第6話
◆
相手はなかなか手ごわかったが、ジューンのテクニックを前にしては無力だった。
武器の棍棒同士がぶつかり合い、激しい火花を散らした後、再び相手に向かって翻る。
わずかにジューンは機体を捻った。
たったそれだけで、相手の棍棒が空を切る。いや、ジューンの乗るプリーストⅡ型の肩の装甲パネルがもぎ取られた。肩関節にエラーの表示。クラスCの損傷。戦闘機動を続行。
プリーストⅡ型の棍棒は相手の胸部を強打し、こちらは装甲パネルが粉砕される。
衝撃は凄まじかっただろう、操縦士は機体を転倒させなかっただけでも立派だ。
構わずにジューンはもう一撃、今度は腰に棍棒を叩きつけた。それでも健気に相手のスタンドアッパーはバランスを取ろうとしたが、股関節に重大なダメージがあり、片足が機能不全を起こしていた。
たまらずに転倒し、起き上がることはできない。
ジューンの勝利を告げるアナウンスとブザー、観客の歓声と罵声と怒声。
もう慣れたもので、ジューンは観客席に手を振ってやってから、パドックへ戻った。何も知らされずに雇われているチームの整備士たちが笑顔で出迎えてくる。機体を駐機姿勢にして、操縦席から這い出て、降りる。
整備チームの一員であるチェンが声をかけてきた。
「装甲がすっ飛んだ左肩の様子は? 最後、確認するために手を振ったんだろ?」
整備士のこういうところが面白いとジューンは思う。物事の理由を把握するのがうまい。きっと複雑なスタンドアッパーの整備をしているうちに、結果と原因の繋がりを意識せずにはいられないのだろう。
実際、ジューンが闘技場を下がる前に手を振ったのは、肩の動作確認だった。
「問題なく動く。ただ、やや歪んだかもしれない。本当に少しな」
「歪みが一番怖いんだ。他の部分にも影響する。チェックしておくよ」
そう言ってチェンは機体の方へ行ってしまった。パドックの隅に古びた冷蔵庫があり、ジューンはそこまで歩いて行ってコーラの瓶を取り出した。
栓抜きは、と探していると、ぬっと視界にそれが差し出された。
礼を言おうとして相手を見て、ぎょっとしてしまったのは、そこにいるのが見知らぬ男だからだ。パドックは立ち入り禁止が暗黙のルールだったはずだが、男は堂々としていて、ジューンは自分が仲間の顔を失念したのか疑いそうになった。
「あんたがジューンだな。あのプリーストⅡ型に乗っている奴」
男の野太い言葉に、ああ、と答えてから、改めてジューンは相手を確認した。
上背があるが、太ってはいない。均整のとれた体つきはスポーツ選手、それも格闘技の選手を連想させる。髪の毛は伸ばしていて、ひとつに結ばれていた。着ている服はストリートギャングに近いが、様子に浮ついたところはない。
やっぱり知らない相手だ。
「俺はあんたの名前を知らないんだが、教えてくれるかな」
問いを向けると、相手はわずかに笑った。失笑、というところだ。
「俺はアーネストだ。聞いたことはあるだろう」
アーネスト? まさか……。
「イスカンダルに乗っている、あのアーネストがあんたか?」
「そうだよ」答えながら、彼は冷蔵庫を指差した。「俺にもコーラをもらえるかな」
どう対応するべきか、すぐにはわからなかったが「オーケー」と自然と言葉が出た。コーラの瓶を渡すと彼はすぐに栓を抜き、栓抜きをジューンに手渡した。ジューンも手にしたままだった瓶の栓を抜いて、栓抜きを返す。
二人並んでしばらく黙ってコーラを飲んでいた。
「腕がいいのは一目見てわかった」
アーネストが顎をしゃくって整備前の検査中のプリーストⅡ型を示す。
「あんな機体に乗るような腕じゃない」
「それは言い過ぎだ、いや、言い過ぎです。今日も動きが悪かった。肩をやられました」
「俺に丁寧な言葉遣いはいらん、こんな場所だしな。非公認の賭場なんだぜ、お行儀良くする理由はない」
かもしれないな、とジューンは笑っていた。思っていたよりもアーネストという男は相手にしやすそうだった。想像の中ではもっと武闘派で、暴力的な人間を思い浮かべていたのだ。
「アーネスト、あんたこそ、どうやってあの機体を手に入れた。イスカンダルだ」
「正規の輸出ルート、と言いたいところだが、闇から手に入れたんだ。俺のスポンサーが見つけ出してきた」
「輸出ルートということは、輸出モデルか」
「だいぶチューンナップした。本国モデルとは別だった機関部を、改めて丸ごと入れ替えてな」
ふむん、とジューンは応じるだけにした。
どうやらアーネストはただの操縦士ではなく、人脈にも通じているようだ。イスカンダルを横流しするというのは、かなり太い筋になる。
そもそもからして数の少ないイスカンダルを横領するのは、露見する可能性がかなり高い。いや、そうか。イスカンダルという製品で手に入れる必要はない。組み上がった時にイスカンダルになればいいのだ。
なら、機関部を入れ替えた、というのは、正規の機関部が手に入らなかったからかもしれない。
「お前の機体も相当、いじってあるよな、ジューン」
「ああ」イスカンダルに関する思考は脇に置いて、ジューンは答えた。「民間向けの機体だが、戦闘用に仕上げてある。うちの調達係が奔走していてね、大金が消えていくといつも苛ついているよ。そうでなければ泣き言を言う」
どこも同じだな、とアーネストは笑って言った。
「もし手に入らない部品があれば、俺たちが融通してやってもいい。覚えておいてくれ」
「いやに親切だな。アーネスト、あんたはそうやって質の悪い備品を渡して相手を負かしているのか?」
「まさか」
この時、アーネストは獰猛な笑みを見せた。ジューンは対して、真剣な顔でアーネストを見ている。
「強い奴は万全な状態で倒してこそ意味がある。そう思わないか、ジューン」
「俺があんたと戦う時はまだ先だと思うがね」
「どうだろうな。あんたは今のところ、負けなしだ。腕には自信があるだろうし、金にも困っちゃいない。そこらのチンピラもどきの連中にあんたは止められんさ。そうなれば、自然と俺とやることになる」
コーラを飲み干した瓶をアーネストは冷蔵庫脇のケースを差し込む。
「また会おう、ジューン」
「待ってくれ」
去ろうとするアーネストをジューンは思わず止めていた。アーネストが振り返る。
「あんたはどこでスタンドアッパーの操縦技術を身につけた?」
「そんなことを聞いてどうする?」
「ただ気になっただけさ。言いたくないなら、言わなくていい。悪かった」
隠しちゃいないさ、とアーネストは不敵に笑った。
「根っからのユーツ育ちだよ。ここで全てを学んだ。それだけだ」
ジューンが何も言わないからだろう、アーネストは無言で手を振ってパドックを出て行った。入れ違いにプリーストⅡ型を整備場へ運ぶためのトレーラーが入ってくる。スタンドアッパーの方ではジューンを呼ぶ声がする。
機体の方へ向かいながら、考えていた。
オリーンは五年と言っていた。アーネストの年齢は低く見積もっても二十五歳。二十歳までは何をしていたのか。ユーツには様々なことが賭博の対象になる。スタンドアッパーの格闘、自動車によるレース、生身の人間による格闘技。どこか別のジャンルから、スタンドアッパーの格闘に鞍替えしたのだろうか。
考えても分かることは何もない。オリーンに調べさせるとしよう、とジューンは決めた。
ただ、別のことが気になる。
あの言葉。宣言。
アーネストと戦うことになるとしたら、勝てるだろうか。
イスカンダルも脅威だが、あのアーネストの様子、態度、自信、自負を前にすると容易な相手ではない。
この時、ジューンは覚悟を決めたのだった。
アーネストに勝とうと思えば、持てる全てを出さなければならない。
(続く)
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