第7話

        ◆


 オリーンがジューンとラドゥにそのことを報告したのは、例の食堂の席でだった。

 先にジューンとラドゥはそれぞれコーラとビールを飲みながら話していたが、オリーンが席について開口一番に「仕事の話だ」と言ったところで、それぞれがグラスを卓に置いた。

「何かわかったかね」

 ラドゥの挑戦的な口調に、オリーンが不穏に眼を細める。それだけでラドゥはもちろん、ジューンも捜査に進展があったと知った。

「アーネストの仲間にクォーターという調達屋がいる。イスカンダルを調達した奴だ」

「で、何を取引しているとわかった?」

 低い声で訊ねるラドゥにすぐにオリーンは答えなかった。

「おい、もったいぶるなよ。仲間だろう」

「これは決して他言するなよ。奴が売りさばいているのは、武器全般だ。つまりな、奴の正体はこの国における武器密輸の最も強力なブローカーなんだ」

 フッとラドゥが息を吐くを、次には眼光を鋭くさせてオリーンを睨んでいる。

「他言するな、ということは、ただのブローカーじゃないな。誰が背後にいる。財閥か。官僚か。それとも政治家か」

 グリューン皇国は専制国家ではあるが、政治家と呼ばれる立場のものが存在する。皇王は決済をする立場であり、そこへ政策などを進言するのが政治家と呼ばれる、皇国会議のメンバーである。

 この国は腐っていると、ジューンもしばらく前から理解していた。汚職が当たり前であり、賂はそこかしこでやり取りされる。

 それでもこの国にいるのは、警官としてできることがあるはずだからだった。

 家族のこともある。まだ立場が弱いのか、情報が入ってこない。当初の、国際警察機関で働きたいという目標は失っていないが、まずは目の前の仕事だった。情報云々ではなく、すぐそこにいる人々を守れずに、眼前にある犯罪に対処できずに、大義を果たすことは不可能にも思えた。

 オリーンはラドゥの恫喝めいた問いかけに、「黙っていろ。命がないぞ」と囁くように応じた。相応の立場のものが武器密輸を支援しているのは間違いない。

 では、そのクォーターなる調達屋とアーネストはどういう関係なのか。

「そちらからは何か、動けそうか」

 オリーンが話題の方向性をそらそうとしているのは露骨だったが、ジューンは話に乗った。オリーンが不憫だったからでもあるが、まさにこの日、決まったことがあったのだ。

「アーネストと直接、対戦することになった。三日後だ」

「そうか。どちらが乗る? ジューンか、ラドゥか」

 ジューンだ、とラドゥが答える。

「コイントスの結果でね。まぁ、こいつが下手を打つとは思わないが、相手はイスカンダルだ。油断はできない」

「カタログのデータを見る限り、有利な面は一つもないね」

 ジューンの冗談に、オリーンも力なく笑った。

「怪我だけはするなよ。もちろん、死んでもらっても困る。俺たちはスタンドアッパーで殴り合いをするためにここにいるわけじゃない。武器を密輸している犯罪者を確保するためにここにいるんだ」

「わかっているよ、そうカリカリするな。ジューンは真面目だからな、俺と違って」

 我慢しきれなくなった様子で、ラドゥの手がグラスに伸びる。嘆かわし気に首を振ってから、オリーンも店のものにビールを注文した。彼の視線がジューンの手元に向く。

「なんだ、お前だけコーラか」

「ここのビールは口に合わない。薬品の味がする」

「それを早く言ってくれ。初めて飲む気になったが、失敗だったか」

 どうやら捜査員は飲酒を十分に楽しむ機会もないらしい、とジューンは他人事のように考えていた。

 三日はあっという間に過ぎた。

 太陽が沈む頃から準備運動をして、賭け試合が始まる時間にはパドックへ移動した。

 駐機姿勢のプリーストⅡ型は明かりに包まれており、三名の整備士が最終調整をしていた。

 ここでチームを結成するに当たって作った寄せ集めのチームだったが、うまく機能し始めている。チェンがいつに間にか全体を仕切るようになり、それでうまくいっているようだった。

 交換する部品はオリーンの部下が届けてくれる。チェンはそれを不思議がっているが、気にすることはだいぶ前に放棄したようだった。彼にとっては機体が完璧になる方が優先なのだろう。

 試合の順番が近づいてくる。ジューンは操縦服に着替えて、ヘッドギアを付けた。

 柔軟運動をして、仕上がった機体へ歩み寄る。チェンたちと拳と拳をぶつけ、機体の出っ張りを利用してよじのぼり、背面にあるハッチから操縦席へ。

 シートにまたがり、ベルトを締めてから、起動シークエンスをスタート。ハンドルを開閉し、スイッチの様子をチェック。ペダルもチェック。問題なし。パッドがゆっくりと膨らみ、ジューンの体を支える。

 機関はすでに始動しており、出力が上がっている。バッテリーも正常に作動。電子系統、問題なし。戦闘を補助する人工知能、短文テキストのやりとりで状況確認、問題なし。

 安全装置を切る。出力を待機へ。

 ペダルを踏んで、機体を直立させる。バランサーが正常に作動、姿勢に乱れはない。

 自己診断モードを起動。異常なし。

 通信が入る。

 試合会場へ入るようにという指示。

 ジューンは了承を伝えて、機体をパドックから移動させる。

 古い遺跡の一角を流用した闘技場は、三方を観客席に囲まれている。客席がないところが出入り口である。

 既に闘技場の真ん中でイスカンダルが直立していた。手には棍棒を持っている。

 ジューンの乗るプリーストⅡ型に気づき、大仰な動作で肩をすくめてくる。ジューンはそれを無視した。

 闘技場で二機のスタンドアッパーが向かい合う。

 試合開始十秒前のブザー。プリーストⅡ型が、イスカンダルが、棍棒を構える。

 客席にいる数え切れない人々が、数を叫ぶ。

 四。

 三。

 二。

 一。

 強烈なブザー音。

 しかしそれはジューンには遠く聞こえた。

 静寂。

 イスカンダルが飛び込んでくるのがメインモニターに映っている。

 直線的な打ち下ろし。

 ハンドルに力を込め、両手で握った棍棒で受け流す。

 強烈な衝撃の反動で、ジューンの手の中でハンドルが動きそうになる。

 力では、圧倒的にこちらが負ける。

 冷静さを少しも乱さないまま、ジューンは機体にステップを踏ませ、距離をとった。

 イスカンダルも深追いはせず、低い姿勢を取る。

 二機のスタンドアッパーは、客席の熱狂の真ん中で、凍りついたように動かなくなった。



(続く)

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