第12話

       ◆


 都合されたスタンドアッパーは第二世代モデルの骨董品だった。

 しかし管制ソフトは最新のものだったし、チェンとその仲間の整備も完璧だった。

 何より、第二世代モデルと第三世代モデルの格闘で、第二世代モデルが勝つと見るものなど、一部の物好きしかいない。結果、ジューンたちは自分たちに全財産を繰り返し賭けることで、あっという間に資産を増やした。八百長が疑われる前に、機体を乗り換え、以前と同様のプリーストⅡ型を操っていた。

「あんたのテクニックは本物だ」

 試合に勝つたびに仲間内で打ち上げをした。その席で酔ったチェンは頻繁にそう口にした。ジューンは「あんたの整備の腕のおかげだよ」と返すのが頻繁で、仲間たちはそのお決まりのやりとりに笑っていることが多かった。

 信頼関係が構築され、それはジューンを少しずつ癒していった。決して仲間を過信しはしないが、気を許しはする。心地いい距離感だった。

 ある時、ジューンたちのパドックに割り込んできた男がいた。見るからに暴力に慣れた風貌をしていて、薬か何かでおかしくなっているようだった。ユーツには怪しげな密造酒どころか、最新のドラッグさえも存在する。

「お前はな、軍で訓練を受けたかもしれんが、全部イカサマだ! 八百長なんだよ!」

 整備士が二人がかりで男を追い出し、チェンは「気にするなよ」とジューンの肩を叩いた。

 イカサマ。八百長。軍。

 特別機動隊の訓練として軍と演習を行うことはあったし、勝ったことも何度もある。しかしあれもまた、金によって演出された展開だったのかもしれない。

 ほんの些細なやり取りで、どんな結果も用意できる。

 異常な世界だ。しかしあるいは、それが金というものが生み出す、正常な価値観の世界なのかもしれない。

 ユーツの闘技場での日々はほんの半年で終わった。季節が冬になる前に、情報が手に入ったのだ。

 情報とは、オルタミス共和国のハッキン州で行なわれているスタンドアッパーの競技大会に、イスカンダルに酷似した機体が登場している、という内容だった。

「イスカンダルが民間に出るわけがないわな」

 チェンが資料の写真を手で叩きながら言う。そこには装甲こそ以前と違っているが、シルエットが非常にイスカンダルに近い機体が映っている。というより、装甲は全て取り払い、全く新規のそれが当てられていて、部分的に内部が露出していた。

「間違いないか」

「ないね。行くか? オルタミスに」

 ジューンは自然と頷いていた。

 チェンがどこかと連絡を取り始め、ユーツで手に入れた莫大な金を借りる、と言い出した。ジューンに異論はなかったし、ユーツではあまりに目立ちすぎていた。勝ちすぎたのだ。

 まずチェンに十分な資金を渡し、残ったものからチームの整備士にまず金を配り、他にも物資の融通などで関与したものにも謝礼を支払った。そうすると手元に残るのは最低限の額になる。

 何人かがジューンの乗るプリーストⅡ型を売ってくれと言ってきたが、これは断った。彼らには真実を話した。

 ハッキン州で行われている競技大会に遠征するのだ、と。

 これはチェンの提案だった。真意はわからないが、ジューンはそれに従った。

 チェンはほんの一週間で身分証を用意した。写真はどことなくジューンに似ていて、名前も生年月日も国籍もデタラメなものである。チェンの分もあるようだった。ついでにトレーラーも用意された。

 雪が降りそうな日、ジューンとチェンはトレーラーにプリーストⅡ型を積み込み、二人だけでユーツを離れて、一路、東部で国境を接するオルタミス共和国を目指した。

 国境を抜ける幹線道路は避ける、とチェンが説明した。ジューンに対する監視を完全には排除できていないからだと言う。すぐに皇国警察が嗅ぎつけるだろうから、素直に裏道を使う。いざとなれば強行突破だ、とチェンは冗談交じりに言っていたが、検問はほんの十万ダラーの賄賂で抜けることができた。

 夜闇に包まれた蛇行する峠道を進み、そのてっぺんで夜明けを迎えた。

 眼下にはどこまでも田畑が広がる。こちらはグリューン皇国の辺境地帯とは違い、人の手が十分に入っていた。春が来れば、一面が緑に染まることを想像できる。

 逃げ出せたことを、ジューンは初めて実感した。

「先を急ぐぜ。ハッキン州まではだいぶかかる」

 チェンの言葉に、ああ、としかジューンは答えられらなかった。

 その短い言葉でさえ、震え、潤んでいた。

 グリューン皇国にはジューンのこれまでの人生の全てがあった。その全てを今、やっと振り払うことができた。

 生まれ変わった、とさえ感じた。

 トレーラーがやはり曲がりくねっている峠道を下っていく。

 もう元へ戻ることはない。戻るつもりもない。

 決着がつけば、本当の自由になれる。誰もそれを邪魔しないのだ。

 どこかから飛んできた鳥が頭上を追い越していくのが見えた。

 それを追いかけるようにジューンとチェンを乗せたトレーラーは走っていく。

 周囲は光に包まれていた。



(続く)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る