゃくが」

「パシャパシャパシャパシャ。やめてください。ほんと」

「こんにゃく越しに魔王さんを眺めるとします」

「パシャパシャパ――待ってくださいカメラの調子がこんにゃく越しじゃなくて普通にぼくを見てくださいようあれデータがどうしてぜんぶ消えちゃいましたこんにゃくやだぁ」

「魔王さんにとっては夢日記より機械の故障の方が危険ですね」

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