第2話 光線のマスク
「まあまあ、その辺にしときなさい。」
「忠告しといただけだ。そもそも、俺は一人でやりてぇ。Sランクになってしても、こんな雑魚のお世話はしたくねぇ。」
忠告?
ただ一人でできない苛立ちを八つ当たりするように「死にてぇの?」が出てきたに違いない。
「これは仕事だよ。一生懸命に取り組むのが君の良いところではないのかい?」
言うのに少し躊躇っている。
すぐに誰にも聞こえないような小さなかすれ声で「ちっ、仕方ねぇな」と呟いていた。
「俺は
頭に血が上っていく。
「返事は?」
我慢も出来なくなっていく。俺の右手は瞬く間にリスタの首元の襟を強く掴んでいた。
「やめなさい。いい大人なんだから。暴力は巡り巡って身を滅ぼすだけですからね。」
深呼吸をして心を落ち着かせる。息を吸う程にイライラも増え、吐く程に収まっていく。若干経つと、少し冷静になれた。そこには代わりとなる無音が広がっていた。
「ふっ、面白いな、お前。この俺と張り合うなんてよ。それぐらいしてくれねぇと困るからな。少しは楽しみにしておいてやるよ。」
「当たり前だろ。あんなに馬鹿にされたらな。」
「当たり前か?」
傲慢な彼は振り返っていった。
「もう一人の奴は張り合いもねぇ奴だったぞ。」
リスタは過ぎ去った。
シロクマさんは「気に病まないで」とフォローをしたが、もう苛立ちはなくなっていて、その言葉は耳に入らなかった。
続いてシロクマさんはもう一人の仲間の元へと連れていった。
大人しそうな少女がそこに立っていた。背も高くなく圧を感じられない。この子がもう一人の仲間のようだ。
「私、
少したどたどしい紹介。少し頼りない雰囲気を醸し出している。リスタの言ったことにも頷けるなよなよしさだ。
シロクマさんは明日から仕事だからと家でゆっくり休むことを勧められた。俺はその提案に乗ることにした。
本当に何も無い部屋に敷布団を広げる。
無造作に置いた安弁当をお腹へとかきいれていく。ビール缶を開け、一気に飲み干す。まあまあな美味しさだ。
ただの食事を済ませたところで、適当に体を洗い、そのまま布団に横たわる。無味無臭の部屋ではこれ以上の幸せは演出できない。金のつけによるどん底人生を忘れさせる程の幸せを演出できればいいのになぁ、と思いながら、俺は夢の中へと落ちていった。
ついに初めてのズリアン狩りのバイトの日。
エントランスに立つ二人。
「ビギナーども。準備はいいか?」
牙を象った絵つきのマスクを握る。覚悟は決めている。
「命に関わる仕事だ。そこまでとはいかずとも怪我の可能性は多いにある。そうならないためにも先輩の俺に従え。分かったな。」
俺らは頷いた。
それを確認した彼は先を歩いていった。
建物の中の作られた光に射し込む陽光。眩い陽光へと向かっていく。ここが巨大な壁に囲まれた空間。遙か彼方上空には何かガラスのような物があるのか光が乱反射し、壁の中を満遍なく照らしている。
「ここから少し歩く。もしズリアンに遭遇してしまった時にすぐに対応できるよう、マスクはつけとけよ。」
彼は黒と赤のマスカレードマスクをつけた。ミステリアスな目元が強者の印象を与えた。
七五三がマスクつきの眼帯をつけた。元の柔らかく可愛い雰囲気を相殺するようなダークな印象を与えている。
俺もマスクをつける。不思議と体が丈夫になった感覚がある。
「歩きながら教える。このマスクをつけている間は身体能力が異次元的に上がる。体力や瞬発力、筋肉などはもちろん、治癒力も上がる。普通の人間に殴られ続けても無傷になるかも知れないな。だからといって、俺らが相手をするのはモンスターだ。普通の人間じゃねぇ。それだけは履き違えるなよ。」
底の低い草むらを踏みしめていく。
「油断しりゃ命取りだ。弱いと思っても油断せず、可哀想と思っても慈悲は捨てて、任務のことだけを考えろ。手を抜けば、こちら側が痛い目に合うからな。」
鳥のような、けど不思議な模様な鳥。サイなのに角が槍のサイ。ヘンテコなモンスターが遠くに見える。それらを無視して歩いていく。
数匹のコアラみたいなものが見える。
「あれが今日の任務だ。奴は
七五三が眼帯から鋭く伸びるレーザーを繰り出した。レーザーがヒアランを撃ち抜いた。さらに連続してレーザーを放った。
「一匹倒しました。」
「一々そんなぐらいと報告するな。こんな雑魚に手間を取りすぎた。十匹倒してから報告しろ。」
俺も負けずと攻撃をしかける。
膜の中へと侵入する。疲れを押しのけてヒアランの近くへときた。そして。マスクの牙がヒアランの首元に食らいついた。
赤い鮮血が舞う。
その様子はまさに肉食獣が草食獣を喰らうみたいに。
その血が空中へと浮いていく。勝手に血は姿を変えていく。まるでサイコキネシスにでもあったかのようだ。
血は鋭い針の形となり固まった。
その針がヒアランを貫いた。
「目で見た血を操ることができる能力。自由に変形させ、固まらせることができる万能的な能力だ。覚えておけ。」
リスタが細く長い剣を抜いた。
奴らを斬り裂くとともに、空中に舞う鮮血。その血は姿を変えて武器となる。今度は鉈となって奴らに襲いかかる。
俺の野獣の牙が喰らい。
レーザーが舞い。
血の武器が乱れ撃たれる。
一瞬にして任務は完了した。支給された鞄に皮を押し入れた。
帰り際の帰路。
目元がマスクで隠れているリスタが聞いてきた。
「てめぇらは何でこのバイトに申し込んだんだ?」
彼女が自身ありげに口を開く。
「先輩に憧れたからです。私もあんな風に誰かのために役に立てる人になりたいと思ったんです。」
「それだけか?」
「えっ?」
「誰かのために役に立てるだけなら、消防士や警察官、そもそも飲食店だって誰か空腹の奴の役に立てるだろ。俺はわざわざズリアン狩りではないといけない理由を聞いている。」
無言が広がりかけた。
「私は先輩みたいになりたいから──」
「やめた方がいい。この仕事、やめておけ。いつ死んだっておかしくないこの仕事、後悔するだけだ。」
無言が広がった。
「黙るか。意志が弱いな。なら、本当に辞めておけ。忠告だ。今すぐにでも違うバイトを探すんだな。」
目が潤っているのが分かる。
冷たく低めの声。威圧感すらも感じる。彼女はさらに自身への不甲斐なさも相まって心へのダメージを負ったのだろう。涙を堪えているのが分かる。
「して、お前はどうなんだ?」
「ん?」
「どうしてこのバイトを申し込んだんだと聞いている。」
この状況下で、借金を返さないといけないから、なんて言えない。言えないけど、それ以外に言えることはない。
仕方ない。言うしかない。
俺は覚悟を決めた。
「俺は、借金を返すために給与の良いここを選びました──」
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