EP2 月日は流れて


(1/7) ~月日は流れて~






あの巨大ゴブリンを討伐してから―

数ヶ月の月日が経ちました。


私達は今日も相変わらず任務で、魔獣討伐に来ています。

時間は陽もそろそろ傾き始め、もうすぐで夕方になろうとしていました。





今日はサニーさんとバルモは、ある別の任務で先に町に戻りました。なので今は、コーレン副団長とルイアと私と他1人の4人で行動をしています。







「ヒュウウウウウウウウウウウウウウー」



「ザアアアアアアアアアアアアアアア―」




天気は、相変わらずの快晴で、雲一つ無い寂しい青空の下を時折ほんのりと冷たい風が吹いています。





そんな風を受けながら


私達は、どこまでも続く大草原の中を馬で駆けていました。




(これは、心地よい風ですね)



―風に揺られて、擦れ合う麦穂の音が良く聞こえる。





所々に見える小麦畑は、もう少しで収穫の時期なのでしょうか。逞しく育った穂の先っぽには、実を沢山付けています。

これは、今年も美味しいパンが出来そうですね!!


そう思うと、胸が躍ります。


私は、パンがとっても大好きなんです。もし…騎士になれなかったら、パン職人になろうと思っていたくらいですから!!




「…」(私)



そして、成長したのは小麦だけではありません。私もまた騎士として、着実に力を付けていました。それから、魔獣調教士としても…まぁ、これはまだやっている事は馬小屋のお世話くらいですけどね。



「ハァ…」(ため息)








あれから…

私達の第2分団の中でも色々と変化がありました。



まず、一番大きな事として…数週間前から新たなメンバーで、キャロットさんという女性が加わりました。キャロットさんは騎士としては、新人なんですが、私とルイアより年上の25歳で黒髪のツインテールの女性です。


騎士団の試験は18歳から受けられますが、合格率が低いので、このくらいの年齢で新人であっても、それは至って普通の事なのです。



キャロットさんは “水の魔法” の使い手であり、この騎士団では回復術士の役割を担っています。彼女が回復術士である所以は、彼女は調合術が得意でありまして、薬草や魔獣の素材など、あらゆるものを調合して回復薬を作っています。


魔獣との闘いなどで傷を負った場合は、回復薬を飲んで治すのが、治療の基本となっておりまして、回復薬は町の薬局とかでも普通に売っています。市販されている回復薬であっても、ある程度の傷ならば、時間を掛けずに治ってしまうのです(あと…魔力も回復します)





私もいつも1~2本の回復薬を持っていますし、害獣との闘いに明け暮れる、この世の中にとって必要不可欠な物であるという事は、言うまでもありません。彼女も自ら調合して作った回復薬を使って、傷を負った人達を治療しているのです。






因みに…回復薬は、魔法薬の1種であります。


魔法薬というのは、飲めば何かしらの効果を得られる事が出来る魔法の薬であり、液体として瓶に入っている事が多いです。そして…魔法薬には色々な種類がありまして代表的なものは、良く使われる回復薬ですが、他にも色々な効果を持った魔法薬が存在します。



彼女も表向きは回復術士ですが…

他にも色々な種類の魔法薬を作っているとか。

中には、怪しい薬も…




例えば、幽体離脱が出来る薬とか。




まだ完成は、してないみたいですけど…


どんな用途で使うのか、さっぱり分かりません。





(まぁ、確かに…)

(ちょっとだけ、幽体離脱を体験してみたいですけどね)





彼女は今、その怪しい薬を作る事に奮闘しているみたいです。

良く言えば、研究熱心なんでしょうが。

ん~、どうなんでしょうか…



それから、他のメンバーも相変わらずです。


バルモが…町の筋肉自慢コンテストで準優勝した事や、コーレン副団長とサニーさんが付き合っているのではないかとの噂が騎士団の中で流れて、それを知ったルイアはやけ食いをして、体重が増えたとか。そんな事がありました。



そうそう―


あとコンテストといえば…私もパンの大食いコンテストに参加して準優勝でした。この町の美味しいパンを一杯食べられた事は嬉しかったですけど…でも、やっぱり美味しいものは、ゆっくり味わって食べたいものですね。参加して振り返って、そう思いました。




でも、来年も参加しますけどね!!








「…」(私)




そんな日常微笑ましい事が色々ありましたけど、気に掛かる事もあります。そして、今日は寂しい話―




「あっ!!」

「見て下さい。向こうに何かいます!!」


急にキャロットさんは、向こうにいる何かに指を差して、おどおどしく言いました。指差した方を見ると、遠くの方に大きな水玉があるのを発見した。



あれは、巨大スライムですね!!


草原で遮るものが無いから、遠くにいても分かり易いです。



…それにしてもキャロットさん、巨大スライム程度で少し怯えすぎですよ。まぁ…まだまだ騎士としての経験が少ないから、仕方ないと思いますけど。



「「ルイア、行くわよ―」」

「「防御をお願い!!」」


「「分かったわ!!」」



―私は即座にルイアに声を掛けて、臨戦態勢に入る。



     


 


 

さぁ、ここからはとりあえず魔獣討伐の時間です!!












(2/7) ~さて今日の大物です~











「「プルルルウウウウウウウウ~ン!!」」


風に吹かれて、大きな水玉が『プルン、プルン』と震えている。



巨大スライムは―

大きさは3~4メートル程で、その大きな水玉の中に小さな目が2つプカプカと浮かんでいる害獣です。



大きな水玉に小さな目が、とてもミスマッチです!!




そして―

その小さく円らな目が一見して、可愛らしい姿に思えますが、その姿とは裏腹にとても危険な魔獣なのです。普通のスライム(手の平サイズ)は、人には無害で農作物を食べるくらいですが、巨大スライムは普通の人が不用意に近づいたら…間違いなく死にます。




「パカパカパカパカパカパカパカ―」


―ルイアと私は、巨大スライムに向かって馬を走らせる。




コーレン副団長とキャロットさんは、そんな私達を後方から見守ります。




私は…もう実戦でも、奥義 “親和の芳香” を使える様になっていました。そして、巨大スライムくらいならば、それで普通に眠らせて仕留める事も出来たのです。




しかし、それをする必要すら無かった。








私とルイアは途中、何かする訳でも無く、只一直線に巨大スライムとの距離を縮めていきます。


そして―

プカプカと浮かんで、どこを見ているのか分からない巨大な水玉の小さな2つの目が揃って、こちらを向いた瞬間に―





   【【【ギョロロロ―!!】】】





私は、馬から宙高く飛び上がった!!


「「「ドドドドドドドドドドドドド―!!」」」


―その直後、巨大スライムの全身から四方八方へと、ビー玉くらいの大きさの水の粒が高速で打ち出される。



水の魔法 “水球連弾” です。


高速で打ち出された水弾の貫通力は高く、普通の人の身体は勿論、下手な鎧や防具でも貫通する程の威力があります。




因みに…私達、騎士は鎧を付けていません。

あれは、重たいですから…その代わりに、強化の魔法が付与された頑丈で動きやすい隊服を着ており、それは巨大スライムの水弾も防いでくれます。





(まぁ、そもそも当たりませんけど!!)



「ヒュウウウウウウウウウウウウウウ―」



空中に舞い上がった私は、魔法 “魔獣の気持ち” で、巨大スライムから放たれた水弾の弾道を読み、身体を捩らせて水弾を全て避ける。


ルイアはと言いますと、私の馬や自分の周りに小さな火の球を無数に作り出し、それらに向かい来る水弾を全て当てて、相殺して防御する。



これは、火の魔法 “凝火球” です。



一見小さな火の球に見えますが…実際は、かなりの熱が凝縮された火の球です。水弾は小さな火の球に当たった瞬間に、水蒸気になって消滅します。


その火球の威力もさることながら、なにより巨大スライムから高速で放たれた水弾に寸分狂わず小さな火の球を当てるとは―



凄まじい動体視力と反射神経です!!

そして、魔法を上手くコントロールをする事が出来なければ、そんな芸当は到底出来ません。






ルイアは、もう火の魔法を自由自在に使いこなす事が出来ていたのです。







「「さぁ、終わりよ―」」 


私は、空中で剣を握り締める。



「「ギョロロロ―!?」」


そんな私を見て、巨大スライムは察したのか、円らな2つの目を水の中で泳ぐ魚の様に、水玉の中でクルクルと移動させる。撹乱させようとするつもりでしょうが―




 “魔獣の気持ち” で、そんな動きは予測済みです!!




普通の人ならば、川で泳ぎ回る小魚を剣で斬るくらい難しい芸当ですけど、私にとっては朝飯前なのです。



   「ズバン―」 「ズバン―」



私は的確に―


そして、素早く剣を二振りして、2つの小さな目を真っ二つにしていた。そう、巨大スライムの弱点は目なのです!!







  「「「バシャアアアアアアアア―ン!!」」」





私は着地するのと同時に、形を保てなくなった巨大スライムは弾けて消滅していた。


はい、討伐完了です!!






(お疲れ様で~す!!)











(3/7) ~寂しい話~











「「2人とも凄いです!!」」

「「特にイブさんの鮮やかな剣技には、見蕩れました」」


「瞬殺ですよ、瞬殺!!」


巨大スライムを倒した後、キャロットさんは私達にそう言いました。



「エヘヘへ…」

「そんなに、凄くないですよ」 


私は、照れながら謙遜する。



「相変わらず、流麗な動きね。でも、私も奥義を使って一発で蒸発させる事も出来るんだからね」


そして、さりげなく張り合うルイア。



ここ最近で、腕が上達したルイアも奥義が使える様になっていたのです。まぁ、披露する機会はなかったが…



「ルイアも、完璧な防御だったわよ。私は、あそこまで魔法を自由自在に使う事は出来ないわ。有難う」


私は、ルイアにお礼を言う。



「私もイブの様な流麗な動きは、とても真似が出来ないわ」

「流石ね!!」


「有難う」

「でも、私の技は全部地味だから…」

「私も、ルイアの様に派手で格好良い魔法を使ってみたいわ」



私達は…

奥様達の会話の様に謙遜しながら、お互いを誉めあっていた。







「よくやった、お前達」




「あっ、コーレン副団長…」(私とルイア)







「お前達の成長速度は、目を見張るものがある」


「もう騎士として一人立ちするには、十分な力だ」



「いや、十分すぎる程だ…」


「もう、バルモよりも強いんじゃないか?」








コーレン副団長には、殆ど誉められた事はありませんでした。

いつも指摘ばっかりでしたし。なので、誉められた事はとても嬉しかった。



ですけど…






「お前達には、期待している」


「こらからも、このパーシャ騎士団の事を頼んだぞ」









辺りは陽も暮れ始めて、夕方になっていました。

夕陽に晒されて、その様に言うコーレン副団長の姿は、どこか寂しげな雰囲気を纏っていました。




「…」(私)



いや、私自身が寂しく感じているのかもしれない。




…寂しい話しとは、今日でコーレン副団長は、この第2分団から離れてしまうのです。私とルイアは、つい先日にコーレン副団長とサニーさんの教育を卒業していました。


コーレン副団長は、お役御免という感じですね。


それは一人前の騎士として認められた事になり、とても喜ばしい事なのですが、やっぱり寂しいものです。コーレン副団長は騎士として尊敬していましたし、とても頼りになるお方であり、もっと近くで一緒に仕事がしたかったので、残念です。




そして、ルイアも…



いや、ルイアは…私以上に寂しそうでした。





何故でしょうか―?






まぁ…でも、コーレン副団長は第2分団からは離れますけど、パーシャ騎士団には、いますからね。望みは、薄いけど無くなった訳じゃないからね。貴方の恋を変わらずに応援しているわ。




だから諦めないでね、ルイア。






…あと、コーレン副団長が第2分団から離れる理由として、勿論…私達の教育を終えた事もありますが、他にも理由があります。それはパーシャ騎士団の中で、いや…この王国の騎士団の中で大きな人事の異動があった事が挙げられます。


まぁ…その関係で今夜、パーシャ騎士団のある人の送別会が行われるんですけどね。その準備の為、バルモとサニーさんは早く町に戻ったのでした。











「カァカァカァカァカァカァ―」



「ヒュウウウウウウウウウウウウウウ―」




遠くの空で、烏が鳴いています。


私達も今日の任務を終えて、帰路に着く所でした。






見渡す限りの―



大草原を行く私達。








赤々と、どこまでも天高く真っ赤に染め上げた夕焼けの空は




毎日、見慣れた景色のはずなのですが




今日は、いつになく綺麗に感じました。








この町はパンも旨いですが、夕陽もとても綺麗な町なのです。






「…」(私)





いや…夕陽は、どこから見ても綺麗なものですよね。


しかし―


そう感じてしまう程

その情景は私の胸に突き刺さっていました。
















何故でしょうか―











(ルイア…)










(ルイア…)









私は、少し離れて…前を行くコーレン副団長に聞こえない様に、ヒソヒソとルイアに話し掛ける。キャロットさんは…私達の後ろの方で、黙々とメモを取っている。


多分、今日の任務での事を書き記しているのでしょうか

(…だと思いますけど) 


相変わらず、勉強熱心ですね。

とりあえず、それに集中してそうだし大丈夫でしょう!!






「何…イブ?」


「コーレン副団長に今、告っちゃえば…?」



「「ブウウウウウ―!!」」 


ルイアは、軽く吹いていた。



「な、何を言っているのよ!!」


「ごめん、ごめん」

「だけど…今を逃すと、これから先はチャンスが少なくなるんじゃないの?」


私は冗談ではなく、半分本気で言っていた。




私とキャロットさんは離れているから…

だから…ねっ!!





「そんな、勇気ないわよ…」


ですけど、ルイアはそう言って断っていた。

絶好のチャンスを…ルイアの意気地無し。




「告白するんですか!?」


「!!」(私とルイア)


キャロットさんは、いつの間にか私達の隣に来て、そう言った。本当、いつの間に…




   あのー、今の話し聞いていました?




(コクリ―)


キャロットさんは、頷いていた。完全に油断していました。




「私にも、何か協力出来る事があったら言って下さい!!」

「応援しますから!!」


キャロットさんは、ヒソヒソ声で真剣な顔をして、言いました。




「…」(私)


アラっ…でも良かったじゃないの、ルイア。

協力者が増えましたし。




「ルイアさんは、告白する勇気がないんですね。それじゃあ今度、勇気を出す薬を作りますね。それとも、コーレン副団長に惚れ薬を飲ませますか!?」


キャロットさんは、相変わらず真剣な顔で言いました。




「…」(私とルイア)


あのー、やっぱり気持ちだけで大丈夫です。

実際、そう口には言わなかったが、私とルイアは表情でそう答えていた。










―そして、そろそろ私達が町に着く頃でした。




「「ザッザッザッザッザッザッ―」」


「「ザッザッザッザッザッザッ―」」



私達の町に向かっている騎士の隊列を目にしました。


また、他の町から騎士の増援が来たのです。





この前も来ましたし…


日に日に、それが顕著に見られる様になっていました。

どうして、こんな辺境な町に多くの騎士の増援が来るのでしょうか…








これは今、気に掛かっている事になります。











(4/7) ~不穏な空気~











―この町は、この王国の王都から遠くは離れた、ある国との国境付近の場所に位置しています。



私も騎士団の試験で王都に行った時は、もはや別の国ではないかと思う程、時間を掛けて移動したのを覚えています。



馬車で、何日も掛けて…



昔から憧れていた騎士団に入る為とはいえ、移動だけでかなり疲れましたね。本当に1回で合格して、良かったと思います。




「…」(私)



「ゴホン―」



ある国とは、バルキードという国になります。

このパーシャの町は、バルキード王国との国境近くにあるのです。そして、近頃この国と隣国のバルキードの間で不穏な空気が流れているのです。



理由は…

このパーシャの町から、それ程遠くない距離にある天魔の山脈という、沢山の山々が連なる場所から取れる魔石が原因になります。


魔石というのは

魔獣が死んで時間を掛けて結晶化したものです。


そして、魔石はこの国の、いや…多分この世界で重宝される代表的なエネルギーであり、人々の暮らしを支えるライフラインの源になっています。





地球でいう所の石油といえば、分かり易いでしょうか…


あっ…例えが、ぶっ飛んでいましたね。忘れて下さい。





その魔石の取れる場所が、ちょうど両国の国境線になっている事もあり、その資源の所有権を巡って、両国は長年に渡り対立が続いてはいたのですが…近頃、バルキードの方が不審な動向を見せているそうです。




―その昔、両国の国境を決めた時に、その様に分けた理由として、両国の王が話し合い、仲良く平等にその魔石という資源をお互いの国で分け合おうとした事が目的だったそうです。


勿論…喧嘩をする為に、その様に国境を決めた理由ではないのが、最初の話だ。








「「ザッザッザッザッザッザッ―」」



「「ザッザッザッザッザッザッ―」」





夕陽が沈みゆくパーシャの町を、重い足取りで進んでいく隊列を見て…私の頭には、ある不安がよぎっていた。





この王国より、国土が小さく資源が少ないバルキードは、よく思っていない。










もしかして、これから―








「「ザッザッザッザッザッザッ―」」




「「ザッザッザッザッザッザッ―」」






  「「ザッ」」 「「ザッ」」 「「ザッ」」





     「「ザッ」」 「「ザッ」」





  「「ザッ」」  「「ザッ」」 「「ザッ」」





  「「ザッ」」 「「ザッ」」 「「ザッ」」





     「「ザッ」」 「「ザッ」」





  「「ザッ」」  「「ザッ」」 「「ザッ」」





     「「ザッ」」  「「ザッ」」


 











「イブ…、どうしたの?」






「もう、始まっちゃうわよ」




ルイアは、足を止めて、その隊列を見ている私に声を掛ける。
















「ごめん、ごめん」


「今、行くね!!」



そうそう、これからパーシャ騎士団で、ある人の送別会が始まるのでした。私達もこれから、それに参加するのです。



まぁ…送別会というか、只の飲み会みたいなものだと思いますけど。











(5/7) ~やっぱり飲み会です~











「ワイワイワイワイワイ…」


「ガヤガヤガヤガヤガヤ…」




巨大スライムを討伐した夜、私達はこのパーシャ騎士団のある人の送別会に参加していた。町の酒場を貸切りにして、パーシャ騎士団の面子はワイワイ、ガヤガヤと楽しそうにお酒を酌み交わしている。


私とルイアも、もう20才だからお酒は飲めるのです!!


しかも、明日は2人とも休みだから今日は心いくまで飲む事が出来ます。



「「最高オオオオ―!!」」


「「今日は、飲むぞオオオオ―!!」」




  「「「カンパアアアアーイ!!」」」(騎士の皆)




私は先程、頭によぎっていた不安なんて、もうどこかにいっていた。そして、これが誰かの送別会という事も…




「おめでとうございます、スターレス団長!!」

「いや…スターレス総団長」


「まさか、この国の総団長に抜擢されるなんて…」

「団長殿は、我がパーシャ騎士団の誇りです!!」


コーレン副団長は横に座る、イカついチョビ髭の大男にそう言っていた。



そうそう、そうなんです!!


今日は、我がパーシャ騎士団のトップであるスターレス団長の送別会なのです。スターレス団長は来月に、このパーシャ騎士団から異動してしまうのですが、今度は…何と、王国騎士団の総団長に任命されたのです!!




総団長というのは…

この王国の全ての騎士団のトップになります。




こんな田舎の騎士団から、その様な大役を担う人が出るなんて…とても驚きであり、このパーシャの町や我がパーシャ騎士団にとっても、それは大変栄誉な事であるのです。





「スターレス団長、おめでとうございます!!」


「凄いですね、大出世じゃないですか!!」


「スターレス団長、メチャクチャ強いですからね!!」


「尊敬してます、スターレス団長!!」



騎士の皆も、スターレス団長の事を誉め称える。





「よせよせ、あまり誉めるのではない…」


スターレス団長は、そんな皆からの言葉に冷静そうな表情で返していた。スターレス団長は、その実力は言うまでもありませんが、そのイカつい体格から連想する様な、豪快な性格などでは無く…むしろ、その逆でとても物静かで謙虚な人であった。




そして、シャイな一面も…




スターレス団長は、皆にこう言った。




「え~、オホン」




「私が…騎士団の総団長になれたのも、我が優秀なパーシャ騎士団の皆の活躍があったからこそなのだ。皆がいなかったら、私は総団長には、なれなかった。これは、皆のおかげだ。そして、我が功績など…皆の功績に比べれば微々たるものだ。だから、私には総団長になれた事を嬉しいと思っている暇なんて無いのだ。これからも、至らぬ私は騎士として変わらずに精進するのみだ」


「お前達も無理がないようにな。そして…栄えある、このパーシャ騎士団の活躍を、耳にする事を遠くから楽しみにしている」



「心より礼を言う。我が…仲間たちよ。有難う」






「スターレス団長…」(私)



「「そんな事言って、本当は嬉しいじゃないんですか!?」」

「顔に書いてありますよ。嬉しくて照れているんじゃないんですか、団長―!?」」


「「コラっ、イブ!!」」


お酒の影響か、勢いでそう言ってしまった私をルイアが叱る。

無礼講すぎましたね。


「「ゴホゴホゴホ―」」


スターレス団長は飲んでいたお酒を少し吹き出し、図星の如くゴホゴホとむせていた。スターレス団長は、皆から誉められて、顔を少し赤らめていたのです。




「顔が少し赤くなっているわよ、団長」 


サニーさんは、クスクス笑いながら言う。



「やっぱり嬉しいですね、団長」


そして、コーレン副団長がとどめをさす。




「よせ…これは、酔っぱらっているだけだ!!」


スターレス団長は、軽く怒りながら恥ずかしそうにプイっと皆から顔を背けてしまった。





「…」(私)


…明らかに照れている。


そんな、このオッサンの仕草は、どこかツンデレ要素を感じさせた。オッサンのツンデレなんて、全く需要がないと思うのですが…


ですけど、皆は笑っていました。






「「団長…!!」」

「「この町から、いなくなっちゃうなんて寂しいです!!」」


バルモは、涙ながらにスターレス団長に言う。



「俺は、貴方に…」

「筋肉自慢コンテストで勝つ事が目標だったのに…」



「済まぬ…」




聞けば、この町の筋肉自慢コンテストで準優勝だったバルモを抑えて、優勝したのがスターレス団長だったみたいです。


いや、アンタが優勝してたんかいっ!!



「「スターレス団長オオオオ―!!」」


バルモは感極まって、スターレス団長に抱き付いていた。

抱き付かれたスターレス団長は、どうしたら良いのか純粋に困っていた様で…とりあえず、何も言わず抱き合っていた。


このムキムキの2人の男が抱き合う姿も、全く需要が無いと思うのですが…バルモ、貴方も中々無礼講ね。



ですけど相変わらず、皆は笑っていました。




私を含めて。






「ワイワイワイワイワイ…」




「ガヤガヤガヤガヤガヤ…」









その後も―

こんな感じで賑やかで騒がしい時間が過ぎていった。


普段は騎士として皆、大変な思いをして仕事をしているので、その束の間の安堵の時間を楽しんでいる様に思えた。私もその中の一人で、騎士団の皆と酒を酌み交わし、色々な話をしました。それはそれは、とても楽しい一時でした。




そして…


この仲間達がいれば、私はどこまでもいける様な…


そんな感じがした。





どんな苦難があろうと心挫ける事なく


立ち向かっていけると…







「…」(私)





お酒の影響か、表現を誇張しすぎましたね。

ちょっと、恥ずかしいです。











        ◯












酒場の喧騒の中で、相変わらずスターレス団長は静かにお酒を飲んでいる。スターレス団長も、今の私と同じ様な事を考えているのでしょうか。


どこか…そんな感じがする表情で、ワイワイガヤガヤと騒ぐ皆の事を見ていました。




そして―












  「心より礼を言う 我が誇り(パーシャ騎士団)よ」








「ん…?」 



スターレス団長の口元が僅かに動き、そう言っている様に見えた。実際には、何も聞こえていません。口元の動きを見て、その様に言ったのではないかという、只の憶測に過ぎません。




小さく、そう呟いたであろうスターレス団長の言葉は、辺りの喧騒の中に消えていきます。








「今…何か言いました、団長!?」 


隣に座っているコーレン副団長が聞きます。




「いや、何も言っとらんよ!!」 


スターレス団長は照れながら、そう言った。










(6/7) ~2次会(前編)~











スターレス団長の送別会が終わった後、私達…第2分団のメンバーは、明日は休みという事もあり、別の酒場に移動して2次会をしていました。




時間は、もう22時をまわっている。




先程の送別会の様な騒がしい雰囲気とは違い


今度は皆、静かに飲んでいた。




「いやー、スターレス団長、凄いですよねー」

「そして、とても嬉しそうでしたね」


私達は、改めてスターレス団長の凄さを話していました。



今回、スターレス団長が任命された総団長というのは、長らくこの王国には置かれていませんでした。昔はあったそうですが、不在のままであった。


今回…久しぶりに総団長が置かれた形になりますので今、国中が『総団長が帰ってきた』とか『総団長が復活した』とかで大いに沸いております。









―この王国の歴代の総団長は、国中の騎士団を率いて、竜を退治してきたそうです。






…と言うのも、この王国が歩んできた歴史とは、竜との闘いの歴史であるからです。


この王国…いや、この王国のある大陸は、とても広大であり、そのどこかには竜の住み処があるとされています。そして、100年に一度くらいの頻度で、どこからともなく飛来した竜が人々の町を襲っているのです。




それは魔獣というよりかは、災害に近い存在です。




最後に竜が飛来したのは50年前の事になり、当時の総団長が最後、竜と相討ちになり、倒したそうです。そして、そのまま総団長の席は空いたままになっていました。


今回、突然王国が総団長を任命したのは、これから来るであろう竜を見越しての事なのでしょうか…



しかし、まだ時間的には余裕はあります。



どちらかといえば、不審な動向を見せるバルキードへの牽制が含まれているかもしれないですけど。まぁ、その辺は良く分かりませんが…






因みに…この王国における竜との闘いの歴史をなぞらえた伝承話『操竜伝説』によると、竜を倒した総団長は、竜を操る “操竜” という魔法が使える “操竜術士” の『称号』を得て、この王国を末長く安泰に導いたとされています。



『称号』というのは、ある困難を乗り越えて、条件を満たした時に得る事が出来る “呼び名” であり、その呼び名に即した特別な魔法が使えるみたいです。そして、その称号の “呼び名” は、私達が身分証として持っている『ギルドカード』という特殊なカードに刻まれるらしい。


“操竜術士” という『称号』は、竜を倒した者が得られるそうで、この王国の歴代の総団長は竜を倒して、その『称号』を得たとされています。








…とまぁ、この『称号』の話しは、あくまで伝承話なので、明確な記録も無く、本当に存在するかどうかも定かではないですけどね。


なんですけど…一応、私も魔獣調教士として、この話は気になっている所であります。だって、竜を操るなんて魔獣調教士の血が騒ぎますからね!!








「竜を見た事はないけど、あの人ならば倒せるんじゃないか」


「だって、メチャクチャ強いし…」

「騎士の決闘も、1回も勝った事がなかったからなぁ」


「ハァ…」


コーレン副団長はため息をついて、言います。




『騎士の決闘』というのは、名前は重々しいですが、只の訓練の一環で行われる騎士同士の模擬戦の呼び名です。


そして、パーシャ騎士団にはスターレス団長が作った特別なルールがありました。それは…もし団長に勝てたら、その騎士が欲しいものなどの望みを1つ、団長が聞いてくれるというものでした。


因みに…私は、それでパンの食べ放題を奢って貰うという約束を団長としていました。まぁ…結局、勝てた人は1人もいませんでしたけど。





これは、騎士のやる気を引き出す為の甘い罠といえるでしょう。手加減してくれるとはいえ、上官との模擬戦は皆、萎縮してしまいますからね…





今はスターレス団長を振り返るにあたり、良い思い出話です。



私は、空を見上げて…いや、ここは酒場の中なので薄暗い天井を見上げて、少し寂しい感情に浸っていました。







(また、どこかで決闘する事があるかなぁ…)








「…」(私)




それよりも、先程からコーレン副団長の元気があまり無い。


ため息ばかりついている。

それを察したのか、サニーさんはコーレン副団長に話し掛ける。




「コーレン副団長もおめでとうございます」

「いや…コーレン団長」



そうそう、そうなんです!!

スターレス団長が総団長になった話で持ち切りでしたが、コーレン副団長もこのパーシャ騎士団の団長に昇進していたのです。空席となったパーシャ騎士団の団長の席に、コーレン副団長が収まる形になります。


正式には、来月から団長なんですけどね!!


しかし、スターレス団長は明日の朝に諸々の準備などで王都に旅立ってしまうので、実質的な団長は、もうコーレン副団長になるのです。




「おめでとうございます」(私とキャロットさん)


「やったじゃん、団長」


「…おめでとうございます(照)」



私達は思い出した様に、コーレン副団長を称える。



「よせよせ、あまり誉めるのではない」



「…」(私)



(あのー、スターレス団長が乗り移ってますよ…)


まぁ、でもコーレン副団長は息を吹き返したみたいです。

そして、活気付いた様子で饒舌にある話をします。




「冗談だよ…皆、有難う」

「そうそう、後ついでに報告したい事があるんだ」


「俺、こないだスリースターになったんだ」


コーレン副団長は自慢気に懐から、そのカードを取り出し、皆に見せます。





  「キララアアアアア―ン!!」(謎の効果音)




「凄いじゃないですか!!」(私とキャロットさん)


「マ、マジですかっ!!」


「団長、スリースターになったんですね…素敵(惚)」



「私は、もう知っていたけどね」



コーレン副団長の手に持っていたのは『ギルドカード』と呼ばれるカードであり、そのカードには3つの煌めく星が刻まれていた。











(7/7) ~2次会(後編)~











コーレン副団長が手に持っている3つの星が刻まれたカード…

それはギルドカードと呼ばれています。



ギルドカードとは、世界のあらゆる国に置かれている冒険者ギルドが発行している特殊な魔石で作られたカードの事で、そのカードには色々な情報が記録されています。




例えば…


『今まで倒した魔獣の数』や『使用する事が出来る魔法』などの魔獣討伐と魔法に関する情報や、それから『名前』や『出身地』や『職業』などの基本的な情報も記録されており、身分証としても広く使われている重要なものです。



…この世界では魔獣(主に害獣)を倒すと、その魔獣の魔力や生命力を少し吸収する事が出来まして、その分強くなれるのです。



つまり、魔獣を倒せば倒す程に強くなれるのです。そして、ギルドカードには、その特殊な効果により、今まで魔獣から吸収した魔力量(俗に経験値と呼ばれているもの)を見る事が出来まして、その経験値の累積がある一定の量を超えると、その活躍を称賛してギルドカードに星が自動的に付与されるのです。




そんな感じでギルドカードに星が付与されますと、その冒険者は星の数に応じて“◯◯スター”との通称で呼ばれます。


コーレン副団長がなったスリースター(3つ星)は一流の冒険者として世間から呼ばれており、騎士にとっても、それは大変名誉ある勲章の様なものです。因みに、私とルイアはワンスター(1つ星)です。





そして勿論、付与された星は、その活躍を称えるだけの飾りではありません。魔獣を倒せば倒す程に強くなるのです。つまり、付与された星の数に比例して、実際に強いのです。







とはいえ、いきなり極端に強くなる訳ではありませんけど…




ツースター(2つ星)くらいから人並み外れた動きが出来る様になると言われていますが、それには…とても多くの魔獣を倒す必要があります。私とルイアも、もう少しでツースターになれるのですが、ここまで来るには…本当にとても大変な日々でした。




そして、その上のスリースターになる為には、更に途方もない多くの魔獣を倒さなければならないのです。







この王国のスリースターの騎士は―



一流の騎士とされ、騎士団長や副団長クラスの実力とされています。私とルイアのワンスターは、一人前の騎士といった感じでしょうか…あとですが、ゼロスター(星無し)は半人前の騎士、ツースターは…良い感じの表現がないので、一人前の上の存在(但し一流ではない)の騎士とされています。










「カラン、カラン―」





「ハァ…」(ため息)






私はもう1回空を見上げて…いや、ここは酒場の中なので薄暗い天井を見上げて、ため息をつく。





グラスに入った氷が『カランっ』と音を立てた。





(…私もいつかスリースターの一流の騎士になりたいものです)



私は心の中で、そんな思いを抱きます。







「ペチャクチャ、ペチャクチャ…」




「ペチャクチャ、ペチャクチャ…」





―その後、スターレス団長に張り合うが如く、自身の活躍を長々と語り出すコーレン副団長。


コーレン副団長は、皆がスターレス団長の事ばっかり話題にしていたから悔しかったのでしょうか。そして、大分酔いも回ってそうです(私も含めて)



明かりが暗く灯る酒場の席で、眠そうに適当に相槌を打ち、聞き流していく私。そして…





「私だってえええ」

「いつか、スリースターの騎士になるんですからねぇー!!」


私は心の中で思ったつもりが、声に出ていました。

(…お酒って怖い)




「言うね、イブ!!」 


皆は、そう言う。



「イブ、お前もスリースターになるのか。じゃあ待っているぞ。険しい道になると思うがな、ハハハハハハ―!!」 


コーレン副団長も、そう言って笑っていました。





「「じゃあ、俺も(スリースターに)なるぞ!!」」(バルモ)



「「勿論、私もね―!!」」(ルイア)



「ついでに、私も…なりたいです」(キャロット)




「私は、もう少しでなれるけどね」(サニー)




「「えっ、そうなの!!」」

「「じゃあ、私はその倍のシックススターになるぞオオオオ!!」」



「ハハハハハ~、何それ!!」(皆)







―それからは皆、それぞれ言いたい事を言って、飲み会はお開きになりました。




また、いつかこんな感じで皆と飲みに行きたいですね。









































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