第6話 仲のいい恋人役


 馬車の中で仲のいい恋人役をしているとやっと王城に着いたようで、会場に入る前から疲れてしまった。


 だけど、これが本番なので気合を入れる。そう、これを乗り越えれば今までの生活に戻れるのだから。

 ただ気になることはあれから諜報部からの情報を得ていないということだ。まだ、まとめていないところだったので、ルーフェイスの耳にも入れていない。このことが吉と出るか凶と出るか。



 煌びやかな王城の中をルーフェイスにエスコートされ、入っていく。多くの視線を集めてはいるが、それはルーフェイスに向けられたものであり、私には誰だこいつという視線が向けられている。


 まぁ、新しい恋人のエスコート役を頼まれたのだろうという視線だと思われる。そんな注目を集めるルーフェイスの元に足を向けて来る人物がいる。


 一ヶ月前に騎士団まで押しかけてきたモントーレイヤ伯爵令嬢だ。そして、果物ナイフでルーフェイスを脅して『私とは遊びでしたの』と言った人物でもある。その時は家人の者が止めに入り、早々に帰って行ったので、何も問題にはしなかった。


 そんなモントーレイヤ伯爵令嬢は御年22歳。貴族の令嬢としてはかなり歳がいってしまっている。別に貴族の女性より男性が少ないわけでは無く、優良物件は早々に売り切れてしまうということだ。

 上を見れば問題を抱えた殿方しか残っておらず、まだマシなルーフェイスに目を付けたが相手にされなかっただけだ。そして、今日は問題を抱えた一番トップの方のヨメ探しという名の舞踏会。


 ご令嬢の方々は戦々恐々だろう。この戦いの勝者はある意味敗者だ。王族の仲間入りができるが、相手が奴隷を実験台にしているという噂がある王太子殿下では、いつ自分もその仲間入りをすることになるか怯えなければならない。


「ルーフェイスアルド様。なぜ、私のエスコートを断ってこのような小娘のエスコートなどされているのです?」


 まぁ、背は低いので18歳より年下に見られることは多い。


「それもこの赤髪。グレーメイア伯爵家の者でしょ!あの悪魔のような力を使う赤い悪魔!」


 これも別に否定することではない。私の揺らめくような金の瞳は魔力を帯びており、魔眼と言われるものだ。父はグレーメイア伯爵家の出の者だし、私の魔眼は父の血筋から受け継いだものだ。


「あら?でもグレーメイア伯爵家にはこの様な小さな令嬢は居ないはずですわ」


 新たな参入者が現れた。モントーレイヤ伯爵令嬢の前にルーフェイスにつきまとっていたご令嬢だ。


「まぁ?もしかして貴女あの時騎士団にいた方?たしか……なんとか子爵令嬢だったわね」

「フェンテヒュドール侯爵子息はお優しいのですのね。部下のエスコートをされるだなんて」


 うん。これも否定はしない。私がエスコートして欲しいと頼んだのだから。

 で、私が未だに一言も言葉を発せずにいるのは、彼女たちは私でなくルーフェイスに話しかけているからだ。貴族はこのあたりが厳しい。下位の者は名を名乗ってもらって、こちらも名乗らなければ、話に混じれないのだ。

 だから、私はルーフェイスに紹介されなければ、言葉を発することができない。それで、ルーフェイスといえば、綺麗な笑みを浮かべていた。ここ最近良く見るようになったキラキラとした笑みではなく。温度が感じられない笑みだ。オカンの機嫌が急降下している。

 それを目の前の令嬢たちは頬を染めて見つめていた。いや、機嫌が悪いだけだからね。


「そうですね。あの時は紹介をしていませんでしたが、フィアロッド子爵令嬢です。確かに部下でもありますが、私の恋人であり、やっと婚約者にすることができたのですよ」


 ん?その言い方だと、以前から私が恋人だったように受け止められるけど?

 そういう設定なのであれば、前もって言って欲しかった。そして、私は不服そうな表情は貴族の笑みの中に隠して、片足を引きスカートの裾を少し上げて膝を曲げる。


「エミリア・フィアロッドと申します。幼い頃から前フェンテヒュドール侯爵から孫のように可愛がっていただいたのが御縁で、ルーフェイスアルド様とお付き合いさせていただいていたのですが……」


 私はスカートから手を離し、その手をルーフェイスの腕に絡めた。


「先日、婚約を結びましたの」


 そう言って、ニコリと微笑む。私の目は相手からはベールと髪で見えないので、さぞかし馬鹿にしたような笑みに見えたことだろう。


「私も婚約と同時に祖父が持っていたヴァイスアスール伯爵の爵位を譲り受けましたので、これからはヴァイスアスールと呼んでください」


 ……え?聞いていないけど?っていうか伯爵位を譲られたって……いや、ちょっと待って、これは何が起こっている?


 私の頭が混乱を極めている中、言いがかりを付けてきたご令嬢達はすごすごと去っていった。

 前フェンテヒュドール侯爵から可愛がられている、以前からの恋人が婚約者となり、爵位まで譲られたという報告をされれば、誰だって去っていくだろう。

 この話は元からまとまっていた事なのだろうと。


 だが、私は納得していない。手に持っていた煌びやかな装飾が施されている扇を広げ、口元に持ってくる。


「聞いていませんが?」


 ルーフェイスにしか聞こえないように小声で話しかける。


「話していませんでしたから」


 ルーフェイスは私の腰を抱き寄せ内緒話でもするように耳元で答える。その行動に黄色い悲鳴が周りから出てきた。


「その前に意味がわからないのですが?」


 私とルーフェイスは仲のいい恋人を装い歩き出す。好奇心に満ちた視線を受けながら。


「わからないですか?」

「この偽装婚約で何故、爵位の譲渡が行われるのです?」


 そうこれは独り立ちを意味し、本当の婚約者と婚姻し家庭を持つことが含まれる。


「婚約届にサインをしたではないですか」


 した。したけれど、それは今回の舞踏会を乗り切るための偽装。


「別に恋人役だけでは婚約届は必要ないことぐらい馬鹿でもわかりますよね?」

「わかっていましたよ。ですから、最初拒否したではないですか」


 私はきちんと否定した、だけど国王と宰相のサインで提出すると言われてしまえば、私がサインするしか無かっただけだ。

 ん?これはさせられた?


 いやいやいや。これだとおかしな話になってくる。ルーフェイスは私と婚姻してもいいと考えていたということになる。


「聞きたいのですが、何故婚約届を出してきたのですか?」

「そうですね。エミリアの目は虚偽を見破るからですか」


 意味がわからない答えが返ってきた。確かに私の目は魔眼だけれども、私は何も見抜いてはいない。それを聞こうとすると、会場に入場する順番になってしまったようだ。


「ルーフェイスアルド・ヴァイスアスール伯爵様!エミリア・フィアロッド子爵令嬢のご入場です!」


 扉の近くにいる案内の男性が私達の入場を大声で言う。その言葉に会場がざわめき出す。聞いたことがない伯爵の名をだされたので、ざわついているのだろう。


 困惑を押し殺し私は口元に笑みを浮かべ、開けられた扉の光満ちる世界に一歩踏み出す。


 光が満ちた世界は魔境だった。驚愕する目。奇異な者を見る目。気味が悪い者を見る目。そんな視線に溢れ、その中から殺気のような視線も見受けられた。私はそちらの方に顔を向け、ニッと笑んでみせる。


「挑発しなくてもいいですよ」

「ただのストレス発散です。伯母の言う通りですね。赤の悪魔の血族は嫌われものだと」


 そう人を惑わす悪魔の瞳と言われる赤の悪魔。私は瞳を隠しているけど、先程の令嬢たちが言っていたようにこの鮮やかな赤い髪はグレーメイア伯爵家の一族の証だと言われている。あの父に似た英雄殿も赤い髪に金目なので、本人は平民だと自称しているが、恐らくグレーメイア伯爵家の血が混じっているのだろう。でなければ、平民で英雄と呼ばれる程の力を手に入れられるわけがない。


 グレーメイア伯爵家には色々逸話がある。人とレッドドラゴンとの間に生まれた者の子孫だというのが一番の定説だが、定かではない。


「エミリアの良いところは私だけが知っていればいいのですよ」


 だから、キラキラ笑顔を向けないで欲しい。心臓に悪すぎる。

 私はドキドキを抑えるために、周りを見渡す。おや?知っている顔ぶれがいくつかある。

 これは、動き出すということか?


「アルド様。部隊長が面白い格好していますよ」


 私は甲冑に身を包んだ一人の近衛騎士に視線を向ける。


「どこですか?」


 あ、全身を甲冑で覆っているので、わからないのか。


「あの柱の影にいる近衛騎士です。何か聞いていますか?」

「ええ、暇だから遊びに行くとは聞いています」


 絶対に違うでしょう!隊長からはウキウキ気分が漏れているので、暴れる気満々だと受け取れる。


「部隊長に釘を刺しておかないと、暴走しそうですよ?」

「そうですか、後で締めておきましょう」


 そう言って綺麗な笑みを浮かべるルーフェイス。その笑みを見た数人の肩がビクリと揺れた。何かが、オカンの気にふれたのだとわかったのか、そそくさとその場を離れていく。


 そんな他愛もない話をしているとヴァンウラガーノ公爵令嬢の入場を知らせる声が響く。

 入ってきた令嬢は長い金髪をドリルの様に巻き、空のような青い瞳は長い金色の長いまつげに覆われ、グラマラスのボディーを見せつけるようなマーメイドラインの金色のドレス。

 あ、うん。全体的に目が痛い。その横には冴えない感じの男性を連れていることから、自分の美しさの引き立て役という感じなのだろう。


 そして、最後に王太子アルフォンスエストの名が呼ばれ、白金の髪のキラキラした甘いマスクの正に王子様という感じの人物が登場してきた。

 この見た目だけでは、ヤバい性格だとは伺い知ることはない。その王太子は勿論一人での御登場だ。


 一応名目は私が言っていた王太子のヨメ探しではなく、王太子の誕生パーティーだ。ここには未婚の女性が集められた。だたそれだけ。


 その王太子に話しかけられ、ダンスに誘われれば、断ることはできない。一番最初に王太子に声を掛けられたのは勿論婚約者候補筆頭のヴァンウラガーノ公爵令嬢だ。


 その公爵令嬢の手を取り、誕生パーティーの開催を宣言する王太子。

 ヴァンウラガーノ公爵令嬢の顔には張り付いた笑みを浮かべてはいるものの、若干逃げ腰だ。本当に王太子が苦手らしい。


 アルフォンスエスト王太子はヴァンウラガーノ公爵令嬢の手を取ったままホールの中央まで行き、ファーストダンスを踊り始める。次いで高位貴族が混じっていくのだが……え?行くのですか?あんな目立つホール中央に?


 あ、いや、わかっている。ここでは令嬢や子息が多くいるため、伯爵の爵位の方が上だということも、フェンテヒュドール侯爵令息であるルーフェイスが行かなければ、次の者が行かないことも。

 ああ、ここにアリシアローズ様がいない事が痛い。アリシアローズ様が居れば公爵令嬢とアスールヴェント公爵令息が先に行っていたはずなのに!


 私は口元には笑みを浮かべ、目は死んだ魚のような目をして、ホールの中央に向かっていく。

 そして、ルーフェイスに手を取られ、腰に手を添えられ踊りだす。


 肝心のダンスの方だが、この一ヶ月の練習のお陰で問題なく踊れるようになっていた。


 で、横目で睨んでくるヴァンウラガーノ公爵令嬢の視線が痛い。私に視線を向けなくていいから、イケメンの王太子殿下に視線を向けたほうがいいよ。その方が絶対いい。

 なんか王太子殿下が怖い。


 いや、ヴァンウラガーノ公爵令嬢もそれがわかっているから王太子殿下に視線を合わせないのだろうか。



 そして、ファーストダンスが終われば、他の人達が自由に踊りだす。私は1曲が終わったので、ホール中央から去ろうとすれば、ルーフェイスが動く気がないのか、その場に留まっていた。


「え?1曲終わりましたよ?」

「そうですね」


 早く立ち去らないと、2曲目が始まってしまう。私が手を引くも動く様子がない。

 私は焦ってきた。普通は2曲連続で踊ることはない。


「婚約者ですから問題ないですよ?」


 偽装だから!問題あるから!私の心の叫びも虚しく、2曲目が始まってしまうのだった。



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