第15話 【VS ジャンバーユ】④

 俺は体を糸でグルグル巻きにされた。

 その間にもジャンバーユはすぐにも拘束を解こうと躍起になっている。

「早くしないとこちらの身が持たないですよ。」

 包が蛙のぬいぐるみマスクの口に手を突っ込んでいた。片手で鉄の鎖を握っている。

「そう言われても、即効性のある武器を作るには時間がかかるのだ。」

 ゆっくりと細い武器を引っこ抜いていく。

 ブチブチブチッ。

 嫌な音がする。

「全くだよ。俺っちは天才っすからね、こんな馬鹿なホープ頭脳にはならないと思ってたんすけどね。」

 透がジャンバーユに抱きついた。

 無数の蔦がその場を襲う。その時、板が押し出された。

「命の価値観が疎かな馬鹿共みたいに、死を当然に扱うのはおかしいと思ってたんすよ。俺っちはそんなんにならないって思ってたんすけど、違ったっすわ。俺の命に変えててもこいつをたおす! って思っちまったっすもん。」

「確実に拘束する代わりに道連れになるつもりか?」

「その通りっすね。板っちも今までありがとっす。こんな俺っちをナンバーツーって言われる程まで育ててくれたんっすから。感謝しかないっすよ。今ではこんなにもあの日々が懐かしいとは泣けてくるっすね。刑事板がハンターになった話、何度も聞きました。もう聞きたくないって思ってたのが懐かしいっす。また聞きたいって思うなんて。何言ってんすかねぇ、俺。」

 その時、包が口から弓を取り出した。

 黄金に輝く、複雑な形の弓矢。鋭い弓矢が殺気を放っていた。

「この作戦は──」「駄目っすよ。作戦を中止したら。そしたら、今度はさらに多くの犠牲が出る。それも任務失敗の可能性も大きくなるっすから。」「それでも……。」

 板は言葉に詰まった。

「教えてくれたっすよね。この業界は犠牲の上で成り立ってるって。」

 その言葉を聞いた板はゆっくりと下を向いた。

「ああ、そうですね。死を覚悟したお前さんが踏ん切りをつけてるのに、この私がうだうだしてるなんておかしいですな。」

 幾重にも絡まる蔦がジャンバーユの動きを止めている。

「本当に馬鹿な弟子を持ったものです。最後に、私がこの業界に入った武勇伝を聞かせてあげましょう。」

「またっすか。……もう。ほんとしょうがないっすね。」

「まずは第ゼロ章、私の刑事の物語、総集編から。」

「そこからっすか。」

 二人はこの緊迫した空気感とは違う笑みを浮かべていた。楽しそうな気持ちが何故か芽生えてきそうだ。

 遠巻きでは命懸けで多数のズリアンと戦っているハンター。その勢いは収まらない。

「ここで幕間。その間に、やるべきことをやりましょうか。クシブさん、作戦は分かっていますね。」

 急に話されたせいで、「は、はい」と思わず返事した。

 彼はジャンバーユのマスクに触れた後、弓矢に触れた。弓矢が巨大になっていく。その巨大化する弓矢の上には窪みがあり、その上に俺は怪力によって乗せられた。

 巨大な弓矢の上から見下ろす景色。

 地獄絵図のような壮絶な風景が周りには広がっていた。

 板と透の話は聞こえなくなった。けれども何を話しているのかは予想がついた。内容は知らないけれども、何を話しているかは分かる。

 怪力のマスクを付けた大森という男が弓矢を上に向けて投げた。弓矢は空中に留まっている透明な壁を通過し加速する。

 俺と糸で繋がっているカクが一緒に着いてきているのが分かる。カクは光の壁を作り出しているみたいだ。

 透き通った空。上を見上げれば星屑が漂う。美しいとしか言えない空間。異能力のマスクをつけてなければいられない空間。

 辛いな──。

 これから一人の男が死ぬのだ。

 それも最後は俺の手で。文上だけなら人殺しにも近い状況だろう。殺したくない。けど、これをやらなければ被害は拡大する。なにより覚悟を決めた透に対して顔向けができない。

 ええい、ママよ。

 俺はバッグから放たれる波動砲を下に向けて放った。エネルギー弾が弓矢を勢いよく落下させる。

 弓矢は壁をすり抜けて加速する。

 勢いついた弓矢が地面を貫き矢の半分まで刺さった。

 俺とカクが自由落下していく。

 カクの糸で無事に地面にたどり着いた。

 そこには穴の空いた地面と、近くで泣き崩れる透がいた。呆気にとられている大森。板の姿はどこにも見当たらなかった。

「物足りないねぇっすよ。こんな短い話じゃあさぁ。言ってたじゃないっすか。トップファイブはろくな奴がいないからトップの座を離れられないって。ほんとは俺っちは馬鹿なんすよ。いつも天才なんて言ってるっすけど、馬鹿なんっすよ。馬鹿だからろくな奴じゃないんすよ。まだまだ俺っちは馬鹿なんすよ。なんでそんな馬鹿な俺っちにトップを譲るんっすか。」

 もうジャンバーユの姿かたちはない。

 その付近の弓矢に向かった片手で軽く殴る彼。その瞳には潤いがあった。

「辛いっす……。」

 彼は泣き崩れていった。

 地面には穴と蔦の残骸。瞳から落ちる雫が蔦へと落ちていった。まるで植物に水を与えるかのような。

 後から聞いた話だが、板は怪力の能力をコピーし使用。無理やり蔓蔦をちぎり、透を引き抜き、近くに投げたようだ。そんな彼はその有り余る力でジャンバーユを上から抑えていたみたいだ。抑えてる最中に黄金の弓矢が穿ったのだ。


 ケータイが鳴り響いた。

 シロクマさんからだった。

「よくやったよ。無事X級ズリアンであるジャンバーユを撃退したよ。応援に来ていたズリアンも一斉に帰っていったみたいだ。これにて一件落着。君たちからは森よりも深い地球への愛を感じるよ。これからも地球のために地球外生命体であるズリアン退治をお願いするよ。」

 安堵なのか、それとも虚無感なのか。俺には分からなかった。ただ俺は地べたに座っていた。

「ジャンバーユ本体はこちらで回収した。素材についてはこちらでMVPを決めて送ることにするよ。また、みんなには臨時ボーナスを送ったよ。また確認してくれ。ひとまずお疲れ様。」

 一気に静まり返ったこの戦場。

 耳を澄ませば歓喜の声が聞こえるが、俺は無意識的にその声を聞かないようにしていたみたいだ。

 透が板に変わっただけ。踏ん切りつけてたじゃないか。そう言い聞かせても、俺は辛いままだった。変えられない運命のようだ。

 俺はただ上を向くことにした。

 あの時の星屑みたいに綺麗じゃない。少し淀む空が歪に存在してるだけだった。

 綺麗とは言えないけど、綺麗だな。

 そんな意味のわからない下らない感想のみが頭の中をぐるぐると回っていた。

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