第2話

     ◆


 上下左右に揺さぶられる体は、今にもシートから弾き飛ばされそうだった。

 両手でハンドルを握り、両脚でシートを強く挟みつける。そうしていながら、両手はいつでもスイッチを弾けるように、スロットルを開閉できるように余裕をもたせ、両足も複数のペダルを踏み分けられるように力を加減する。

「ハンターよりハウンド・ワン。ハウンド・スリーの側面へ出ろ」

「ハウンド・ワン、了解」

 ジューンは即座に答えて、機体を転進させる。

 二足歩行兵器であるスタンドアッパーはどんな地形でも走破できる性能を持っている。

 今、ジューンが載っているスタンドアッパー、タケミカヅチは第三世代モデルで、これでも搭乗者への負担は軽減されている。第二世代のスタンドアッパーは「シェイカー」とも呼ばれていたくらいだ。

 四機で一個小隊で行動し、前方では味方のハウンド・スリーが天然の地形の傾斜を利用して牽制射撃している。ハウンド・ツーとフォーはジューンとは逆方向から敵の側面を狙っている。ただ相手もこちらの行動に気づいているだろう。

 斜面を滑るように移動すると、一層激しい衝撃が突き上げてくる。身体を包むように膨らんでいるパッドがなければさすがに放り出されるだろう。

 タケミカヅチが斜面の下に到達、ジューンは機体を駆けさせる。メインモニターをチェック。僚機とのデータリンクにより、敵の位置は直接確認はできないものの、おおよそ把握できる。どうやらハウンド・ツー、フォーへの迎撃に注意を向けているようだ。

 所定の位置に到達し、今度は斜面を上がる必要がある。下手な操縦をすればスタンドアッパーの優れたバランサーをもってしても転倒する。足裏にはスパイクと滑り止めのゴムがあるとはいえ、砂利は危険である。

 それでもジューンは全速で斜面を駆け上がらせた。一瞬、姿勢を乱すが、ハンドルにかける力で機体の両腕を動かし、バランスを取る。すぐにオートバランサーが制御を引き継ぐ。

 斜面の上へ出ると、敵の四機のうちの二機がまだ最初の地点を動いていないハウンド・スリーと撃ち合っており、ジューンに背中を向ける形で二機がハウンド・ツー、フォーと対峙していた。

 こちらの迂回は気付かれていないらしい。

 背中にマウントされていた五十口径のスタンドアッパー用重火器を手に取る。引き金にあたる部品はなく、マニュピレーターでグリップを握ると、無線通信で発砲が可能になる。登録されている機体と火器でないと使用不可能な仕組みだ。

 銃に付けられているスコープとタケミカヅチのメインセンサーがリンク、操縦席のモニターに照準マークが点滅。

 こちらに背中を向けている方の一つを照準。

 発砲。

 一瞬のマズルフラッシュの後、目標の機体がつんのめるように倒れる。

 背中が真っ赤なインクで染まっていた。

 その隣にいる機体がこちらを振り向こうとして、タイミングを合わせて押し出してきたハウンド・ツー、フォーの集中射撃でやはり赤いインクに染まる。

 ジューンは他の二機の片方を狙い、発砲。

 相手も発砲してきたが狙いが甘い。黄色いインクがジューンのすぐそばの地面の色を変える。

 敵は頭部が真っ赤に染まっていた。よろめく相手に構わず、もう一発。今度は胸に赤いインクが直撃し、たまらず機体が転倒する。

 最後の一機が最後のあがきとして、ジューンの機体を銃で狙う。

 花はもたせてやろう。

 赤いインクがジューンを撃とうとした機体を染める。ハウンド・スリーからの狙撃だった。

「よし、状況終わり」

 指揮官からの通信。

 息を吐いて、ジューンはハンドルを握りしめていた両手から力を抜く。足はほとんど自動的にシフトレバーを踏み、機関出力を待機モードに切り替えている。

 ここはグリューン皇国の国防軍訓練基地、スタンドアッパー用演習場だった。

 ジューンと仲間たちは皇国警察特別機動隊の一員として、軍を相手の訓練の最中だった。

 機体を待機場所へ戻し、整備台に固定されてからコクピットハッチを解放する。

 顔に吹き付ける風の砂っぽさに目を細めつつ、機外へ出る。この演習場は荒野の只中にある。付近にあるのは兵隊御用達の店ばかりで、民間人は少ない。もっとも、軍としてもその方が都合がいいのかもしれない。機密を守りやすい。

 地上へ降りて待っていた仲間たちに身振りで応じているうちに、初老の男性が歩み寄ってくるのが見えた。身につけているのは皇国警察の制服で、肩には警視正を示す肩章があった。

 ジューンたちが一列になり、敬礼するのに、指揮官である男は軽く頷き、「よくやった」とだけ言った。歩み寄ってきた国防軍側の将校と一緒に彼は去っていき、ジューンたちはすぐに機体の元へ戻った。整備の場に立ち会うことも訓練の一環である。

 夕食どきには再び集合して、騒ぐことになる。

 この演習場に来て、ジューンたち特別機動隊の小隊は負け無しだった。

 なんでもできる。誰が来ても勝てる。そう考えるのは自然なことだった。

 どんな訓練にも耐えられるし、さらに成長できる糧にできる。

 そう思っていた。



(続く)

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