第2話 独身貴族を謳歌しようって言ったじゃないですかー


 私は自分の部屋に入って一抱えする程の箱を持ち上げる。そして、ふと目の先にある鏡が目に入った。

 そこには赤いボサボサの頭に前髪は長く、その前髪の隙間から薄暗い瞳が覗き込むように見え、ぱっと見た目では貴族の令嬢には見えない姿だ。後ろ髪は長いものの、ぐしゃぐしゃという感じで丸めてとめているので、小汚い感じに仕上がっている。これは女というより、新生物と言っていい見た目だった。

 普通であれば、近寄りたくない風貌だ。今日も完璧な装いに満足して、私は大きめの箱を持って部屋を出て、通ってきた廊下を戻っていく。


 ここには多くの扉があるが、ほとんどの隊員は自室の中で過ごしている。普通に部屋を出てウロウロしているのは、私を含めて片手で数えるしかいないだろう。因みに私は実家通いだけど、私物を置くのにこの部屋を使用している。


 そんなおかしな連中が住み込む宿舎を出ると、麗しの副部隊長が私が出てくるのを待っていた。

 本当に見た目だけはいい。この副部隊長に言い寄っている女性はきっと副部隊長の恐さを知らないから、付きまとっているのだろう。


 なぜ、男嫌いの私が副部隊長の行動を無視できるか。普通であればこの蛆虫が!と罵っていただろう。

 それは、付き合っている女性は本当にいないからだ。貴族となれば最低限のお付き合いという物が発生してくる。それをルーフェイスアルド・フェンテヒュドールという人物はしているのに過ぎなかった。


 お茶をご一緒しませんかとか、当たり障りのないことから貴族の女性たちは誘ってくるらしい。


 貴族のという面倒くさい最低限の付き合いを誘われれば家という体裁を守るために誘いに乗っているそれだけだった。その時の副部隊長であるルーフェイスアルドの顔は綺麗な笑みを浮かべている。そう、機嫌が悪い時の笑みだ。それを女性たちは勘違いしてしまう。もしかして、自分の事を彼は好きなのではないのかと。


 恐らく御年21歳になる副部隊長はあまり女性にいい印象をもっていないと思われる。だから、不機嫌を隠す為に綺麗な笑みを浮かべているのだろう。今の様に……怖い。


「ふくちょー。おまたせしましたー」

「なんです?その大きな箱は?」


 副部隊長は変なものでも贈るつもりなのかと疑っているのだろう。


「これはー、第8師団長の好物ですぅー!敬愛するアリシアローズさまに変な物は贈りませんよー」


 その言葉を聞いた副部隊長は踵を返して、騎士団本部の建物に向かっていく。騎士団の敷地はかなり広いがはみ出し者の集団である第0部隊は一番端に存在するため、かなり歩かないといけない。


「ふくちょー。ありがとうございます!ダンスは踊れないので舞踏会では私は壁と同化しておりますー」


 副部隊長は笑顔でお礼を言う私の頭を鷲掴みして、自分の方に向かせてきた。まぁ、私が笑顔でも顔は見えないし、私の顔を強引に向かせても私と目を合わすことはできない。


「ふくちょー。首がもげそうですー。身長差を考えてくださいよー」


 私は副部隊長の肩程しかない身長で無理やり斜め上に向かされたので、首がグキッとなる。しかし、副部隊長は機嫌が悪いままなので、綺麗な笑顔を私に向けてきた。


「公爵令嬢と伯爵令嬢の相手を任せろっと言っておいて、その言葉が出てくるのですか?」


 相手はするけど、私は子爵令嬢であり騎士に成るために剣を振るってきたので、貴族の令嬢としてのスペックはかなり低い。ダンスは基礎の基礎でワルツしか踊れないのが実状だ。


「だって、父ちゃんを目標に頑張ってきた私にはダンスを踊るという選択肢は無かったですぅー」

「選択肢が無かったのでなく、覚える気が無かったの間違いでしょう?」

「てへ」


 首を横に傾けて副部隊長の手から逃れた私にとんでも無い言葉が降ってきた。


「そうですね。今日から一緒にフェンテヒュドール侯爵邸に帰りましょうか」


 そのとんでも無い言葉に思わず私の足が止まる。そして、私を振り返りながら見ている副部隊長は冷たい笑みを浮かべていた。


「舞踏会までの一ヶ月間、ダンスの特訓と貴女の馬鹿な頭に最低限の知識を叩き込みましょう。ああ、夕食も付けてあげますよ。マナーがなっていない貴女には丁度いいでしょう」


 酷い。絶対にこれは完璧に怒っていらっしゃる。何?仕事が終わったあとまで、上官と顔を合わせて、ダンスに勉強にマナー!嫌だ嫌すぎる。


「ふくちょー。今回の話は無かったことに……」

「遠慮することはありません。私が直々に指導してあげましょう」


 私はジリジリと下がり副部隊長との距離を取る。このオカンは口だけじゃなくて、手も出てくるから嫌だ!絶対に小姑の様に重箱の隅を突くような事を言ってくるに違いない。


「統括騎士団長を訪ねるついでに、第1師団長の許可を取ってきましょう。貴女のバカさ加減を嘆いておられましたので、きっといい返事がもらえることでしょう」


 そう言いながら、副部隊長は私に素早く近づいてきて首根っこを持って歩き出した。そうなると、足を引いていた私は副部隊長に引きずられる格好となる。せめて人間扱いをして欲しい。


「ふくちょー!歩きます!歩きますから!」


 私の言葉が聞こえていないかのように進み続ける副部隊長。


「ふくちょー!実は私、歩けるのです!二本の足で歩けますよ?」

「知っています」


 これ以上副部隊長を怒らせたくない私は、後ろに引きずられながら進むしかなかった。





 騎士団本部は、師団の団長と副師団長が詰めているところだ、各師団は1万規模のため、ほとんどが任された駐屯地に詰めている。今はゆっくりとした時間が流れているけど、私が父にへばりついて付いていっていた頃から2年前までは目まぐるしい程に騎士たちは魔物討伐に駆り出されていた。

 因みに私が強くなったのは実践で鍛えられたからに過ぎない。


 騎士団本部の中をやっと人として歩くことができるようになった私は、少し機嫌の戻った副部隊長と共に歩いている。

 そして、その前方に赤い短髪の筋肉ムキムキの人物を発見した。


「えいゆーどのー!!」


 父ではない。背格好が似ているが父より少し年下の人物の背中を見つけ駆け出す。彼は英雄という称号を得ながら歩く災害という相反する二つ名を持つ人だ。この英雄に声をかけたのには訳がある。決して父に似ているからではない。

 彼は私が訪ねようとしていた第8師団長の副師団長にあたる人物だ。

 大抵、第8師団長と共に行動している。


「えいゆー殿!久しぶりに血肉沸き踊る狩りに行きましょう!」

「おう!エミリア嬢か。それは師団長の許可がないと無理だな」


 普通はこうだ。自分の行動は上官の元に管理されていると、認識するべきだ。ということは私の行動が普通から逸脱していることがよくわかるだろう。そして、私の上官から拳骨が降ってくる。


「いったーい!ふくちょー、痛いです!」

「お騒がせしました。第3師団長、第8師団長」


 そう言って副部隊長は英雄の影で見えなかった二人に頭を下げている。別に私は気づかなかったわけではなく、馬鹿な者の行動をとっていただけだ。


「アリシアローズ様!」


 私は黒髪に黒目の可愛らしい女性に声を掛ける。見た目は本当に日本人だけど、どうも彼女の祖母が日本からの転移者らしい。


 そして、私は抱える程の箱をアリシアローズに差し出す。


「グヘヘヘ、お代官様これは黄金色の肉でございます。お納めください」


 時代劇風の悪者を演じながら、箱を手渡す。受け取ったアリシアローズも口元をニヤリと笑うように上げて言葉を返した。


「お主も悪よのぅ。越後屋」

「グヘヘヘ……」


 そう、彼女も前世の記憶という物があるらしい。そんな私とアリシアローズの小芝居に3つの冷たい視線が突き刺さる。


「いつも思うがこれは何をしているんだ?」


 この小芝居を傍で毎回見ることになっている第8副師団長から呆れたような声が出てきた。


「フィアロッド班長!いったい何を渡したのですか!また怪しいものですか!」


 他の師団長に変なモノを贈ったのではと感じた副部隊長が慌てて私の肩を掴んで揺さぶって来た。首がガクガクするから止めてほしい。


「え?普通にドラゴンの熟成肉です。父ちゃんと散歩中に遭遇したエンシェントドラゴンの肉を母ちゃん特製のスパイスに漬けて半年寝かせた、香り豊かで甘い脂のほっぺが落ちるほど美味しいお肉です」

「紛らわしい!普通に渡しなさい普通に!」


 公爵令嬢であるアリシアローズが悪ノリしてくれるなんて滅多にないので楽しんでいると言えばそうなのだけど、まぁ、私も彼女も色々思う事があるということだ。


「ふくちょー。これ市場に出すと金貨100枚相当なので、いくら師団長だからって毎回金貨100枚を出してもらうのは気が引けます」

「どうしていつも、どうでもいいところに常識を持ち出すのですか!それに贈り物に対価を求めてどうするのです!」


 オカンはまたブチ切れ寸前だ。言葉は荒いが顔は綺麗な笑みを浮かべている。


「フェンテヒュドール副部隊長って損な役回りだよな」


 第8副師団長からこんなバカを相手にしなければならない副部隊長に憐れみの言葉が出てきた。


「第0副部隊長。エミリア嬢とは物物交換をしている仲なので、そこまで怒らなくてもいい」


 アリシアローズの私を庇う発言に私とあまり身長の変わらない彼女に抱きつく。


「そうですぅー。ふくちょーはガミガミ言い過ぎですぅ。アリシアローズ様」


 私は副部隊長に文句を言ってから、長い前髪の隙間から彼女を見る。


「どうして婚約されたのですかぁ?私達独身貴族を謳歌しようって約束したじゃないですかぁ。ぽっと出の輩に横取りされた気分ですぅ」


 私はそう言いながら銀髪の冷たい青い瞳を私に向けてくる第3師団長を睨みつける。副部隊長と同じく超絶にイケメンだが、その瞳は全てを拒絶するように温度が無かった。

 副部隊長は常に笑みを浮かべているが、この男は表情筋がないのかと思うぐらいに無表情だ。


 私が第3師団長に噛み付こうとしたときに、思いっきり後ろに引っ張られ、副部隊長に猫の子のように釣り上げられてしまった。


「フィアロッド班長。再教育を行うこと、覚えていますよね。覚悟しておきなさい」

「ふくちょー。私、死にたくありません!」


 凄く身の危険を感じ、イヤイヤと首を振り、ふと思いついた。


「アリシアローズ様が私にダンスを教えてくれば解決ですぅ!」

「ダンス?」


 アリシアローズは何故ダンスという言葉が出てきたのだろうと不思議なのだろう。


「一ヶ月後にある、なりふり構っていられなくなった王様のおーたいし殿下のヨメ探しの舞踏会ですぅー。アリシアローズ様も招待されていますよね」

「それは来た早々国王陛下に突き返した」

「第3師団長!それは権力の横暴ですぅ!ついでに私のも……うぎゃ!」


 私はまたしても無言の副部隊長からの拳骨を食らった。


「それにアリシアは婚約者としてアスールヴェント公爵邸に住んでいるから、アリシアがお前にダンスを教えることはない」

「可愛らしいアリシアローズ様を自分のものにしてしまおうという何てゲ……うっ!ふくちょー。そろそろ私の脳細胞が死滅しますぅー」


 本気で私は自分の脳細胞の心配をしてしまった。これは細胞一つ残らず死滅するのではと。


「使っていない脳細胞など無いのと同じ事です」


 酷い言われようだ。これでも頭をフル回転させている。どう馬鹿な女を演じるかにだ。


「私の事をエミリア嬢はかわいいと言うが私はエミリア嬢の方が可愛らしいと思うが?」

「「「どこが?」」」

「アリシアローズ様に褒められましたぁー」


 男共の非難の視線が私に突き刺さった。普通であれば怒るところだろうが、私は内心ほくそ笑んだ。私の考えは間違っていなかったと。



 副部隊長からさっさと第0部隊の詰め所に戻るように本部から追い出された私だが、肝心な事が伝えられていないので、窓から侵入し再びアリシアローズを探し出す。そして、第3師団長と仲が良いように一緒にお茶を飲んで居るところにお邪魔した。


「失礼します。アリシアローズ様」

「お前、追い出されたはずだよな」


 第3師団長の言葉を無視して、第3師団長の隣に腰を下ろしているアリシアローズの側に寄る。


「諜報部からの話で気になることがあったので少しよろしいでしょうか?」


 私の話し方にお前誰だという視線を向けてくる第8副師団長。視線が煩い!


「なんだ?」


 私はアリシアローズの耳元で小声で話し出す。


「地下組織に異様な動きが見られるそうです。『女帝ソフィア』の行方不明とそれに代わって『武王ライオネル』が王都に居を構えました。なんでも『女帝ソフィア』が仕出かしたことの後始末らしいです。私は諜報部から外されていますので、直接『武王ライオネル』の動向を探れませんが、お気をつけてください」

「後始末か?」

「ええ、後始末です。アリシアローズ様に何かあるとは考え難いですが身の回りに気をつけてください」


 それだけを言って私は立ち上がる。


「お前、普通に話せるではないか」


 相変わらず表情が浮かんでいない第3師団長が私に言ってきた。


「えー!なんのことですぅー?それから私がクソ野郎と判断したらアリシアローズ様がなんと言おうが、ぶっ殺して差し上げますぅー!」

「その時は返り討ちにしてやろう」


 それはどうかな?私は見えないと思うが不敵な笑みを浮かべる。


「わたしーそこにいる、えいゆー殿並みにチートなんで、私が本気出すと周囲一帯が灰燼と帰すので覚悟してくださいね」


 私はアリシアローズを不幸にすると私が天誅を下すと第3師団長を脅して、その場を去っていったのだった。


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