第9話 恐竜のマスク

 分厚い雲が太陽を隠している。

 薄く蔓延する光。薄暗い中で細い縄が蠢く。赤と白、青と白、緑と白、様々なカラーリングの縄が土下から飛び出し自ら勝手に動いている。

 縄が伸びていく。際限なく下から出てくる。

 縄が襲った。首を絞められたら終わる。それだけは避けなければ。

 鋭い牙が縄を噛みちぎる。

 レーザーが縄を遠ざけ、炎が焼き散らせる。

 それでも縄は減るどころか増える一方だ。

 息が出る。息が苦しい。さっきの任務で動き過ぎたのが原因だ。それはアルファにも言えた。

 俺や七五三はもちろんのこと、まさかアルファまでもが縄に捕らわれてしまう。腕に巻き付けられた縄は剥がれない。行動が制限される。

 七五三は腕も足も縄に拘束された。さらに集っていく縄。もうここからでは七五三の様子が見えなくなった。

「おい。気をつけろ。攻撃が来るぞ!」

 長く伸びた縄が回転し始める。何本も回り出す。鞭のようにしなりながら回転していく。

 俺もアルファも無数の回転する縄の鞭の餌食となった。

「痛ぇ」と思わず呟かずにはいられない。

 しかし、攻撃は止んだ。七五三を連れ去って。

 彼女が強く握りしめている〇〇設楽が薄暗い景色の中でまばゆく光っていた。

「くそっ。いかせるかっ!」

 一足遅かったが、まだ追いつける。

 俺は走り出そうとした。なのに、

「これ以上は無駄死にだ。」とアルファ。

 強引に掴んで投げ捨ててきた。

 残骸も何もないそのフィールドは無音の状態だった。

「一旦戻って救助依頼を出せばいい。今は行くべきじゃない。」

「んな。今行かなきゃいつ行くんだよ。連れ去られたんだぞ。今行かなきゃ見失う。」

「安心して。場所なら七五三に貸出されたホープのスマホからGPS機能で探索できるから。後でホープが人選した複数のS級を配員したチームが助けに行くから問題ない。」

「それじゃ遅いんだよ! 宝石だけ奪って殺されたらどうすんだよ。今すぐにでも助けに行かなきゃいけねぇだろぅが!」

「今助けに行った所で意味は無い。疲れきった僕たちが行っても何もできない。実力のあるチームを送り込んだ方が助かる可能性が高いだろ。」

 小雨が降り始めた。

 壁の中の空は、装置により大雨が小雨に変わる。それでも少しずつ雨が強くなっている。

「俺一人でも行く。」

 もう時間がなかった。納得させるなんて無駄だ。

「僕は部下を守る責任がある。君だけでも無事でいてくれ。あまり人に向かって使いたくはないけど、仕方ないよね。『峰打ほうだ』──」

 小雨にも負けない炎の玉。

 彼の飛ばした玉が俺を襲う。殺傷能力はないように感じるが、喰らったら動けなくなりそうだ。

「それが上からの指示でも、俺は。」

 ええい。俺は無駄だと思いながらも炎に向かって牙を向ける。

 炎の味は無味だった。

 まさか炎というものまで食べられるなんて。自分の能力のさらなる可能性を感じる。

 それどころじゃない。早くいかなければ。

 アルファの横を素通りする。

「おい、待て。」

 もう彼自身、疲れきっているみたいだ。

 俺を止められなかった。

 アルファの姿が遠くなっていく。こっち側であってるのだろうか。どこまで走るのだろうか。本当にたどり着くのだろうか。もう手遅れなのか。

 建物の影で真夜中と化す路地裏。

 色のついた縄が見えた。まだ間に合う、と安堵した。そして、俺は体に力を入れ始める。

 足が止まった。影から飛び出た縄が足に絡んでいる。

 建物の影から一人の姿。

 七五三か──。

 違った。暗闇のせいでよく見えないが、彼女の面影は見当たらない。

 女子っぽいシルエット。特に、ミニスカートの影が女だと気づかせた。それ以上に、暗闇で全く分からないものの白を貴重に色のついた星などのマークがあるピエロマスクだけが目立っていた。

 ピエロマスクを被っているシルエットが腕を前に出す。それと同時に色つきの縄が影から飛び出して俺に絡む。

 次の瞬間。俺は宙に放り投げられた。

 落ちていく体。地面スレスレまで意識を保っていた。その時に見た映像が記憶される。それもとても細かく刻まれて。

 ピエロマスクと女の子。たった二つの情報。それ以上でもそれ以下でもない情報を最後に俺は目を閉じた。



 ここは闇の中だ。

 そこに七五三がいた。

 複数の知らない人に連れられてきた。もしかしてアルファが要請して向かった救援隊だろうか。

 七五三が近くに来た。けど、近くで見ると彼女の瞳は死んでいた。

「助けに来てくれなかったんだ。」

 ハッとした。

 周りにいるもの達の笑顔と裏腹に、彼女の絶望が伺える。

 そこで何かを発した。何を発したのかは分からない。ただ俺は言葉を発した。

 それに対して彼女は、無表情で口を動かす。片手で前に真っ直ぐ伸ばした手の二の腕を掴みながら。その手は二の腕を強く握った。

「いいよ。もう、何も、期待してないから。」

 彼女が闇に飲まれて消えていく。なぜか俺は体を動かせない。

 周りの大人は消えないのに何で七五三だけ。

 真後ろから明るい光が差し込んできた。淡いオレンジに燃える光。炎だった。

 炎が俺らの方へと広がっていく。

 その中心にはアルファがいた。

 炎が現れていき、彼女は消えていく。

 体よ動け。どうして動かないのか分からない。このまま炎に包み込まれたら、もう二度と。

 それなのに、残酷にも俺は炎に包まれた。

 あまりの眩しさに目を閉じた。

 そして、目を開いた。

 眩しい。

 炎の明るさじゃない。電気の明るさだ。

「無事で良かった。目覚めたんですね。」



 そこはホープの医務室だった。

 二日。

 俺は二日も寝ていたみたいだ。

 その間に、アルファは救援の要請をしたという。それを受け緊急的に部隊が作られた。相手は最強のX級。部隊はとても強力なもの。

 恐竜のぬいぐるみに身を包むS級の下呂げろ夏至げし。彼は恐竜の力が使え、俺の上位互換である。暴れたら、その場は一溜りもなくなるという。

 ガスマスクをつけたS級の帥尭そつぎょう小暑しょうしょ。彼は土で作られた壁を作り出すことができる。守りは最高級。ドミノ倒しで攻撃もできるチームのタンク役。

 養蜂場マスクを全身に被ったS級の処暑しょしょ愛寧めね。彼女は周りにエリアを作り出す。作り出されたエリアの中では時空が変わって一日遅れてしまうため、全ての攻撃は一日遅れて進むことになる。つまり、彼女には攻撃が当たらない。最強の能力者だ。

 デコレーションされたマスクをつけたS級の友引ともびき立夏りっか。彼女は裏では最も有名な暗殺者家族・・の一人らしい。その家族直伝の糸使いと慣れ親しんだ暗殺。そこに加えて糸を鋼鉄化させる能力。まさに鬼に金棒だ。

 他に実力揃いのA級六名、B級二名。合計十二名が七五三救出、及びX級ズリアンの縄の奴の打破を目指し緊急チームを組んだ。

 七五三に貸しているホープのスマホから場所を匿名することができたため、緊急チームは颯爽と目的のために七五三がいる場所を目指して進んだようだ。


 しかし、一向に訪れない一報。


 いくら待てど七五三が救出されたなんて情報がやってこない。

 そして──

 ようやく緊急チームの情報がやってきた。

 そこには──


「緊急チーム全員が行方不明となった」


と、いう一文の情報のみが回ってきただけだった。

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