第13話

      ◆



 ハッキンという街は明るい街だった。ジューンには眩しく感じられた。

 どこにも退廃の匂いはなく、どこにも悲惨なものはない。

 ハッキンゲームと呼ばれるスタンドアッパーの多種目競技会は通年、何かしらが行われており、種目も多岐を極める。中には何故、スタンドアッパーという二足歩行のマシンで行わなければならないのか、疑問しかない種目も存在する。

 ジューンとチェンが到着した日も、ハッキンゲームは行われていた。種目はかけっこである。

「こいつはすごい」

 観客席は人で埋まっていて、ジューンたちは自由席の最も高い位置にある通路に立って様子を眺めた。

 設定されたコースは普段は何に使われているのか、想像もつかない広い空間に設けられている。サッカーの試合もできそうだが、地面は未舗装、地肌そのままである。ちなみに観客席も即席で組み上げられていて、スタンドアッパーが走る時の激しすぎる振動で今にも崩れそうだった。

 そんなことなどお構いなしに、チェンが感嘆しているのは、どうやらスタンドアッパーの機種の多さらしい。

「こんなに第二世代の機種が集まっているのは初めて見る。すごいな、まるで展示会だ」

 一人でべらべらとしゃべる相棒に相槌を打ちながら、ジューンはさりげなく近くの手すりを掴んだ。掴んだが、それはそれで不安定にぐらついていた。

 ともかく、スタンドアッパー四機が一緒になって走る光景はユーツの闘技場を見慣れたものでも、迫力に圧倒される。しばらくジューンもチェンも、その光景にそれぞれ魅了された。

 その日の競技が終わる頃になって、やっと二人とも目当ての人物を探し始めた。ユーツとは違い、パドックは出入り自由である。そもそもハッキンゲームはギャンブルではなく、アマチュアの競技大会の色が濃い。だからこそ、第二世代モデルのスタンドアッパーが多いのである。

 そんな傾向を逆手に取り、彼らは第三世代モデルを使っているチームについて情報を集めた。上がってくる名前は合わせて二十を超えたが、一から当たるよりはいい。

 翌日からパドックを歩き回り、アーネストを探した。最後に会ってから一年近く過ぎている。風貌も変わっているかもしれなかった。

 しかしそれは杞憂に終わった。

「ジューンじゃないか?」

 声をかけてきた男を見て、ジューンは息を止めてしまった。

 堂々と、アーネストがそこに立っていたからだ。服装も以前と大差ない。冬だからコートを着ていたが、個人を識別するのを妨げる要素ではない。

「アーネスト」どう言葉を続けるか、ジューンは躊躇ったが、言葉は一人でに出た。「あんたを探していた。ここにいるっていう噂を聞いて」

「どこで聞いた?」

 妙なことに、アーネストはそう促してくる。

「どこでも何も、あんたの機体の写真を拾ったんだ。イスカンダルは装甲を変えても目立つ。それだけだ」

 何がそうさせたのか、途端に満足そうな顔になると、アーネストはジューンに「お前も出場するのか」と聞いてきた。ハッキンゲームに、ということだろう。

 かけっこの次の種目は、格闘だった。スタンドアッパー同士の格闘は人気種目で、年に数回行われるようだった。トーナメント形式である。

 ジューンたちはすでにそれに登録していた。そうした方が、参加しているチームの様子を探るのが自然と見えるからという打算もあったが、祭りに参加しないのも味気ないという思いもある。

「参加するよ。機体はオンボロだけどな」

「もしかしてプリーストⅡ型をまた使っているのか?」

「慣れているからね」

 呆れるな、と笑ってからアーネストは身を翻した。

「おい、待てよ」

 呼び止めると、アーネストが胡乱げに振り返る。

「ここにクォーターがいるのか」

 短い沈黙があった。

「どうかな。俺がここにいるのは、祭りが好きだからさ。お前と同じだよ」

「俺は純粋に祭りを楽しめそうもない」

 楽しめよ、という言葉を残して、アーネストは離れていった。

 スタンドアッパーの格闘試合は翌週から始まった。序盤はスケジュールがタイトで、一日に四試合が組まれる。損傷が重大だと、たとえ勝ったとしても次の試合は絶望的で、棄権するチームも多い。

 ジューンはチェンが用意した整備チームの支援を受けて、試合に出た。武器なしの殴り合い、蹴り合いだが、不得手ではない。

 プリーストⅡ型は旧モデルとはいえ第三世代モデルということもあり、順調に勝ち上がった。損傷は軽微で、部品の劣化も最低限に抑えられた。整備自体も大規模なものは必要ない。

 一日目、二日目、三日目と終わり、四日目に入る。

 ジューンを驚かせたのは、勝ち進むうちにアイドルのような扱いを受けたことだ。写真を撮ってくれとか、サインをくれとか言われる。それはこれまでに経験のないことだった。食事に行くだけでも声をかけられるのである。

 ただ、浮かれている理由はなかった。

 四日目の最初の試合の相手が、アーネストのチームだった。

 機体はもちろん、イスカンダルである。

「おい、ジューン」

 普段通り操縦服姿で柔軟運動をしているジューンの元へ、チェンが駆け寄ってきた。

「作戦がある」

 真面目な顔で言う整備士に、ジューンは頷いた。

 聞いてみると合理的なようで、滅茶苦茶な作戦だった。

「反則じゃないのか?」

「反則じゃない」

 真剣な表情で返されて、考えておく、とジューンは返事をした。

 試合開始十分前の声がかかる。

 ジューンとチェンは拳同士を触れさせた。

 再戦の時間だった。



(続く)

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