第5話

      ◆


 ユーツの闘技場は、夜に様々な試合が行われる。

 煌々と明かりに照らし出され、昼間のようである。人また人の喧騒も凄まじく、何かの祭日のようでもある。それが毎日のように続くのだ。

 ジューンたちはスタンドアッパーの格闘試合に参加するチームとして、捜査を始めた。

 最初の段階が難しかった。いきなり高性能な機体を用意できないし、ジューンもラドゥも持てるテクニックの全てを見せるわけにもいかない。スタンドアッパーは民生利用された機体が普及し始めているとはいえ、スタンドアッパーでの格闘技術はまだ専門技能である。

 機体が破損するのも構わず、ジューンとラドゥはきわどい勝利を重ねていった。

 オリーンが捜査チームとの繋ぎをしてくれたが、機体の修理の経費がかかりすぎる、ということを彼はほとんど半狂乱で訴えていた。それをジューンもラドゥも黙殺した。

 機体は少しずつバージョンアップさせていく。見通しとしては、いずれは損傷も抑えられるはずだった。

 戦いに勝つことで得られる賞金は決して安いものでもなく、機体を買い換えるのはむしろ自然、当然だった。他のチームのものも、機種やバージョン、追加装備にカネを惜しんだりはしない。彼らはまさに、試合に勝つことだけを求めているのだ。

 ジューンとラドゥは自分たちが試合に出ない時、観客席で他のチームの様子をチェックした。

 ユーツの闘技場では、最新モデルのスタンドアッパーが登場することもある。軍事利用しかされていないはずの現役の軍用機が、である。どこかから横流しされているのだろうが、整備や部品交換はどうするのか、ジューンとラドゥは議論することが度々だった。

 スタンドアッパーの部品の規格は完全には統一されていない。なら、最新モデルでも同一メーカーの既存品の部品で代替できるのかもしれない。そうなるとカタログ通りの性能が発揮できない可能性があるが、動くことには動くのだろう。

「軍からスタンドアッパーが流れてくるなら、銃でも爆薬でも、流れてくるだろうさ」

 ビールの入った紙コップを揺らしながら、ジューンの隣でラドゥが言う。そのビールは前にジューンも飲んだことがあったが、不自然な味がして飲むのをやめてしまった。しかしラドゥはその不自然さが好きらしかった。

「しかしあのスタンドアッパーは、イスカンダルだぞ」

 ジューンの指摘に、どうだったかな、とやや呂律の回っていない返答がある。

 ジューンの記憶が正しければ、ジェネミ社製の軍用スタンドアッパーだった。第三世代モデルで、他国で制式採用されたばかりのはずだ。まだそれほど数は多くないと軍事情報サイトで見た。

 その情報サイトによれば、海外への輸出モデルが検討されており、機関部を総入れ替えしたモデルがそれに当たるらしい。

 今、目の前で第三世代モデルのスタンドアッパー、スチームドールⅢ型を一方的に棍棒で殴り倒しているイスカンダルは、果たして輸出モデルだろうか。元々のスペックが高いために、判然としない。

 判断がつかないのは、同時にそのイスカンダルの操縦者の腕が高いからだ。スタンドアッパーでの格闘には、人間の生身の格闘術にはない不自然さがつきまとうものだ。その不自然さが、非常に自然だ。そのいかにも慣れた操縦はスタンドアッパーでの格闘技能に通暁しているように見える。

 経験だけでそこまで技術を高めるのは並大抵ではない。

 まさか元は軍人だろうか。いや、その可能性はかなり高い。軍を抜けたものが非公認の賭け事に参加してはいけない理由はない。問題を起こして除隊になったのがありそうなところだが、そうとも思えないのは、イスカンダルの戦い方が暴走しないからだ。

 たった今も、イスカンダルが振るう棍棒はスチームドールⅢ型の両足を破壊したところで、攻撃を止めた。暴力に酔っているところは少しもない。自制心があり、冷静さを失わないところがあった。

 試合終了のブザーが鳴り、観客席から歓声が沸き起こる。ブーイングもだ。

 イスカンダルがさっと空中で棒を振り、パドックの方へ戻っていく。逆に、敗北したスチームドールⅢ型にはチームの整備士が乗る第二世代のスタンドアッパーが歩み寄り、機体を引きずって回収していく。

「おい、ラドゥ。引き揚げよう」

 隣にそう声をかけると、ラドゥは床にコップを落としてビールをぶちまけており、眠りこけていた。

 仕方なくジューンは彼を担いで観客席を出た。

 ユーツには簡易的な宿泊施設も付属している。安価で利用できるが、サービスは悪い。ジューンのとっている部屋に、彼のポケットから取り出した鍵でドアを開けて勝手に踏み込み、起きる気配のない男を寝台に寝かせてやった。

 ドアの鍵をかけてから、その鍵をポケットに入れて、ジューンは思案した。

 オリーンに定時連絡をしないといけないし、腹も減っていた。観客席で揚げ物をかじった程度なのだ。時計を確認しながら宿泊施設を離れる。すぐそばにある自動車レースのコースからは、甲高いエンジン音が幾重にも重なって響いてくる。

 定時連絡は、食堂の一つで行うのが常だった。オリーンはジューンたちのチームの物資調達係となっているので、怪しくはないはずだ。実際にオリーンが様々なものを都合している。

 食堂に入ると、オリーンはすでに待っていた。サンドイッチのようなものをかじっていた。ジューンに気づくと、頷いてくる。隣の席について、店員にハンバーガーを注文する。ポテトは? と聞かれたので、それも頼む。

「イスカンダルを見たか?」

 ジューンが口を開く前に、オリーンの方からそう確認してきた。まさかジューンとラドゥが観客席にいたのを見ていたわけではないだろう。オリーンはオリーンで試合を見ていたのかもしれない。あのイスカンダルは注目する理由としては十分だ。

「見たよ。輸出モデルだろうけど、いい性能だ」

「改造されているな。パイロットの腕もいい」

 思わぬ言葉に、ジューンはオリーンに向き直っていた。

「知っている相手か?」

「ユーツの闘技場では有名な男だからな。名前はアーネスト。もう五年はここで戦っている、ベテランだ」

 五年。ジューンはその歳月のことを思い描いた。五年もあれば、一流の乗り手にはなれるだろう。容易な道ではないし、失敗すれば命の危機に直結する。あるいはそれを乗り越えたことが、そのアーネストという男を優れた使い手に成長させたかもしれない。

「戦おうと思うなよ。負けるだけだ」

 勝てるかどうかを計算していると勘違いしたらしいオリーンの言葉に、まさか、とジューンはとっさに答えたが、どういう意味でのまさかなのかは、自分でもわからなかった。

 まさか、戦おうとは思わない。

 まさか、負けるわけがない。

 どちらだっただろう。

 ため息を吐いたオリーンが「あまり予算を圧迫するな」と言って手元のグラスを手に取ると、一息に煽った。ウイスキーか何かだったようだが、まるでソフトドリンクのような飲み方だった。

 二人の間で情報が交換されたが、これといって新しい発見はなかった。

 武器を密輸している組織の正体は不明。ユーツで取引されているはずだが、どこのチームが関与しているのか、まだはっきりしない。資金の流れも調査中。ユーツで商売をする武器商人は多く、表向きは試合チームへの物資の融通だが、どこで闇に流れているかは、ルートが複雑すぎて容易には解明できない。

 ユーツという場所は、闇から流れてきたものが闇の中に流れていく、その途中にほんの小さく、スポットライトが当たっているようなものだった。物資がそこにあると、限られた場所、ユーツではわかる。しかし出どころも行き先も、見えない。

「試合で怪我などするなよ、ラドゥよりお前の方が信用できる」

 サンドイッチを食べ終えたオリーンが席を立ちながら言った。ジューンは鼻で笑うだけにした。

「おやすみ、ジューン。またな」

「おやすみ、オリーン」

 こうして警官は食堂を出て行った。さりげなく彼の背中を見送りながら、誰も彼に注目していないか、確認した。警官だと露見していれば、何が起こるかわからない。ジューンやラドゥは訓練を受けているが、オリーンはジューンたちとは違う。

 幸い、誰もオリーンには注目していないようだった。

 ポテトをつまみながら、ジューンは改めてアーネストという名前らしい男に思いを馳せた。

 五年の実戦経験。

 容易な経歴ではない。

 どういう出自の男だろうか。



(続く)

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