第4話

       ◆


「武器の密輸?」

 その話をジューンにしたのは同じ巡査部長の立場にあるラドゥという男だった。

「そうだ。ユーツは知っているよな?」

「あの「ユーツの闘技場」のユーツか?」

 ユーツはグリューン皇国の都市のひとつで、地方に位置するが大規模な街である。

 その街の郊外に、古い遺跡があり、そこで非合法の賭博が行われているというのは、公然の秘密だった。そこでは違法改造された車両、スタンドアッパーによる各種競技が行われ、死傷者も出ているという。

 それが公の問題にならないのは、その賭博にグリューン皇国の貴族や官僚、軍人が関与しているからである。

 もちろん、警察もである。

 ジューンにとっては気分のいい場所ではない。

 グリューン皇国へ来て長い時間を過ごしたジューンは、この国の歪みに気づいていた。

 汚職が深いところまで浸透している上に、それは部分的には国を統治する皇王にさえ及んでいた。この国では金で買えないものはない、という流言が飛ぶほどである。そしてその言葉に、しかし発言の自由は金では買えない、と続くのである。

 ラドゥは食堂の隅で向かい合うジューンに、フォークの先を向ける。

「あのユーツだ。あそこには非合法なものが山のようにあるが、どうも国外へ流している間抜けがいるらしい。そのせいで皇国の立場が悪くなることを懸念する向きがある、ってわけだ」

「まさか、ユーツの闘技場を摘発するのか?」

 思わず口から漏れたジューンの言葉に、ラドゥがフォークを右に左に振る。

「かもしれないし、しないかもしれない。結果はどうなるか知らんが、まぁ、捜査はするらしい。うちから、何人か出すらしい」

「うちからって、特別機動隊からか? 何故?」

「何故って」

 ラドゥのフォークが皿の上のソーセージに突き刺さる。

「スタンドアッパー乗りとして潜入するのが、容易だからだろう」

「賭け事に参加しろっていうのか? ありえない」

「否定的だな、ジューン。カンにさわる話だったか?」

 いや、と答えながら、図星だったがためにジューンはしばらく口を閉じた。

 別に誰がスタンドアッパーで賭け事をしようと構わないが、少なくともジューンが操縦の腕を磨いたのは、犯罪者を取り締まるためである。間違っても賭け事のためではない。

 任務としてやれと言われればやるが、気持ちのいいものではない。

 仕事に気持ちがいいも悪いもないのかもしれないが、ジューンは割り切れないものを感じていた。

「そんな顔するな。どうせ遊びだ」

 ソーセージを口に運びつつ、ラドゥは特に何の呵責もないようだった。ジューンは、こういう顔だよ、と答えながら自分の料理、スパゲティに取り掛かった。

 ラドゥの話を証明する指示を受けたのはその日から十日後だった。

 特別機動隊の指揮官である警部の元で、ジューンとラドゥは並んで話を聞いた。

 ユーツから他国へ兵器が密輸されている疑いがある。ついては、非公認賭博に参加し、その場でやり取りされる物資の流れを把握せよ。ついてはこの一件の捜査を受け持っているチームと協働して対処するように。

 それから捜査チームの一員だという巡査部長のオリーンという男と引き合わされた。この男はいかにも着古された背広を着ていたが、目だけがぎらついている、どことなく野良犬を連想させる姿形をしていた。

 オリーンは話をする前に「喫煙所へ行こう」とジューンたちを誘った。

 喫煙所で三人がタバコに火をつけたところで、オリーンは話を始めた。

「ユーツでは様々な物資が取引される。スタンドアッパーからスパイダーから、なんでもだ」

 スパイダーというのは多脚戦車のことで、蜘蛛に似ているがためにそう呼ばれる。もっともそんなものは日常で目にすることはない。紛争地帯では日常だろうが、グリューン皇国は戦場ではない。

 日常の中の戦場が、ユーツの闘技場、なのかもしれない。

「俺たちは新規のチームとしてスタンドアッパーの格闘試合に食い込む。そうすることで、連中の物資の融通の一角にも食い込む。そこを起点に取引の全体を把握するんだ。あんたらにはスタンドアッパーの操縦士として、結果を出してもらわないとならない。できるか」

「素人が相手なら、楽勝さ。俺たちは特別機動隊の現役だぜ」

 ラドゥが堂々と答えるのにオリーンは「そうでなくちゃ声などかけんよ」と応じている。

 ジューンは最後まで黙っていた。最後の最後、「しくじるなよ」とオリーンに去り際に釘を刺されたところで、咄嗟にジューンはオリーンの腕を掴んでいた。ぐっと動きを止められたオリーンが「なんだ」と振り返る。

「この捜査はどこが主導だ? 皇国警察? それとも、国際的なものか?」

 ひときわ強く、オリーンの眼が光を放った気がするが、声はそれとは裏腹に素っ気なかった。

「皇国警察だ。まだ国際問題にはなっていないからな」

 そんな言葉を残して、オリーンはジューンの腕を振り払い、喫煙室を出て行った。

 残されたジューンの肩をラドゥが叩く。

「気楽に行こうぜ、相棒。ちょっとスタンドアッパーの操縦テクを見せるだけの仕事だ」

 調子がいいラドゥに笑みを見せてから、ジューンは吸いかけのタバコを灰皿に捨てた。

 何かがズレているような気がした。ジューンはそれを忘れないことを決めた。

 それに、楽な捜査にはならない気がしていた。



(続く)

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