第3話

 真鳴山は、ホラー映画のセットのような山だった。いや、夜の山って大体そうなのかもしれないけど。真っ暗闇で、頼りは月明かりのみ。麓から山に続く真面な道なんてものはなく、一本の獣道が見えるだけだ。目の前に立ちはだかる木々が風にあおられると、まるで地獄へ引きずりこもうとするナニカのようにも見える。

「……禍々しいな」

 三牧は聳え立つ山を仰ぎ見る。

「まあでも、行くしかないんだろ」

 木の根元に荷物を置いて、軽くストレッチをする。長いこと寝ていたからか、関節が音を立てた。対して三牧は、ネクタイを緩めスーツのボタンを開ける。ベルトに差し込まれた拳銃とナイフがちらりと顔を出した。

「あくまで目的は、五体満足後遺症なしの身柄拘束だ」

「二十人の村人も?」

「もちろんだ。特に首謀者と村長はな。あと、小沢結花の保護」

「そっちも五体満足後遺症なし?」

「五体満足怪我なし、できれば意識あり」

「りょ」

 アキレス腱と体側を伸ばして手首と足首を回す。上着を脱いで袖を二、三回折り返せば準備は完了だ。

「よぅし、行きますか」

 二人で獣道に足を踏み入れる。




 夜特有の静寂と、森のにおい、月明かりに照らされた木々。聴覚、嗅覚、視覚がいやに鋭敏になり、自身の心臓の動きまで鮮明に教えてくる。こういう状況だと、それが一番うるさいんだけどな。

 あくまで自然体で、しかし警戒は怠らず。

 香原と三牧は、山を登る。山と言っても大きい丘のようなサイズだ、夜といえども道に迷わなければ小一時間で頂上までたどり着ける。香原は地図を持っていないので、完全に先導する三牧頼みだが。

 三牧はすいすいと細い道を、時々枝と藪をかき分けながら進んでいく。その動作に迷いは感じられなかった。よく見ると足元の土は踏み固められていて無数の人間が通ったことは確かだけれど、それを確かめながら行くにしては早すぎる。

相変わらず仕事が早いなぁとか場違いなことを考えながら、ついていく。十分くらい歩いていると、少し開けた場所に出た。

 そこの奥に、祠がある。

 風が吹けば倒壊してしまいそうな古い祠。障子は破れ、装飾は剥げているのが夜でもわかった。そして、祠の障子が数センチだけ開いていて、中から灯りが漏れている。

「……」

 祠に向かって歩き始めたそのとき。

 気配を感じて咄嗟に三牧と背中合わせになる。人々が、二人のまわりを取り囲んだ。数はざっと二十人。道中の静けさはこれが原因か。ここに全員集まっていたんだな。

 不意に祠の障子が開いた。

 一人の老人が現れる。白いひげ、少ない白髪を無理やり伸ばして一つにまとめている。予想に反して背は高く、体格も悪くはない。やっぱり農作業って大事だな。今度筋トレのメニューに入れてみるか。

 なんてことを思っていると、あることに気づいた。

 老人の手の中。正確に言えば、老人の右手が持つ刃物がある人の首筋に触れている。小沢結花、その人だった。

「ようこそ、この村へ。愚かではあるがここまでやって来た勇気に敬意を払おう」

 しわがれた声だった。

 背中の三牧が緊張で縮まるのを感じる。

「お前は誰だ」

 尋ねると、村長だ、と返ってくる。五体満足後遺症なし確保のヤツか。

「あんたにいくつか訊きたいことがある」

「質問なんかできる立場か?」

 三牧の言葉に、ケタケタと笑う老人。

「不審な動きを少しでも見せてみろ、こいつの命はない」

 腕の中の小沢結花のことだ。短い悲鳴が聞こえる。

「……」

「逆だ、こちらの質問にお前ら、答えろ」

「答えられたら答えよう」

 殺気を放出する周りの村人に対して、三牧は軽く両手を上げて応えた。

「ふん、肝は太いようだな」

「……」

「ひとつめ。お前ら何者だ?」

「警察官」

「異能課第十二班」

 香原の適当な返事を、詳細にして三牧が返す。

「聞いたことがないな」

「あまり表に出る人間じゃないことは確かだ」

「まあいい。ふたつめ。お前らの目的は?」

「異能犯罪の取り締まり」

 声が揃った。

「みっつめ。お前たちは、これからどうするつもりだ」

「主犯格を確保する」

 香原が答えると、失笑が周囲と老人から聞こえた。

「あのお方がお前らのような小物に捕まるわけがなかろう」

指導者は、もうこの場にはいないらしい。こっちが捜査に来る前に逃げたのか。三牧も同じことを思ったらしく、かすかな苛立ちを背中から感じた。

「それに、この数の人間を相手にして生きて帰れるとでも……?」

「うん」

 真顔でうなずくと、周囲の空気が変わる。殺気が増す。

 三牧が場の空気を和らげるように、しかし確実に煽るように、言葉を放った。

「こんなものか? なら、俺からもひとつ訊かせろ」

「……」

「異能者は何人いる?」

「……」

 老人は、にやりと笑った。例えるなら、妖怪のような笑み。地獄へ人間を引きずり込み、そのときの悲鳴を極上のご馳走として喰らう鬼のような。

「指導者様の力は偉大だ。我々に、新たな力を、力を授けてくれたッ」

 狂ってんなあ。

 瞳はやはり、小沢匡宏と同じく濁っている。濁っていてなお光を求めている姿は醜悪で見るに堪えないほど。

「みなの衆、決して、神聖なる地に踏み入った侵入者を許すなッ」

 勇ましい掛け声に、まわりにいた村人たちが一斉に襲い掛かってくる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る