第3話

       ◆


 ジューンはカガズ国の生まれだった。

 カガズ国は南方にある後進国で、これといった産業はなく、かろうじて地下資源によって成立している国だった。

 教育水準は低く、初等教育でさえ行き渡っていない。大抵の子どもたちは何かしらの方法で働いており、学校へ行く時間がない。

 ジューンが学校へ通えたのは、父親が小さな採掘会社を経営しているからで、あけすけに言えば働かなくて済んだからである。

 学校でジューンは悪くない成績を出した。記憶力が群を抜いていて、そこに着目した教師にも出会えた。結果、実家を離れて寮生活で高等学校に通ったのち、留学するチャンスが来た。

 留学にもそれ相応の資金が必要だったが、ジューンの父は惜しげも無く資金を出した。いずれは採掘会社を継がせる必要があるし、その時に高い学歴は役に立つ。会社にも箔がつくのは間違いない。

 そうして十八歳にしてジューンは母国であるカガズ国を離れ、グリューン皇国へ留学した。グリューン皇国側がジューンに目をつけたという部分もあった。この時のジューンには自分がどうして発見されたのかは想像もつかなかったが、招待してくれるというのを断る理由はない。

 グリューン皇国の皇都グリゴンにある皇立大学の法学部がジューンの居場所になった。友人どころか知り合いもいない異郷だったが、時間とともに交友関係は出来上がり、ジューンはこの大学生活を楽しんでいた。

 持ち前の記憶力をもってすれば、法に関する知識は容易に頭に詰め込むことができた。グリューン皇国に限らず、複雑な国際法もまたジューンは学んでいった。

 一年はあっという間に流れた。ジューンは学業の傍ら、アルバイトも始め、少しずつではあるが故郷に残した両親の支援を受けずにも生活できる形が出来上がってきた。もちろん、学校の成績も問題なく、常に上位に位置していた。

 だから、その連絡が来た時には、何が起こったのか、ジューンにはよくわからなかった。

 携帯端末に連絡が入り、それは大学からの連絡だった。

 カガズ国の警察からの連絡があるから転送する、というのだ。

 通話相手が切り替わると、相手はいやに淡々と言葉にした。

 ジューンの両親と妹は、テロリストによる爆破テロで死亡した。

 意味がわからなかった。

 テロ? 死亡?

 それから何をしたのか、ジューンはほとんど覚えていない。

 気づいた時には墓地にいて、墓石を前に立ち尽くしていた。

 記憶の方が遅れてやってきた。

 テロリストの正体は不明。おそらくは反政府組織で、ジューンの父親が支援していた政治家に敵対的な立場だったと思われる。

 まだグリューン皇国で学業を続けるのか、それとも父親の会社を継ぐのか、検討してほしい、と親族のものが言っていたのも思い出した。

 墓地の只中で、ジューンは考えた。

 自分に何ができるのか。何をするべきなのか。

 家族の仇を討つためには何が必要か。

 力。暴力。

 それも正当な力。

 この時にジューンは決めた。

 自分は警官になる、と。

 そうと決まれば決断は容易だった。

 ジューンは父親の経営していた採掘会社を親族に譲り、グリューン皇国へ戻った。そして国際総合資格を取得するための勉強を始めた。この資格は、国家の官僚はもちろん、国際的に活動する組織で働くときに有利になる。政治家でも取得しているものが多い。

 目指す国際警察機関に所属するには実務経験が必要になるから、まずはどこかの国家警察に所属する必要がある。その点でも有利になるために、まずは国際総合資格を取ろうというのがジューンの魂胆だった。

 勉強は順調に進んだ。本来の大学の試験をクリアしながら、ジューンはひたすら突き進んだ。

 大学四年目の夏、国際警察機関への所属に必要な、国際総合資格を取得した。

 あとはどこかの警察に所属するだけである。

 カガズ国へ戻るという選択肢があった。そうすればすぐにでも家族を殺した犯罪者の捜査現場に一歩、近づける。

 そんなジューンに声をかけるものがいた。

 グリューン皇国警察のスカウトマンだという。

 ジューン・ルートくん、きみが優秀なのはよくわかっている。どうだね、うちで働いてみないかね。いずれは国際警察機関へ繋ぐこともできる。

 それだけの言葉なら、まだジューンは故国へ戻ることを選んだかもしれない。

 たった一言、付け加えられた言葉が、ジューンの未来を決めた。

「我々は、きみの家族を殺害したテロリストを追っている」

 ジューンは決めた。そして実行した。

 こうしてジューンはグリューン皇国警察に入隊した。徹底した訓練があり、それから制服警官として仕事を始めた。

 決してジューンは焦らなかった。

 いずれ、しかるべき立場に上がれるはずだ。そして両親の仇を討つ。

 ジューンに声がかかったのは、実務を五年ほど積んだ時だった。警察の機動隊からの召喚があり、基礎訓練をこなした後だった。

 スタンドアッパーを用いて犯罪者と戦う特別機動隊に異動せよ、という内容だった。

 これもまた一つのステップだと、ジューンは解釈した。実際、特別機動隊は優秀なものが集まる、対テロ組織の最前線の部隊である。皇国警察の実行部隊でもあった。

 ジューンはスタンドアッパー乗りとして、極めて稀な、純度の高い訓練を受けることになった。



(続く)

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