第8話
◆
膠着を破ったのはアーネストのイスカンダルだった。
斜め前に踏み出したかと思うと、今度は逆方向へ跳ね、ジグザグに間合いを潰しに来る。
ジューンは真っ直ぐに前進し、すれ違おうとした。
両者の間合いが極端に狭くなる。
攻めてくる、ということは分かった。
受けてくる、ということも分かっただろう。
アーネストは棍棒を繰り出し、ジューンも繰り出す。
甲高い音と盛大な火花。
よろめいたのはプリーストⅡ型の方だった。一歩、二歩と足を送り、転倒を防ぐ。
そこを逃すアーネストではなかった。イスカンダルが一気呵成に襲いかかる。
最初の一撃が最も危険だった。プリーストⅡ型の左側の胸部のパネルが弾き飛ばされた。それ以降は巧みな足さばきで足を後方へ送りつつ、棍棒を紙一重で避けながら姿勢を整えていく。イスカンダルの棍棒はきわどいところで決定打を打ち込めない。
そしてまるで誘い込まれたように、イスカンダルが棍棒を空振った時、プリーストⅡ型の前には無防備な敵機が飛び込んできた形になった。
ジューンは冷静だった。
冷静だったが、どこかは熱くなっていたか。
棍棒をイスカンダルの肩口へ打ちおろす。
命中すれば優勢は確実だった。
だが振り上げた棍棒を振り下ろすまさにその時、プリーストⅡ型の姿勢が乱れた。
予想外の、不規則な乱れ。
メインカメラをチェック。即座にサブカメラに切り替える。
イスカンダルが地面すれすれまで振り下ろしていた棍棒を、手首の捻りだけでプリーストⅡ型の足元に差し込んでいるのがかろうじて見えた
転倒する、とジューンは即座に判断した。
メインセンサーは頭部にある。足元は死角だった。本来は見えない。
その間にもイスカンダルは肩口からプリーストⅡ型の胸へぶつかろうとしている。それでは棍棒を振り下ろす動作は意味がない。間合いが近すぎる。
考えている暇はない。
ハンドルを捻りつつ、ペダルを蹴り飛ばす。
プリーストⅡ型の右腕で、イスカンダルの左腕を巻くようにする。
同時に両足は不完全ながら地面を蹴りつける。
スタンドアッパーは寝技には向いていない。機体構造上、人間の格闘家のような寝技、締め技は再現不可能なのだ。
それでも片腕は破壊できる。
それがジューンの主張だった。
実際、プリーストⅡ型が自重の全てをかけて締め上げたイスカンダルの左腕は肩関節から逆方向へ曲がり、半ば引き千切れて力を失った。スタンドアッパーの弱点の一つが関節なのは、素人でも知っている。
地面に転がり、プリーストⅡ型はすぐに立ち上がった。イスカンダルも立ち上がっている。
呼吸が乱れているのをジューンは感じる。きわどい場面の連続だったが、なんとか切り抜けられそうだ。
片腕を失った機体なら、最新鋭機だとしてもこちらが有利だ。棍棒を取り落としていないのも有利に働いた。
勝てる。
そう思った時に、事態は急変した。
視界の隅で光が炸裂する。
なんの光か、すぐにわかった。閃光弾。警察や軍が施設の制圧に使うものだ。ジューンも訓練や実戦で目にしたことがあった。光はスタンドアッパーに備わる機能で減衰されていたし、爆音もほとんど聞こえない。
ただ、あの閃光弾が炸裂した位置は、ジューンの仲間がいるパドックではないか。
何が起こっている?
不意に悲鳴がかすかに聞こえた。
その段になって、やっとジューンはそれに気づいた。
照明が強すぎて気づかなかったが、頭上を輸送ヘリコプターが飛んでいる。人間も輸送できるが、それは本来の用途ではない。
その輸送ヘリコプターは、スタンドアッパーの輸送を前提にしている。
イスカンダルが急に走り出した。ジューンはそれを止めようとした。
だが、それより先に頭上から巨大な影が六つ、降りてくる。お手本のような実に鮮やかな降下だった。
地響きを立てて着地したスタンドアッパーの機種を、ジューンはよく知っている。
タケミカヅチ。
皇国警察の特別機動隊の制式採用機。
頭上からスピーカーの爆音で、武装解除が訴えられている。
どうやら摘発が強行されているらしいとジューンにはわかったが、ジューンは何も聞かされていなかった。オリーンはこんなことがあるとは、一言も話していない。ラドゥもだ。
自分たちとは別の隊、捜査班が動いているのか?
ジューンの乗るプリーストⅡ型にタケミカヅチが巨大な散弾砲の銃口を向けている。本物の銃、空砲ではないはずだ。その砲弾には軍用ではないプリーストⅡ型など、一撃で破壊できる威力がある。
ジューンは棍棒を手放し、機体を四つん這いにさせて、背面ハッチを解放した。
途端にヘリのローターの爆音と、人々の悲鳴、銃声、その他もろもろの轟音に飲み込まれる。
アーネストはどこへ行った?
視線を周囲に向けるが、イスカンダルの姿はない。ただ、スタンドアッパーが使用する大型銃器の重く低い銃声が連続しているだけだ。
逃げた、か。
現場を制圧する特殊部隊員がやってきてジューンを拘束した。
警官だ、身分証もある、と告げたが、彼らは無言を貫き、ジューンはバンに連行された。どこへ行く、と問いかけても誰も返答しない。身じろぎをすると、拳銃の銃口を押し付けられた。
何かがおかしい。
何もかもがおかしい。
しかしもう手遅れだった。
バンは走り出している。
もう銃声も、機械の巨人の足音も、人の声も聞こえない。
(続く)
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