第3話 血操のマスク

 俺はありのままの事実を伝えた。

 倒産した会社に、騙された連帯保証人。そこに混ざる利息。返せない程に膨らんだ借金。その返却に追われる日々と闇金に手を出している実情。

 思わず苦笑いで返された。

「そうか。クズだったのか。」

 驚きと面白さの混ざった表情。常に放たれていた見下すような、敵対するようなオーラは見当たらない。

「どうせ辞めても命を無駄にするのか。クズ過ぎて笑っちまうぜ。そういうイカレた野郎こそこのクソな仕事に向いてるんだ。」

 彼は笑っていた。

 何故か向けられる明るい表情。

「お前、正社員になれよ。色んなノウハウは俺が教えてやるからよ。」

 そのまま振り向き、

「七五三もついでに指導してやるよ。」

と言い放った。

 俺らは室内の中へと入っていった。


 納品カウンターに来た。

「お疲れ様です。納品物はこちらで預かります。後はこちらでやりますので、ゆっくり休みになって下さい。」

 リスタはスマホを取り出した。アプリを開いて、今回の報酬や成果を確認していた。それを俺らにも見せてきた。ただのバイトでは得られない金額。借金返済を抱えるとまだまだゴミ屑の量だが、それでも嬉しかった。


 すっかり太陽は落ちて夜空が輝く夜となった。

 コンビニに立ち寄って手に入れたビール。俺はそれを開けようと思ったが、そこに睡魔が襲ってきた。

 初めてのズリアン狩りにヒアランによる疲労。強い疲労感が俺を夢の中へと誘った。目を開けば小鳥が囀る早朝となっていた。


 バイトの日。

 二人が待っていた。

「直々に育ててやる。しっかりとついてこいよ。」

 彼に連れられてきたのは壁の内側。そこから徒歩で数十分。

 サイに似たモンスターが数十匹いら。それは角が槍になっており、体は岩のようにゴツゴツとしている。

「こいつは齋須汰サイスタ。動きは鈍いものの、攻撃はまあまあある。油断すりゃ致命傷な相手だ。今日はコイツの角を収穫するぞ。」

 サイスタはゆっくりとこっちを見た。

 戦いの合図だ。

「クシブ。走る時に低めに走れ。忍者走りするように、だ。」俺はその通りに走る。

「体を捻れ。マスクによる身体能力の上昇をフルに活用するんだ。回転したら、そのまま能力で喰らいつけ!」回転しながらサイスタを貫く。

 ドリルのような容量で抉られたサイスタ。

 まだまだいっぱい敵はいる。

 一匹は無駄のないレーザーの乱射で倒した。

「まだまだ序盤だ。全てを殲滅する勢いでやるぞ。へばるなよ。」

 体の使い方を教えてくれる。その使い方の延長線で能力を使う。たった短時間で相当なスキルを身につけていく。

 サイスタも残るは一匹。

 鋭い牙がサイスタを襲う。

「よくやった。ここまで成長するとは。後は死んだサイスタから角を剥ぎ取るだけだな。」

 彼はふっ、と息を吐いて呟いていた。

 地面は赤い血で覆われている。これは大量のサイスタを倒した証だった。

 必死に剥ぎ取っていく。

 単純作業に少しずつ飽きていきそうだ。


 歪な音が鳴り響く。ケータイの音楽だ。

 突然、シロクマさんから連絡がかかってきた。急いだ声で話しかけている。

「緊急事態だよ。リスタ君、クシブ君、七五三さん。君達の元にX級ズリアンが向かっている。君達では太刀打ちできない。今すぐ逃げるんだ。」

 そこに十匹程度のサイスタが奥から走ってきた。勢いよく砂煙を上げていく。

「とりあえず、このサイスタは始末しないとな。お前らはただ見とけよ。」

 細長い剣が抜かれる。

 マスカレードマスクから覗く瞳が奴らを捉えた。

「一瞬で楽にしてやるか。『紅の棘』──」

 奴らが同族の屍を越して来た。そこには死してできた赤い血の池。その池が独りで動き出す。

 池は鋭く長い棘となり、全てのサイスタを貫いた。さらに血が広がっていく。

 今度はサイスタではない様々な種類のズリアンが束になっている。同じように集団で奥から走ってきている。砂煙が舞う。

 血が空中で固まっていく。

 まるで赤い龍のようだ。長い長い胴体。その胴体が蜷局とぐろを巻いて奴ら全てのズリアンを囲む。

「終わりだ。『紅蛇の逆鱗』──」

 血の蛇は棘山に変わった。

 アイアン・メイデンのような技だ。長い胴体で相手を閉じ込め、そこから無数の鋭い棘で突き刺す。恐ろしい技だ。

「保険をかけよう。『紅の高鐵』──」

 空中に漂う巨大な赤いハンマー。そのハンマーがそこにある剣山を叩き潰した。赤い血が増えた気がする。

「もう一度忠告する。相手はX級ズリアン。勝ち目はない。」

 スマホから響くシロクマさんの声が虚しく消える。

「立ち向かうか。背を向けて、そこを狙われるか。の二択だ。俺は背を向けて二度も仲間を失ったんだ。逃げる訳ないぜ。」

 ふと小さな砂嵐が吹く。

 リスタは空中に向けて赤い血をまとった刀を振る。空中で攻撃が相殺された。

 突如! そこに人の三倍程大きなゴリラのようなズリアンが現れた。レスラーの被るマスクをつけていた。ふっ、と現れたのに、凄まじい存在感を放っている。

「今回だけはアンタに逆らうぜ。シロクマさんよぉ。クズ野郎だった俺を雇ってくれて、ここまで育ててくれて嬉しいんだ。けど、生死だけはもうコリゴリなんだよ。」

 血の池がうごめいている。

 リスタの周りを回るような血の渦。彼が刀を向けるとそこに向けて血が集まり出した。いつしか細長い刀が巨大な太刀と化した。

「ここからはS級ハンターと最強級のズリアンとの決闘だ。足でまといだからお前らはすぐに帰っとけ。」

 後ろ姿で語る彼に反対など出来る気がしない。そこにスマホから、

「その通りだよ。今すぐに逃げるんだ。」

「早く消えろ。邪魔だ。退け。」

 そのズリアンは人間の十倍程に大きくなった。単純に殴るだけでも凄まじい迫力だ。大量の血による強烈な一振と互角だった。

「早よ、しろっ。邪魔だ!」

 その強い一言に神経が硬直しそうだ。俺はもう逃げるという選択を取ろうとしていた。

「リスタ先輩、任せました。逃げるぞ、七五三。」「腰が抜けた──」

 腰が抜けた彼女を持ち上げた。

 俺は壮絶な戦闘を繰り広げる戦場を後にした。それなりに走った。それでも威圧感を感じる。

 壁程まで大きなゴリラ型のズリアンがここからでも見える。そしてそのズリアンはすっ、と消えてしまった。まるで透明人間になったみたいかのように──。

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