幸せなんて願えない

※セルフ二次創作寄り、藍沢芽愛が平優希以外の人間と結婚したもしもの世界の話



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『おおきくなったら、あたしと結婚してくれる?』

『ぼくのお嫁さんになってね、めあちゃん』

その約束は、僕を縛る呪いの言葉なんだと、ずっと、そう、思っていた。



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真白のドレスに身を包み、しあわせそうに笑う彼女の姿を、僕はひどく遠い場所から、ぼんやりと眺めていた。その彼女の隣に居るのは、初めて見る知らない男だ。その知らない男と、しあわせそうな彼女の姿を見つめながら、僕は周りに釣られるように、なんの感情も篭っていないような、機械的な拍手を彼女らに送った。

今日は、彼女の—芽愛ちゃんの、結婚式だ。はるか昔のいつかの日、確かに僕に向かって「あたしと結婚してくれる?」と問うた彼女は、僕が彼女から距離を取っているうちに、僕ではない誰かとそういう関係になって、僕ではない誰かと結婚することになっていたらしい。

芽愛ちゃんから初めて、電話でその報告を受けた時、僕の心に浮かんだものは、何故か安堵ではなく、どうして、という疑問だった。

なんで。どうして。

君はずっと、僕と結婚したいって、そう、言っていたのに。

嬉しそうな芽愛ちゃんの声とは裏腹に、僕の心はまるで氷水を入れられたみたいに、冷たくなっていく。

どうして、なんで。

彼女が僕以外の誰かと結婚することに対して、こんな疑問を抱く自分が居る。彼女からの電話が切れて、それからぐるぐると思い悩んでみても、それがどうしてなのかが、どうしても分からなかった。

だって、僕はそうなる未来を、ずっと望んでいたはずだったのに。

ずっと、芽愛ちゃんから向けられる愛情を、僕は重苦しく感じていたはずだ。その重さに耐えかねて、彼女の隣から逃げ出してしまうくらいに。

彼女の隣から逃げ出して、それで、僕は楽になったはずだった。彼女をもう二度と、僕の隣という席に座らせないために、適当に彼女を作って。彼女からの連絡も無視し続けて。長期休暇だって、適当に理由をつけて実家にも戻らずに。

そうして僕は、僕にとっての息のしやすい場所を、手に入れたはずだったのに。

なのに、どうして。

なんで僕は、彼女が僕以外の誰かのところへ行ってしまうことに、こんなにもショックを受けているんだろう。



**


式が終わり、披露宴が始まっても、僕の心はずっと晴れないままだった。

僕は運ばれてくる料理をぼんやりと口に運びながら、沢山の人に囲まれて楽しそうにしている芽愛ちゃんを見つめる。

ニコニコと楽しそうに笑いながら、人の輪の中心に居る芽愛ちゃん。そこにはもう、幼い頃、僕の姿を追いかけて、縋りついていた面影はどこにもない。

その姿を見て、僕はようやく、芽愛ちゃんが結婚すると聞いてから心の底に燻っていたものの正体が、分かったような気がした。

僕はきっと、寂しくて、そして、腹立たしかったのだ。

僕はきっと、心のどこかで、芽愛ちゃんはきっと、ずっと僕を追いかけてきてきてくれるのだと、そう思っていたのだ。たとえ僕が彼女を遠ざけたとしても、その執念にも似た愛でもって、僕の隣に居ようとしてくれるのだと、そう思っていた。

だけど、現実はそうではなかった。芽愛ちゃんは僕を諦めて、僕じゃない誰かの隣に居ることを選んだ。

それを責める権利なんて、僕には無い。だって、最初に芽愛ちゃんから逃げ出したのは、僕のほうなのだから。

だけど、それでも。寂しくて—それと同時に、腹立たしいと、そう思う。

僕はずっと、僕の人生を、君のために使ってきた。

君が寂しいと泣くから、僕は同級生との交流より、君と居ることを選んだ。

君を悲しませたくなかったから、本心を押し殺して、嘘を吐いてまで、君に「結婚しよう」と言った。

僕はこんなにも、いろんなものを犠牲にして、君のために生きてきたのに。それなのに、君はもう、僕の隣に戻ってきてくれない。

それがどうしても、寂しくて、腹立たしくて、仕方なかった。

これが、理不尽な怒りだということは、分かっている。先に君を見捨てて逃げ出した僕が、こんな怒りを君にぶつける資格なんてないことだって、分かっている。

だけど、この思いを、この怒りを。抱え続けることだけは、許してもらえないだろうか。

君は一生知らなくていい。君は僕の隣じゃない、君自身が掴み取ったその場所で、僕のこんな醜い感情なんてなんにも知らないまんま、幸せに生きていてくれれば、それでいい。

君がめちゃくちゃにした僕のことなんて、知らないままでいてほしいのだ。

「……おめでとう、芽愛ちゃん」

ここに来て、僕は初めて、彼女に祝福の言葉を送った。

こんな遠い場所からじゃ、きっと届かないだろう。だけどきっと、それでいいのだ。

こんな、情けなく震える声で紡がれた祝福の言葉なんて、情けなくて、恥ずかしくて、聞かせられない。

情けなく震える自分の声を聞いて、そこでやっと僕は、僕にとっての彼女の存在が、存外大きなものだったのだと知った。

その事実に、今日の今日まで気付けなかったことが、きっと、一番腹立たしくて、情けなかった。





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