第3話 『きゃー!これが噂の壁ドン!!』

 私は貢物を贈るという口実で、必要なことは伝えられたと、自己満足し第0部隊の詰め所に戻っていく。戻って何をしているかと言えば、今は諜報部が集めてきた情報を整理しているのが私の仕事だ。

 時系列通りに順序立てて書き写すぐらい馬鹿でもできるだろうという副部隊長の采配だ。

 勿論、そんなことはできるので、微妙に誤字を出しつつ、報告用紙の端にパラパラ漫画を書きつつ束になった報告書を提出するのが、私の仕事だ。


 最後はいらないって?部隊長には好評だ。まぁ、結局書き直しを副部隊長から命じられることになるのだけど。


 その作業部屋の扉に鍵を差し込み回すが、何も手応えがなく回ってしまった。秘密保持のため、この作業部屋は常時鍵を掛けているはずなのに、開いている……私は嫌な予感がしながら、そっと扉を開ける。


 長い青みがかった銀髪を視界に捉え、思わず扉を閉める。早い、早すぎる!確か統括騎士団長のところに寄ってから、父のところに行くと言っていなかっただろうか。


 私はガシリとドアノブを持ち固定する。中からドアノブの回そうする力が加わるが、私はそれを許さない。

 というか、なんで私の作業部屋に副部隊長が来ているわけ?


 すると、ドアノブにかかる力が無くなったが、突如として殺気をぶつけられ、思わず距離を取る。私が扉を離れた瞬間に扉が扉の意味のなさないように瓦解した。

 正確には副部隊長の剣で切り刻まれたのだ。


「何をしているのですかねぇ?」


 そこには冷たい笑顔の副部隊長が立っていた。私はジリジリと逃げ腰で下がって行く。が、副部隊長が一歩踏み出したところで、方向転換し脱兎の如く逃げだす。これは生存本能だ。今逃げなければいつ逃げるという心境に陥った結果だ。


 詰め所の廊下を走り、もう少しで出口の扉に手がかかるというところで、目の前が見慣れた黒い隊服を着た腕に前方を塞がれ、壁に両手を付かれ逃げ場がない状態にされてしまった。

 これが、ラブコメなら『きゃー!これが噂の壁ドン!!』と内心萌えているところだろうが、私の心は恐怖心に満たされていた。


「確か、貴女の方が先に詰め所に戻ったはずですが、私より遅いとはどこで道草をくっていたのですかね?」


 機嫌の悪さがひしひしと感じられ、俯いて視線を合わせないようにする。まぁ、私と視線が合うことはないけれど。


「えーっと。鳶に油揚をさらわれたので、威嚇してたのですぅー」


 すると頭を鷲掴みにされ、ゴリゴリと締め上がられた。


「痛い!痛いですぅー、ふくちょー!」

「また、誰かに喧嘩を売っていたのですか!よくわからない言い訳をせずに、今の貴女のすべきことはなんですか!」


 私のすべきこと……それは。


「ふくちょーが壊した扉を直すことです!いたっ!」


 機密保持は大事だと思う。まだ、書き写していない報告もあるし。なのに、その答えが間違っているかのように頭を叩かないでほしい。


「逃げようとしたことを謝ることですね」


 そう言いながらどこからかロープを取り出し、私をぐるぐる巻にした。しかし、こんなロープなど私にかかれば……


「抜け出すと、次は鉄線になりますよ」


 それはトゲトゲがついていたりしますか?しかし、なぜ私はぐるぐる巻きにされなければならないのだろう。腕も胴体と一緒に縛られているため、これだと仕事ができない。


「ふくちょー。これだと仕事ができないですぅー」

「必要ありません。これから貴女は連行です」


 連行……何処に!!


「私、牢に入れられるほど悪いことしてませんよー。ふくちょー、私を売り飛ばすのですかー」

「はぁ。なぜ、牢に入れられることが、売られることになるのですか」


 ため息と共に呆れた声が降ってきた。え、それは最近王都に入ってきた『武王ライオネル』の手口だからだ。無い罪をまるでその人物が起こしたように装い、牢に入れ、出たかったら金を払え、払えなければ身を売れという違法な人身売買がこの国の地下深くで行われているのだ。あ、本当に地下でやっているわけではなく闇組織という意味合いだ。


「フェンテヒュドール侯爵邸に強制連行です」

「は?今から?」

「今からですよ」

「ふくちょー!仕事が終わってからと言いましたー!ふくちょーはうそつきですぅー!ふぐっ!」


 また、叩かれてしまった。私の脳細胞は残りどれだけ生き残っているだろうか。


「第1師団長に許可をもらいに行きますと、大いに鍛えてくれればいいと言われましてね。貴女に常識というものを叩き込むのは仕事が終わってからでは足りないと、隊長と相談して1ヶ月の長期休暇をもらいましたよ」

「父ちゃんに売られたー!それから、勝手に私の有給を消化しないでくださいよー」

「大丈夫です。あと20日ほど残っていますよ」


 私はロープでぐるぐる巻にされたまま、フェンテヒュドール侯爵邸に連行されたのだった。




 私はお湯がいっぱいに張られた湯舟の中に入れられ、沢山のメイド服を着た人たちに囲まれ、洗われている。いや、毎日お風呂には入っているからそんなにゴシゴシしなくても汚くないよ。


 湯船の中に浸かりながら私は考えた。このまま馬鹿な女の演技を続けるか。本来の私の姿でいるか。


 問題は馬鹿な女の演技を続けるとオカンの拳骨が大いに降ってくるだろうという問題だ。そう、私の脳細胞が死に絶えるという問題。


 これは一択だろう。あのルーフェイスアルド・フェンテヒュドールという男は女という生き物を恋愛対象に見ていないフシがある。といって、男色かといえば違うだろうが。いや、私が知らないだけで、BとLなのかもしれない。

 そこまでルーフェイスアルドという人物に興味がないので、調べてはいないため、その辺りは未知数だ。


 それにルーフェイスアルドは私を珍獣かなにかと思っているところがあるので、子爵令嬢としての私でもオカン体質で小言は言ってくるかもしれないが、女として見ることはないだろう。

 よし、そうと決まれば私の脳細胞のために、方針転換をしよう。



 と心に決めたけど、このドレスはなんだろう?確かに私は凹凸がないスレンダーな体型だ。だからといって子供用のフリフリのドレスを着せられても困ってしまう。


「私、これでも18歳になるのですが、もう少し、おとなし目のドレスはありませんか?」


 確かに生地はよく、一昔に流行ったドレスの形をしているので、誰かのお古だと思う。だけど、18歳の私がリボン増し増しのフリルふわふわでそれも膝丈サイズ。これ絶対に私のこと子供だと思われているよね!確かに私の背は低いけど、18歳だよ18歳。


「これは大旦那様からのご要望でして、フィアロッド子爵令嬢のご年齢は存じておりますが『孫にじーちゃんと呼ばれたい』というわがままを」


 孫じゃないからね。私の祖父は父と同じ厳つい赤髪のおじいさんで、爵位を息子の長男に渡してから、悠々自適の隠居生活を送っているはずだ。

 だから、決して青みがかった銀髪の60歳は過ぎているのに40歳ほどにしか見えない人物ではない。


 そう、そこでウキウキとした感じで私の姿を見ている若作りの老人だ。


「エミリアちゃん。じーじだぞー!」


 両手を広げて私が来るのを待ち構えている老人だ。


「師団長さん。私の祖父は厳つい武人です」

「師団長はアイツに譲ったから、じーじと呼んでくれ」


 そう、この人物は父の前の第1師団長の地位にいた人物であり、幼い私を知っている人物でもある。


「嫌ですよ。そんな風に呼べば、頭がもげるかと思うぐらいに撫で回したり、高い高いしてやると言いながら、建物よりも高く飛ばされるではないですか」

「相変わらずエミリアちゃんは冷たいな」


 相変わらず……それは、幼い私が素の姿で過ごしていたことを示していた。


「それで、男嫌いも治っていないのかな?」

「治る見込みはありませんね」

「あの孫はどうなんだ?」


 あの孫、副部隊長のことだろう。


「馬鹿な女に再教育しようと躍起になっているルーフェイスアルド様にどういう感情を抱けとおっしゃるのでしょう?」

「それでも孫には気に入られているのだろう?あやつは気に入らない者は綺麗に無視するからなぁ」


 知っている。当たり障りのない返事をして避けていくのを何度も見ているので、オカンが構っている分には嫌われてはいないという証拠だ。


「ほれ、じーじの膝の上に来るがよい」


 そう言って、40歳ぐらいにしか見えない前フェンテヒュドール侯爵がソファに座っている自分の膝をトントンと叩くのだ。何がホレだ。


「エミリアちゃん。最近クロードの奴が愛しの孫ができたんじゃと自慢してきて悔しいのだ」


 その噂話は私の耳にも入ってきている。愛しの孫とはアリシアローズのことで、アリシアローズの祖母のことを好きだった、前アスールヴェント公爵が自慢しているらしい。そう、あの無表情の第3師団長の祖父にあたる人物のことだ。

 因みに前フェンテヒュドール侯爵と前アスールヴェント公爵はよく似ている。それは双子だからだ。そして、双子の弟はフェンテヒュドール侯爵家に養子に出されたのだ。だから、第3師団長と副部隊長は同じ様な銀髪だ。昔はよく後ろ姿で間違われていたので、第3師団長は銀髪を後ろで一つに結うようになったらしい。


「じーじのお願いを聞いてくれれば、ルーフェイスに言ってやれるぞ。エミリアは賢いから勉強はしなくてもいいと」


 その言葉に私はフラフラとルーフェイスアルドに似た人物のところに寄っていく。


「じーじ。エミリアはか弱いから、頭ぐりぐりはやめて欲しいな」

「わかったぞ」

「高い高いも天井に突き刺さりそうだからやめて欲しいな」

「それも駄目なのか?」


 駄目に決まっている!渋々頷いた、若作りの老人の膝の上にちょこんと座る。……ちょっとまって欲しい。確か外孫に伯爵令嬢がいたはずだ。かわいい孫はそっちに任せていいのではないのだろうか?


「そう言えば、ザックライヤー伯爵家にお孫さんがいらっしゃいませんでした?新緑のような綺麗な髪をぐるんぐるんに巻いたご令嬢が」

「あれは、可愛くない方の孫だ。会う度に何か物をねだってくる。誰に似たのか最近は金もせびるようになってきたのだ」


 うん、まぁ。貴族の令嬢となれば、身なりに金を掛けようとするので、金の工面が大変な人たちもいると耳にしたことがある。私には関係のないことだけど、私は身なりをどう劣化させるかにしか興味はない。


「師団……じーじ、私もおねだりしようかなぁ」


 師団長と言いかければ、なぜ、機嫌が悪くなるのだ。そんなにじーじ呼びがいいのか?


「エミリアちゃんは何が欲しいのかな?新しい武器かな?それとも魔導具かな?」


 私を孫と言いつつ、戦いに必要なものを提示されるのどういうことだろう。孫というなれば、もう少し可愛いものを例として挙げないだろうか。まぁ、私はもらって嬉しいものだけど。


「エミリアはお馬さんがほしいなぁ。ここから速攻に逃げられる足の速いお馬さん」

「それは今すぐは無理だな。ルーフェイスも来てしまったようだしな」


 先程から嫌な気配が近寄ってくるのを感じていた。副部隊長が怒っている気配だ。まだ、機嫌が直っていないらしい。


 そして、使用人の人が副部隊長の入室を言葉にして、扉を開けた。この言葉は私に言ったわけではなく、ここにいる前フェンテヒュドール侯爵に言ったのだろう。


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