第15話

      ◆


 試合会場から運営スタッフの第二世代モデルのスタンドアッパーで、プリーストⅡ型は運び出された。

 機体の外に出てみると、うなじの辺りに重大に損傷があり、どうやら重すぎる一撃を受けたらしい。首がちぎれてもおかしくないダメージに、メインセンサーからの全ての信号が切断されてしまったのも頷ける。

 体のそこここ痛むのを気にしながら立ち尽くしているジューンの横で、チェンは仲間に整備工場へ機体を運ぶように指示している。

 トレーラーが走り去ると、ニヤッと笑ってチェンが振り返った。

「負けたが、一泡吹かせるくらいはできたな」

「どうだろうな」

 そんなやり取りをしているところへ、当のアーネストがやってきた。彼も首をしきりに気にしている。スタンドアッパーの頭部を殴られることで直接の反動が首に響くことはないが、機体が激しく揺れるため、首を痛めることはある。

「お前のおかげで次は棄権だ。前が見えないんじゃ戦えん」

「交換部品があるだろう」

「無いんだ。なにせ珍しい機体すぎて、手に入らない」

 言葉には悲痛なものがありそうな単語が含まれているが、アーネストは平然としている。いや、どこか嬉々としているようにジューンには見えた。どことなく、不自然だ。

「俺はな」

 ジューンの機先を制するように、アーネストが言った。

「アムン国という途上国の出身だ。途上国とも言えない、未開の、後進国の中の後進国だ。知っているだろう」

「ああ」ジューンは警官時代に知った情報を思い出した。「武装勢力が群雄割拠する、紛争地帯だったよな」

「そこで俺は兵士だった。そしてスタンドアッパーの操縦技術を学んだ。それで、国を逃れて、グリューン皇国に紛れ込んだ」

 アーネストにはアーネストなりの半生があるらしい。

 そう他人事のように思ったところで、アーネストの瞳に強い輝きが灯る。

「俺の家族を殺したのも、俺の仲間を殺したのも、グリューン皇国から流れてきた武器だ。俺はそれを許すつもりはない」

 冷え冷えとして、荒涼とした口調には怒りや憎しみとは違う、絶望感が漂う。

「まさか、クォーターを仲間に引き入れたのは」

「事実確認のためだ。奴は俺に喋った。俺の推測が事実だとな」

 だからか。

 復讐のために、アーネストはクォーターを追っているのだ。

「こんなところに本当にいるのか?」

 ジューンは改めて周囲を見た。

 夕日に染まる一帯には、暴力も、紛争も、血も死も存在しない。

「奴は来るよ。俺の過去を知っている。俺の汚れを知っているんだ。そういうものが、奴にとっては蜜なのさ」

 アーネストが太陽の方を見た。

 ジューンは気づくとチェンの姿がないことに思い至った。周囲を見るが、いない。

 何か用事があったか、もしくは、アーネストと対面するのを避けた? しかし、どうして?

「アーネスト」

 不意な声に、ジューンは勢いよく、対照的にアーネストは緩慢にそちらを振り向いた。

 最初、相手が誰かわからなかった。

 しかしよく見れば遠くから見たことのある相手だ。話をしたことはないが、オリーンが資料として写真を何枚か見せてくれたこともあった。

「待ってたよ、クォーター」

 嬉しそうにそう言ってアーネストが男に歩み寄る。

 まさか、クォーターだった。

 相手は警戒しているようだが、そばには誰も連れていない。離れたところにいる可能性は捨てきれないし、それはそれで不穏だった。

 アーネストとクォーターが握手をして、話し始める。イスカンダルのためのパーツの融通について話しているようだ。アーネストは金で解決しようとしているが、クォーターは渋っている。

 話しているのは、スタンドアッパーをここからどこかへ移す話らしい。そうやって商品を移動させているんだろう。

「お前に紹介したい奴がいる」

 いきなりアーネストがそう言って、ジューンを手招きした。

 歩み寄る時、ジューンは妙な感慨に捉われていた。

 もっとも汚れた商人が目の前にいる。

 それを裁く権利は自分にはない。拘束し、罰を当たる権利はない。

 何もできないのだ。

 ジューンは自分の無力さに、自然、手が震えた。

 そのままクォーターの前に立つ。クォーターはジューンのことを知らないか、忘れているようだ。何かを探るような視線を向けてから、それがアーネストに移る。

「この若者が新しい協力者か」

「あんたに聞きたいことがあるそうだ」

 何だ、とクォーターがジューンを見るが、ジューンは何も言えなかった。代わるように、アーネストが言葉にした。

「カガズ国に爆薬を都合したことがあるよな?」

 クォーターは何でもないように破顔した。

「もちろん。あそこはいい商売になる。暴力がまだ生きている土地だ」

 こいつの用意した爆薬で大勢が死んだ。もしかしたら、自分の家族も。

 ジューンは拳を握りしめた。

 気づいたときには振りかぶり、殴りつける寸前だった。

 呆気にとられた顔のクォーターが見える。

 遠くで誰かが、「動くな!」と叫んだ気がした。

 気がしたが、ジューンの拳が止まることはなく、クォーターを殴り倒していた。

 あとは唐突に誰かが背後から組みついてきて、引きずり倒された。アーネストも両手を後頭部にやり、両膝をついている。クォーターは逃げだそうとしたが、確保された。

 あっという間に野次馬が集まる中で、警官が群がり、三人は無力化された。パトカーのサイレンが響いている。

 赤色灯の明かりは、夕日の赤よりも鮮やかだ。

 地面に飛び散る悪党の血の方が更に鮮やかな事に、ジューンは吐き気がした。

 手錠がかけられる音が大きく聞こえた。



(続く)

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