上官に恋人役を頼んだら婚約届を渡された件
白雲八鈴
第1話 恋人役を引き受けてくださいよー
「ふくちょー。行くのが面倒なので行きたくないのですが、強制参加なんですよー」
私はピラピラと金縁の豪華な招待状を上官にみせる。上官である副部隊長は怪訝な表情で手元の書類から私の方に視線を向けた。
「恋人をとっかえひっかえしている、ふくちょーにこくおー様主催のパーティーのパートナーお願いしていいですかー?」
「失礼な物言いですね」
確かに失礼な物言いだけど、ここに配属された私はこんな言い方で通っている。
「本当の事じゃないですかー。3日前も『私のことは本気じゃ無かったの』って刺されそうになっていたじゃないですかー」
そう私は上官である第0部隊の副部隊長に舞踏会のパートナーをお願いしているのだ。
その副部隊長は長い青みがかった銀髪を背中に流し、魅惑的な菫色の瞳をもった麗人と言っていい人物だ。そして、非常にモテるのだが、決まった恋人は持たずに、来るものを拒まずという感じなのだ。
何故そんな遊び人のような人物にパートナーを私がお願いしているかといえば、私が持っている招待状が問題だったのだ。
「だってカワイイ息子の嫁探しに貴族の末端の私にまで招待状がくるって、もう手当り次第感満載ですよねー。必要ないと思いますけどー。ほらこの前の諦めきれない伯爵令嬢の牽制役引き受けますからー。仲のいい恋人役引き受けてくださいよー」
「なんですか?仲のいい恋人役とは?」
怪訝な視線を私に向けてくる上官にこれ見よがしに豪華な招待状を突きつけた。
「おーたいし殿下のヨメ探しの招待状ですぅ!私の夢はとーちゃんの様な立派な騎士に成ることで、貴族や王族のヨメになることじゃないんですぅー」
「貴女のどこに立派な騎士の要素があるのか甚だ疑問ですね」
副部隊長は私にゴミ虫でも見るような視線をくれたが、それぐらいでは私は負けない。
「もう少し身なりを整えたらどうなのですか?」
身なりと言われて私は私の着ている隊服を確認する。第0部隊専用の真っ黒い隊服はビシッと決まっている。アイロンは毎日掛けているので、ズボンの折り目もバッチリだ。
「完璧です!」
すると副部隊長から尖ったペン先が飛んできた。それぐらい余裕で避け、不服そうに頬を膨らます。
「ふくちょー。酷いですぅ」
「酷いのは貴女の髪型です。なんです?その長い前髪にぐしゃぐしゃに結った髪は……いつも言っていますが、暗部の第0部隊だろうが、身なりはきっちり整えてください」
「たいちょー、言われていますよー」
私は書類を見るのに飽きて、部屋の中でスクワットをしている上半身裸の人物に声をかけた。
「あ?窮屈な服を着て筋肉が鍛えられるか!」
その人物は金髪を後ろに撫でつけた髪型を癖のように手ぐしで後に流しながら、榛色の瞳を向けて言ってきた。部隊長は筋肉もりもりというよりは、しなやかに身体のバランスを考えて鍛えた身体をしていた。筋肉は鍛えすぎると重量が増すので、その辺りを重視していると偉そうに以前話していたのを思い出す。
「部隊長には言っていません。鳥の巣のような頭をしている貴女に言っているのです」
確かに私の前髪は顔全体を覆うように長く、目も髪の隙間から片目が見えているぐらいだ。そして長い後ろ髪をぐしゃっとまとめて一つにしているので、鳥の巣と言われるとそうかもしれない。
「ふくちょー。私の髪は赤色なので、毛糸ぐらいがいいと思います。それにいつも通りで完璧です!たいちょーもそう思いますよね」
「いつも通りだな」
部隊長にいつも通りと言われた私の髪は、金髪であれば鳥の巣でも納得できるが、色は鮮やかな赤色だ。目立つことこの上ない。
「はぁ」
副部隊長から大きなため息がこぼれ出てきた。まぁ、いきなり舞踏会の招待状を見せられて、パートナーになってくれとは納得できないのだろう。
「なぜ、私なのですか?他に人がいなかったのですか?第1師団長には相談したのですか?」
第1師団長。それは私の父親のことを言っている。そんなことは勿論。
「相談なんてしてないですよー。ほら、最近第8師団長さんが婚約されたじゃないですかぁ。私達独身騎士の筆頭だったアリシアローズ・フォルモント公爵令嬢さま!その方が婚約されたから、かあちゃんが私もいい加減結婚しろと言ってくるのですぅー。下手な人を選ぶとそのまま結婚させられそうじゃないですかぁ。でもフェンテヒュドール侯爵の三男と子爵令嬢ってどう考えてもないですよねぇ」
私が高位貴族の侯爵令息と子爵令嬢の身分差では周りの人達は本気とは捉えられない。だけど、この舞踏会の間の仲のいい恋人を演じれば、この窮地を脱することができるのだ。
「フィアロッド班長。普段からそれぐらい頭を使ってもらいたいものですね。馬鹿な貴女が考えたにしては、道理が通っています」
その言葉を聞いて私は副部隊長の執務机に寄りかかって、招待状を副部隊長の右手に握らす。
「バカ力を加減しなさい!それから、私は了承していませんよ」
えー!これだけ言ってもだめなのか。
「御年22歳になる、おーたいし殿下の婚約者筆頭の公爵令嬢の牽制も引き受けますよー。あの魔術の実験に奴隷を使っているという噂があるマッドサイエンスおーたいし殿下から逃げる為にふくちょーに言い寄っているヴァンウラガーノ公爵令嬢の!」
「ほぅ。貴女に公爵令嬢と張り合う何があるというのですか?そもそもダンスが踊れるとは聞いたことありませんよ」
副部隊長から冷たい視線が降ってくる。ダンス。舞踏会には必須なステータスだ。私は右手を握り込み大きく掲げる。
「武闘は得意です!」
「お!俺も得意だぞ!」
「たいちょー!久しぶりに英雄殿をさそって、めくるめく楽しい狩りをしに行きましょう!」
「いいなぁ!いつが良い?」
部隊長と楽しそうに話す私の頭にチョップが降ってきた。
「いっ!」
「部隊長!そのようなふざけたことを言う暇があるのでしたら、一枚でも書類にサインをして欲しいものです。なぜ、私が部隊長の分のサインもしているのですかね」
副部隊長の低い声が耳に刺さってくる。そして、副部隊長の言葉を聞いた部隊長はニカリと笑って言い切った。
「この部隊に配属されたのが運の尽きだ」
「ふくちょー。運がないですねぇ。うぎゃ!」
今度は私の頭に拳骨が降ってくる。相変わらず副部隊長は容赦がない。
「いいでしょう。この件は引き受けてさしあげますよ」
副部隊長は綺麗な笑みを浮かべて私に言ってきたが、この笑顔を浮かべているときの副部隊長の腹の虫は最高に悪いときだ。
しかし、引き受けてくれるというのであれば、私は頷くしか選択肢はない。
「よろしくおねがいしますぅー」
すると、増々笑みを深める副部隊長。
「取り敢えず、私はこの書類を統括騎士団長に提出してきますので、詳しくはそれから話しましょう」
これは後回しにすると碌な事がないパターンだ。
「ふくちょー。本部に行くならついて行きますぅ。第8師団長さんにお祝いを用意しているのですぅー」
「何を用意しているのですか?また、とんでも無いものを人に渡そうとしていないですよね」
これはきっと1年前の事を言っているのだろう。
「大丈夫ですよ。あれはちょっとしたユーモアです」
「そんなことで、別の師団の部隊長に毒グモを送るとは如何なものですか?」
ふん!それはそいつが悪かったに決まっている。新人の女性騎士を泣かす輩に鉄槌をくだしただけだ。クソみたいな男は滅べばいい!だけど、それは言葉にせずににこりと笑って答える。
「ユーモアですよ。ふくちょー!」
「その問題点があるから、貴女は実力あるのに第0部隊に配属されたのですよ」
「うわぁー。たいちょー!ふくちょーが褒めてくれましたぁ」
「おう!良かったなぁ」
「褒めていません!」
私は例の物を取りに、自分に充てがわれた部屋に戻る。第0部隊は特殊な部隊だ。今現在、この騎士団には第1から第10の師団が存在する。
一師団は約一万人規模あり、その中で50の部隊に分かれている。
ただ、そこには第0部隊は含まれていない。第0部隊は逸脱した部隊だ。言わば、問題児集団と言えばいいのだろうか。脳筋の団長筆頭に、麗人の副部隊長がその力を振るえば氷の大地が出現し、ある者が戦地に立つと毒の沼が出現し、またある者が戦えば何もない荒野が出現する。
そう、人が持つ力としては強大な力を持つ者の集まりだ。しかし、それでも一般常識という物をもっていれば、戦力として各師団に配属されたのだろう。ただ、皆が一様に問題を抱えていた。
昼間には活動できないとか、酷い人見知りだとか、研究に没頭したいとか、まぁ変人が多いのだ。だから、第0部隊には各個人の部屋が用意されている。
で、私の何が問題かってことだよね。
私は重度の男嫌いということだ。第0部隊の者たちは私以外が全て男性だが、男性というより、変人という存在なので気にはしなくなった。
まぁ、副部隊長は常識人だが、この部隊をまとめるのに配属されたオカン体質の人なので、オカンがまた文句を言っているなとしか思わなくなった。
はっきり言って、この男嫌いは根深い。第1師団長を務める父親がどうこうではなく、もっと前の話だ。
そう、前世の記憶というものに由来する。
前世の私は非常に男運がなかった。どう無かったのか。
一番は父親だ。休みの日はパチンコ三昧。夜は毎日酒を飲み、機嫌が悪そうに周りに当たり散らす。終いには、借金を作って蒸発。ふざけるなと大いに叫んだ記憶がある。
二番目は高校での彼氏だ。これは二股をかけられた。しかし、これはまだかわいい方だった。
三番目は大学の彼氏だった。母親が病気で金が必要になったと言われたので、バイトで溜めた100万円を渡せば、そのまま音信不通となってしまった。
四番目は社会人になって付き合った彼氏だ。こいつはクソだった。私の家に入り浸り、私が仕事で居ない時に別の女を連れ込んでいたのだ。たまたま、忘れ物を取りに帰ったら、私のベッドでにゃんにゃんしていたのだ。そのまま叩き出してやったら、逆上され、殴られた私の記憶はそこで途絶えてしまった。きっと私は打ちどころが悪く死んだのだろう。
私はこの世界に転生して、一番に思ったことは、恋人は作らないということだったのだけど、なんと私は子爵令嬢だった。
この事実を知った時は泣き崩れた。貴族の責務云々だとか、婚約者云々と言われてしまうと。
そして、三歳の私は考えた。どうすれば、結婚しなくてもよくなるか。一番はモテない女になることだ。引きこもりか、オタクか、よっぽどのブスか。
引きこもりだと深窓の令嬢に仕立てられそうだ。オタクはそこまで文化が華やいではいない。二次作を作る文化がないのだ。
最後の一つブス。いや、ブス専という言葉があるぐらいだ。そこでもうひと捻りする。
そうだ。鬼○の予告にあった禰○子の風貌になれば大抵の男性は引くだろう。そう、ムキムキの女性だ。
今の父親を観察してみる。
赤い鮮やかな髪に微妙に光っている金色の瞳が無骨な容姿を彩っているのだ。そして、巨漢と言っていい筋肉の塊の身体。これは行けると確信した。この父の娘であるなら、ムキムキを目指せると。
それから、父に『とーちゃまの剣をおしえてほしーですぅー』と言って父に付いてまわった。父はこの国の騎士であり、功績が認められ、子爵の爵位を賜った当時は第1師団の隊長だった。いや、元々は伯爵家の5男で、騎士と成った時点で騎士伯を賜ったが、色々あったようで、子爵なんて位を賜っている。
そして、私はその第1師団までついてまわったのだ。普通は無理だろうって?そう、普通は無理だろうけど、父の荷物に紛れ込んだり、父の背中に張り付いて頑として離れなかったり、泣き落としたり、色々頑張った結果。
8歳で全長5メートルにもなるレッドベアーを正拳突きの一撃で倒せるまでになった。そう、私は大人顔負けの力を手に入れることができたのだった。
その結果として、念願のムキムキになれたかといえば……全く筋肉がつかなかった。いや、ついているのは付いている。だけど、厚みのある筋肉質な身体ではなく、子鹿のような細い足にスレンダーな上半身。父に似て赤い鮮やかな髪に揺らめくような金色の瞳。容姿は無骨な父に似ずに小リスのような顔立ちの母に似て、きゅるるんかわいい系になっていた。
私は愕然とした。私の計画が失敗したことに。
そこで、考えた。身なりを気にしない馬鹿な女になればいいと。
これが、今の私になった成り行きだった。
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