第4話 陰影のマスク
街の外は暗闇になっている。
小さな机を前に座っている自分がいる。横になっても眠れない。衝動的にそわそわと動いてしまう。
外へと出た。ひんやりとする風がちょっと痛い。街灯の薄い光を頼りに人気のない道を歩く。明るくて一際目立つコンビニ。俺はそこでビールとおつまみを買った。
帰宅してそうそうビールを開ける。
飲んでも飲んでも収まらない心配。少し酔いが回っているのに眠れない。烏賊のおつまみでお腹を満たす。眠たくなる準備はできているのに、と思ってしまう。
そんなことを思っていたら、いつの間にか朝となっていた。
少しばかし足取りの重い木曜日。
ホールの中は静まり返っていた。
「よく来たね。君に話さなければならないことがあるのだよ。心して聞いてくれるかな。」
冷たい発音。不穏な空気を孕んでいる。
「君達の指導員だった秋分リスタはお亡くなりになったよ。ゴリラ型ズリアンのジャンバーユとの戦闘中に、突如襲いかかった紐糸で絞殺された。死したものの、最後は勇敢な死だった。敬礼に値するよ。」
は──?
嘘だろ。けれども、それを受け入れるしかなかった。
彼の死が、この業界の厳しさを強く教えてくれる。彼は邪険な態度だったが、すぐに優しくなった。俺にとって、大切な先輩としてこれからもっと色々なことを教えて貰うはずだったのに。
「リスタ君は君がお気に入りだったよ。昔の自分と重ね合わせたのではないのかな。数多くのパワハラをした。セクハラもした。横領もした。それによって社会に弾劾され、行き場のない彼の行き場がここだった。社会のクズとしてこの「ホール」で一生懸命働くことに決めたんだ。」
そんなことをしていたのか──。
「一生懸命に強くなろうとする姿は見張るものがある。S級まで駆け足で登ってきた。しかし、仲間の死を二回も経験した。そこから弱くて死ぬかも知れない奴に厳しく当たって、辞めさせようとしていた。」
だからこそ、あの横暴な態度となったのか。
ただ、頷く。
「これが彼の歩いた軌跡だ。そして、リシタ君はこれを君に託したいと言った。受け取ってくれ。」
マスカレードマスク。リスタの持っていたマスクだった。
これを使う気にはなれなかった。
お守り──
俺はこれをお守りとしてずっと持っていくことにした。
お通夜が始まった。
あのS級が負けたの?
やっぱりX級には勝てないんだよ。
そんな声が聞こえてきた。会場は悲しみと驚きの二つで包まれていた。
そこに刀を持つ七五三がいた。
深い涙を流している。涙の奥の瞳はいつもとは違う力強い瞳があった。
「クシブ君。私、強くなるね。この界隈がすごく厳しいこと知ったもん。先輩の形見は持ってる。その分まで頑張らないとね。」
彼女の瞳は透き通っていた。
俺にはそんな純粋さは持ち合わせてない。そんな仇精神なんて持ってない。
この職種の危険性を実感した。今までは危険を伴う仕事と聞いていただけの浮き足立つ認識でしかなかった。しかし、関わり合いのある者の死によって生半可な気持ちを捨て去るきっかけとなった。地に足をつけていかなければ、油断なんてしてはいけない。
身が引き締まる。
俺はもう死ねない。リスタの意志を無駄にはできないからだ。
こんな悲惨な出来事があったとしても、仕事は終わらない。
俺らは新しいチームを組むことになった。
紹介される二人。小さくてお人形さんのような女の子と、妖艶な感じの女性だった。
「ふふ。あたしは
若々しくてエネルギッシュ。タイトな服に身を包む彼女はどこか掴めない雰囲気があった。隣にいるロリ服の子は戦えるのかどうか不安だ。こんな危険性のある仕事をこなせる気が一切しないのである。
きっとリスタなら力づくで辞めさせようと動くのだろうが、俺にはそんな傲慢なこと出来るわけなかった。
そのまま与えられるミッション。
俺らは壁の中へと出た。
歩いていく。大きな池へとやってきた。
そこにはフラミンゴ型のズリアンがいた。
「あれがC級ズリアンの
立夏が武器を取り出した。リールには糸が巻かれてある。
放たれる糸がクラシンゴの首に巻き付かれる。その後、鋼鉄となった糸。そのクラシンゴは首がもがれた。
他にもクラシンゴがいる。
俺も彼女に続こうと走り出した。
「ぐはっ──」思わず声を出した。
腹を思い切り蹴られた。伸びる足の距離感を見間違えたみたいだ。
「ぐえっ──」思わず声が出た。
首に足が絡まる。牙は届かないし、無理やりこじ開けることもできない。息が、苦しい。
そこに眩い光が現れる。
七五三のレーザーがクラシンゴをぶっ飛ばした。その勢いでその足に絡められている俺も吹き飛ぶが、地面を転がった後、まとわりついた足から解放された。
落ち着かないとな。
一息ついて、次の敵を見る。焦って足でまといになる所だった。焦る気持ちだけじゃ良くなかった。
足に絡まった糸。その糸によって空高く投げられ、地面に叩きつけられる。
クラシンゴは確実に数を減らしている。
そこに一通のメッセージが届いた。
「こちらシロクマ。そこにB級ズリアンの
五分も経った。
そこに巨大な鰐型のズリアンが現れた。
ワニゲイターだ。少しばかし見上げなければならない大きさだ。雄叫びを上げている。
レーザーが放たれた。
しかし、それは全く効いていないみたいだった。鋼鉄の糸を鞭のようにして叩いても無傷。俺の牙でも表面を少し削るだけ。それでも無傷のようだった。
ワニゲイターが口を大きく開けた。力を溜め込むように空気を吸い始めた。
あまりにも危険な雰囲気。立夏も七五三も俺も危険性を感じ取って、その場から離れた。けれども、ヨムは一切動かない。
ワニゲイターは一人ぽつんと弱さを実感してるヨムを狙ったのだ。
そこから放たれる強烈な一撃。口から放たれる衝撃波は地面を円弧状に削っていた。あまりの強烈さ。そこの線上にいたら即死だろう。
ヨムの安否が気になるが、衝撃波による砂嵐が視界を悪くしている。
砂煙が風に飛ばされた。
相変わらずヨムは静かに立っていた。衝撃波はヨムを避けるように、一度斜めに曲がっていた。
ヨムのフェイスシールドを透けて見える口角が少しだけ上がったような気がした。
もう一度ワニゲイターは大きく息を吸った。今度はさっきと比べ物にならない程に吸っている。そこから放たれる衝撃波。さらにえげつない程、地面を削った。それもまたヨムに向けて放たれていた。
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